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「吉沢さん……?」

「は……はひっ……なんでしょう……っ?」

「もしかして笑ってます」

「わ、わらってません……んふっ」


 ことの経緯を漏らさず伝えた。

 俺がどれだけ悩んで、どれだけ悲しんだかも、だ。

 それなのにことクソ編集は腹を抱えながら笑いを堪えている。


 おそらくこの女に赤い血は流れていない。

 たぶん紫とかそんな感じの悪魔的な血が流れている。


「俺は本気で悩んでるんですよ! 雫には無視されるし、りんことも最近は連絡とれないし……もう、どうすればいいかわからないんですよ……!」


 真剣な面持ちで告げると、吉沢さんは体勢を立て直す。


「……まず確認させていただきたいのですが、市野先生、あなたは嘘をついて献身的な幼馴染に催眠術をかけ馬車馬のように働かせた挙句、わがまま放題の義妹が好きだと言ってしまうようなクソゴミ人間でよろしいですよね?」

「事実かもしれませんが少し言い過ぎでは……ッ?」


 事実でなければ思いっきりグーで殴っているところである。

 事実でよかったなまったく!


「失礼しました。少しオブラートに包んだ方がよかったですね」

「よかったです……吉沢さんにも人の心があって」

「では今度から市野先生のことは伊◯誠と呼ばせていただきますね」

「オブラートの意味知ってる?」


 SNSで荒れそうなセンシティブなボケをかました後、吉沢さんはくすりと笑う。

 この人は人をコケにするときだけ本当によく笑う。

 おそらくその歪んだ性格のせいでこの(レベル)まで人生ソロプレイなのだろう。かわいそうに。


 どれだけこじらせてもこうはなりたくないものである。


「何か失礼なことを考えていますね?」

「ふぇっ? なんのことですぅ?」

「言っておきますけど、市野先生の弱みをすべて私は知ってしまったんですよ?」

「すみませんでした」


 しまった……。


 性格の悪……頭の良い吉沢さんに弱みを握らたということは、彼女の言いなりにならなければ社会的に殺されるということ。

 若干どころか時を巻き戻したいと願うレベルで後悔していると、吉沢さんは真剣な面持ちで口を開いた。


「結論を出すにはいくつか確認が必要です。義妹の雫さんと幼馴染のりんこさん、市野先生はどちらと恋仲になりたいのですか?」

「こ……恋仲って」

「市野先生のミニトマトくらいの大きさしかない脳みそじゃ理解できませんでしたか、失礼しました。どちらと恋人になりセックスしたいかと聞いているんです」

「せ……せっ!」


 美人の人が性的な発言をすると、なんだかもにょい気持ちになりますよね。


「さっさと答えてください」

「で、でもですね! そんな直球に言われても困るというか……!」

「はぁこれだから童貞は」

「うっ……! よ、吉沢さんはたくさん経験あるかもしれないですけど、俺まだ高校生だし……そういうのはよくわからないというか……」

「……」

「えっ、なんで急に黙るんですか?」

「……」

「よ、吉沢さん……まさか、しょ」

「それ以上喋るとぶち殺しますよ?」

「ひえっ!」


 地雷を踏み抜いた俺に対して、殺すぞと言わんばかりににらみつける吉沢さん。

 薄い壁なら貫けそうなほどするどい眼光だった。おそろしい。


「と、とにかくあなたは義妹と幼馴染、どちらを選ぶんですか?」


 こほんと咳払いして、椅子の背もたれに背中をあずける。

 もうとっくのとうに結論を出している問い。

 しかしながら俺にとって、第三者に自分の気持ちを打ち明けるのは勇気のいること。

 少しだけ震える唇を開いて、ゆっくりと舌を動かす。


「俺は……雫を笑顔にしたいんです。初めて出会った時から、ずっとその気持ちは変わりません」

「……なぜそう思うんですか? 話を聞く限り妹さんの性格は最悪だし、明らかに幼馴染さんの方がまともな人間だと思いますけど。まぁちょっと腹黒ですけど、許容範囲でしょう」


