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毎日死ね死ね言ってくる義妹が、俺が寝ている隙に催眠術で惚れさせようとしてくるんですけど……!  作者: 田中
第三章 毎日死ね死ね言ってくる義妹が、俺の悪口を言うイケメンクラスメイトにブチギレたんですけど……!
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 体育祭当日。梅雨が明け、乾いた太陽がグラウンドを照らす。


 二百メートルトラックを囲むようにテントが設置され、そこには貴賓席、保護者席、組ごとの席と、簡易的に分けられている。組ごとのシンボルや、グラウンドのはずれには屋台なども来ていて、さながらお祭りのようだった。


「ふぅ……」


 開会式を終えた俺は、そんなお祭り空間から少し遠い場所にある、校舎部室棟の裏手、人気のないコンクリートで覆われた小さなスペースで柔軟体操をしていた。


 俺が出場する種目は、組対抗選抜リレーのみ。赤、黄、青に分けられた組の中から、男子二人、女子二人、計四人を選抜し、四百メートルリレーのタイムで勝敗を競う。


 普通なら俺みたいな日陰者が出場することなんて不可能な人気種目なんだけど、速水との勝負を見たい野次馬たちの後押しやら、顔が広いりんこのおかげで出場できるようになった。


 選抜リレー開始は午後二時。体育祭が一番盛り上がる時間帯だ。


 それまでに、体を完全な状態に仕上げなければならない。


「あっくん、体の調子はどう?」


 曲がり角からひょっこり顔を出す幼馴染。俺は、ありのままの自分の気持ちを吐き出す。


「む、無茶苦茶緊張して吐きそう……っ!」


 冷静に独白していたけど、その実、緊張でどうにかなりそうだった。表舞台に立ったことのない陰キャが、観衆ひしめき合うテントに囲まれたグラウンドで、陸上部のエースとリレーで対決するのだ。


 緊張しないほうがおかしい。


「もう、作戦忘れたの? あっくんが緊張する必要なんてないんだよ?」

「いやでも……バトンとか落としたら終わりだろ……!」

「たくさん練習したんだから大丈夫」


 りんこはそういうと、柔軟体操をしていた俺の隣に座る。


「あっくんは前だけ見て走るだけ。今回の勝負は速水君との一対一での勝負じゃない。四対四のリレーなの。序盤で圧倒的な差をつければ、さすがの速水君でも打つ手無しだよ」

「まぁ……そうかもしれないけど……」


 今回の作戦を端的に説明すると、序盤にりんこ達が大きな差をつけた状態で俺にバトンを回し、半周差くらいつけた状態で、俺と速水の勝負に持ち込む。そういう作戦だ。


 少し地味だけど、最も効果的で、最も現実的。


 第一走者はりんこが声をかけた元陸上部の男子。さすがに現役陸上部には勝てないだろうけど、大きな差をつけられることもはない。タイムを計算したので間違いないだろう。その後、バトンを第二走者のりんこと第三走者の女子陸上部部長が、他組の女子走者に圧倒的な差をつけて、アンカーである俺にバトンを回す。


 全組の選抜リレー出場選手の百メートル走でのタイムを計り、計算。第一走者から第三走者まで最低五秒(距離にしておよそ六十メートル)差をつければ、俺と速水が走っても、俺に軍配が上がる。


 そしてりんこの計算では、俺にバトンを回すまで五秒強、差が出ることになっている。


 この大きな差は、女子陸上部部長の走力と、なぜかそれに匹敵するほど足が速いりんこのおかげだ。


「大丈夫、きっと勝てるよ」


 柔らかな笑みを浮かべて、りんこはそういった。


 学年テストも、これから始まる選抜リレーも、りんこの助力がなければ俺は成す術もなく敗北していただろう。


「りんこ、本当にありがとう」


 立ち上がり、肩を軽く回す。


「これで俺は、雫を守れる」


 りんこが可能性を作ってくれた、あとは全力を尽くすだけだ。


「……あっくんは本当にひどいなぁ……」

「えっ……?」

「だって私、結構あっくんのこと好きなんだよ?」

「…………あ」


 その言葉で、理解する。今の俺は、妹のために、俺に想いを寄せる幼馴染に催眠術をかけ、学年テストで不正を働かせ、そして体育祭でも利用しているのだ。


 そんな相手の前で、催眠術をかけ正気を失わせている状態とはいえ、雫の名前を口に出すのは本当に最低。最低の中の最低だ。


「ごめん……」

「謝らなくていいよ。……けど、そうだね」


 りんこは、いたずらっ子のように笑って。


「健気に頑張るあっくんの奴隷に、ほっぺにキスくらいのご褒美くらい、あってもいいんじゃないかな?」

「え……っ」


 そういって、頬を俺に差し出す。


 ……確かにここまで利用しておいて、りんこのお願いを何も聞かないというのはすでにボロボロになった良心でも痛む。


「わかった、するぞ」

「ふぇっ……?」


 呆けた声を上げるりんこの肩を抱き、頬に唇をあてた。


 柑橘系の香り、やわらかい頬は急速に熱を帯びる。


「ちょ! あっくん!?」

「どうした……? や、やっぱり嫌だったのか……?」

「い、いや、嫌じゃないけど! むしろ最高のご褒美だったけど……ま、まさかあのヘタレあっくんが本当にキスするとは思わなくて……っ!」


 確かに、以前の俺ならこんな恥ずかしいことはできなかった。けれど俺はあの雫のクッソ恥ずかしい催眠術(お願い)に耐えてきたのだ。幸か不幸か、今更ほっぺにキス程度で動じたりしない。


「け、計算外だよぉ……」


 俺の胸にうずくまりながら、小さな声を上げるりんこ。


 人外級に賢いはずの幼馴染は、まるで小動物のように小さくなっていた。彼女の恥ずかしがる姿を見て、俺まで恥ずかしくなる。


「お、俺ちょっとトイレ行ってくる! リレーの三十分前には待機所に戻るから!」

「う、うん……」


 もじもじするりんこをしり目に、俺は部室棟三階にあるトイレに向かう。


 雫の催眠術に応えるため、催眠術にかかっているフリを続けるため、この数か月間あらゆる手段を講じてきた。


 幼馴染の目の前で妹大好き宣言したり、自作の義妹小説の主人公のセリフを朗読したり、人生初のサイン会で女装したり、幼馴染を催眠術にかけたり、学年テストで一位になったり。本当にいろいろあった。


 次は選抜リレーで、一位を獲る。いままでの苦難に比べれば、なんてことはない。


 俺は雫が笑顔になれるまで、素直に笑えるようになるまで、催眠術にかかったフリを続ける。


 道化を演じ続ける。それが本当に正しいことなのかはわからないけど、あがくしかない。


 俺は、雫のたった一人のお兄ちゃんなんだから。


「…………え?」


 部室棟三階、そこに続く階段。


 三階に上り切ろうとして、足を上げた瞬間。

 

 誰かに、(えり)を引っ張られた。


 視界は反転、後頭部に鈍い痛みが走る。ごろごろと成す術もなく転げ落ちる体。


 俺の意識は、そこで、途切れた。





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