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昼下がり。
都内某所。
俺は夏休みという期間を利用して、ドライブ文庫編集部応接室で、担当編集の吉沢さんと新作の打ち合わせをしていた。
質素な応接室に並ぶいくつもの丸テーブル。
ここで新人作家もベテラン作家も打ち合わせをする。最近は電話で打ち合わせを済ませる作家さんも多いらしいけど、俺の場合はアナログの資料を用意して、直接会って打ち合わせをしている。
特にこだわりはないけれど、直接会った方がアイデアもたくさん出るような気がするのだ。
「市野先生、いくつか質問してもいいですか?」
「……はい」
黒のパンツスーツに薄いメイクをした吉沢さんは、手元にある資料をまとめながら俺に問いかける。
「締め切りはいつまでですか?」
わずか十五文字にも満たない文章だが、これほどまでに作家の心にダメージを負わせる一言があるだろうか?
「……今日までです」
「前回の打ち合わせから、今日まで何日経過してますか?」
「い……一ヶ月くらいですかね」
「それで……どうして次回作のプロットがひとつも出来上がってないんですか?」
「……す、すみません」
もう謝ることしか出来なかった。
毎日死ね死ね言ってくる義妹に、俺が催眠術にかかったフリをしていたことがバレたり、毎日好き好き言ってくる幼馴染に、ブチギレられながら無理やりキスされたりと、もう正直小説のことなんて考えていられないくらい大変だった。
けれど、それは編集者である吉沢さんには関係のないことだ。
「まぁできていないものは仕方ないです。で、なぜプロットができていないんですか? 私の知っている市野先生は、質はともかく生産量だけなら群を抜いているはずですけど」
吉沢さんは小説家である俺よりも言葉巧みに日本語を操り、詰問してくる。
褒められてるのか貶されてるのかよくわからない。
「………っ」
「どうしたんです? 何か理由があるんですよね? 情けなく、そして無様に言い訳を並べてくださいよ。小説家なら言葉の扱いは得意でしょう?」
「ぐぬぬ……!」
こ、こいつ……!
俺にだって色々あるんだよぉっ! ばかぁっ! と、癇癪を起こしたい気持ちを抑える。
プロットができていない説明を要求されているけれど、一体どう説明したものか……。
義妹のことが大好きなんですけど、催眠術にかかったフリしたことがバレてしまって、毎日無視されるのめっちゃ辛くて小説書けませんでしたぁ~。
だとか言おうとものなら、こいつ何言ってんの? と、白い目で見られてしまうだろう。
ここは詳細がわからないように、めちゃくちゃ濁して伝えるしかない……!
「……その、私生活でいろいろと問題がありまして、小説の方がおろそかになってしまったというかなんというか」
「なるほど、妹さん絡みの悩みですか」
「エスパー?」
秒で思考を読まれて変な汗が出る。
この編集者、勘が鋭すぎて本当に超能力的な何かを使っているんじゃないかと勘繰ってしまう。
それほどまでに思考が読めるなら、作家のメンタルのためにももう少し思慮深い対応をした方がいいんじゃないですかね?
「市野先生だけにしかこんなこと言いませんから。特別です」
「心読むのやめてください」
「別に読もうとはしていませんよ。市野先生の二キロバイトくらいしかない浅い考えなんて簡単に読めてしまうだけです。ほら、看板とか視界に入るだけで文字を読んでしまいますよね? そういうことです」
「もしかして人を傷つけながら会話しないと死ぬ呪いとかかかってます?」
やいのやいのと言い合いをしてひと段落したあと、吉沢さんは「ふぅ」とため息をついて、本題を切り出した。
「で、何があったんです?」
「いや……口で説明するのははばかられるというか……結構重たいというか……」
「話してください。作品を作る上での障害があるのであれば、取り除かなければいけません。私であれば、解決策を見出せるかもしれませんしね。市野先生はどうしようもないアホ……失礼、考えなしのボケナスですので、放っておけばさらに状況を悪化させてしまうでしょうし」
「えっ? 今訂正する意味あった?」
「とにかく早く話してください。これでも私は市野先生のことが心配なんです」
「吉沢さん……」
吉沢さんは俺の手をとって、可愛らしく笑う。
いい歳こいて彼氏もいない生き遅れ編集だとはとても思えないほど可愛らしい仕草だった。
性格が終わっているということと、雫という女の子を知らなければ、惚れていたかもしれない。
俺は吉沢さんが促すまま、サイン会ダブルブッキングからあった出来事を全て話した。