 りんこのことをちょっと腹黒で済ませられるこのお方のお腹の中を少しだけ見てみたいと思うけれど、後悔しそうなので考えるのをやめた。


 まぁ、もっともな疑問だろう。


 雫はわがままだし、理不尽だし、嘘だってつくし、おまけに暴力だって振るう。

 良くないところをあげればキリがないだろう。


 対してりんこは、非の打ち所がない。

 まさに男が理想とする女の子だ。


 けれど雫には、マイナスな点を補ってあまりあるほどの魅力があるのだ。

 他の人がどう思うかはわからない。

 でも俺にとっては、催眠術をかけてまで俺を惚れさせようとする健気さや、時折垣間見える優しさや、空回る鈍臭い立ち振る舞いでさえ、可愛く見えてしまう。


 俺は雫が好きだ。


 誰がなんと言おうと、その事実は変わらない。


「…………俺は、雫が好きなんです。あの性格も含めて、理由はうまく言えないけど、本当に、好きなんです」


 背中に汗が滲む。

 恥ずかしくてどうにかなりそうだった。

 ……よく考えたら今の状況は割と地獄なのでは?

 俺は今、自分の担当編集に「俺、妹が大好きなんです!」と告白した。

 疑う余地もなく黒歴史確定。

 穴があったら入りたい。入りたいどころか埋まりたい。


「……市野先生は、献身的な幼馴染を利用するクソゴミ人間です」

「うっ……」


 人の傷口に火薬をぶち込んで点火する勢いの吉沢さん。

 事実故に心にくる。

 やはりこの人には人の心がないようだ。


「けれど、どっちつかずのクズではない。正否関係なく、市野先生はちゃんと答えをだした。それを幼馴染さんにも伝えている。その点は評価できます。あなたの決断を尊重して、私も力を貸しましょう」

「よ、吉沢さん……!」


 前言撤回。まじで吉沢さん神。

 吉沢さんは、りんこほどではないけれど頭がキレる。

 大抵俺のメンタルが犠牲になるが、サイン会ダブルブッキングだって吉沢さんの作戦により切り抜けることができたのだ。


「市野先生の目的は、義妹との冷え切った関係を改善したい。で、よろしいですね」

「はい!」

「ではやることは至極シンプルです」

「えっ!?」


 俺が返事をしてからノータイムで吉沢さんは答え、そしてニヤリと笑う。


「私の言う通りにすれは必ず、雫さんとの関係は改善され、さらに義妹らぶらぶルートまっしぐらに修正され、新作小説も飛ぶようにうれるでしょう」

「そ、そんなことありうるんですか……?」

「ありえます。可能です」

「おお……っ!」


 少しだけ嫌な予感はするけれど、雫との関係はどの道手詰まり。

 いわゆるゼロからのスタート。

 落ちるところまで落ちている俺は、もう這い上がるしか道はない。

 多少リスクが大きかったとしても、挑戦しなければゼロのまま。

 とにかくどんな方法だろうと少しでも可能性があるならやるしかないのだ。


「その代わり、私の言うことには絶対に従ってください。言うことを聞かなければすべて台無しになってしまいます」

「なるほど……」


 嫌な予感が少しだけ大きくなる。

 妙に念押ししてくるな……。

 吉沢さんとの付き合いは結構長いので、なんとなくわかる。

 こういう風に俺の行動を制限しようとするときは、大抵俺のメンタルが崩壊しかけるようなイベントが後々に控えている時なのだ。

 しかしながら……効果は絶大。

 メンタルを犠牲にした分、得られる効果も大きいのは事実。


「わかりました。吉沢さんを信じます」


 どの道進むしかない……!


「よろしい……それでは、早速はじめましょうか」

「え……な、なにを……するつもりですか?」


 吉沢さんは立ち上がり、カバンからポーチのようなものを取りだし、さらにそのポーチから、何やら液体のようなものや筒のようなもの、よくわからない棒状のものをとりだす。


「動かないでくださいね」

「あっ! ちょっ! ひゃぁあっ!」


 濡れタオルで顔面をこねくりまわされる。


「動くなって言ってるでしょ」

「ぐえっ!」


 喉仏を強く握られる。


 い、息が……っ!


 俺はなす術もなく、顔面によくわからない液体やら粉やらを塗りたくられた。






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