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毎日死ね死ね言ってくる義妹が、俺が寝ている隙に催眠術で惚れさせようとしてくるんですけど……!  作者: 田中
第三章 毎日死ね死ね言ってくる義妹が、俺の悪口を言うイケメンクラスメイトにブチギレたんですけど……!
26/51


 窓から西日が差し込む。机の上においてある時計の短針は、午後五時をさしていた。


「くっそ! また負けた……!」


 少し散らかった部屋で、小さなモニターを前に、俺は幼馴染と某有名格闘ゲームで遊んでいた。

 速水との一件を手助けしてくれる代わりに、俺はりんこのゲームに付き合う。りんこが提示してきた条件をさっそく消化中というわけだ。


 俺の部屋で遊ぶという場合の、唯一の懸念事項である雫も、今日は担任に書類の整理を頼まれて帰りが遅くなる。雫がいれば我が家は問答無用で戦場と化すので本当にタイミングが良かった。狙いすましたかのように雫に面倒ごとを押し付けてくれた担任に感謝だ。


「ふふっ、あっくんよわよわ~」


 場外にはじき出された俺のキャラクターをしり目に、りんこは生意気なメスガキよろしくどや顔で煽ってくる。さっきのラウンドでちょうど十戦目。けれどまだ一度もりんこに勝っていない。

 昔からそうなのだ、俺はりんこに何一つ勝てない。この空気清浄機系幼馴染は、全身からマイナスイオンを垂れ流しにしてるんじゃないかってくらい雰囲気は穏やかなんだけど、頭はいいわ運動はできるわ要領はいいわで普通にハイスペックなのである。


「はぁ……俺って昔からお前に何一つ勝てないよな……自信なくすぜ……」

「まぁ私の強さはあっくん限定だよ。他の人とやっても普通に負けちゃうと思う」

「そんなことないだろ」

「そんなことあります。私って昔からあっくんが何考えてるかわかるんだよね」

「じゃあ俺が今何考えてるか当ててみてくれよ」

「おっぱい」

「!?」


 驚愕、そして戦慄。現在のりんこの格好はよれよれのTシャツにホットパンツ。おそらく彼女の部屋着だろう。男の部屋に遊びに行くにはあまりにも無防備な恰好。


 着古しているので当然首元が大きく空いている。その空間から異次元の存在感を放つおっぱい。


 よれよれTシャツなのに胸元はぱつぱつ。矛盾。圧倒的矛盾。


 そんなとてつもない質量をもったおっぱいが重力を持つのは必然。故に俺の視線が吸い寄せられるのも無理はない。むしろ当然。物理法則を捻じ曲げることなど神にも不可能。


 これがまさに、(ニュー)トンが発見した万乳引力(ばんにゅーいんりょく)の法則だ。


「あっくんさっきからおっぱい見すぎ。画面見ないから負けるんだよ?」

「なるほど……だからお前の攻撃全部くらっちゃうんだな。さすがはりんこ、孔明もびっくりの頭脳プレイだぜ」

「褒められても全然うれしくないって、結構不思議な感覚なんだね」

「しかしりんこ、俺の考えを読めるというのは証明されたけど、具体的にどうやって見抜いているんだ? 俺ってそんなにわかりやすいのか?」

 隣に座るりんこは、少しだけ俺に肩を預けて、頬を緩める。

「わかりやすくないよ。私がよく見てるだけ。あっくん見てると楽しいし」

「俺なんか見て何が楽しいんだよ」

「楽しいよ。だって私、結構あっくんのこと好きだし」

「はいはいありがとー」


 相変わらず息を吐くように告白する幼馴染。俺に雫という超絶美少女義妹がいなければ、美人耐性がなければ、あっけなく陥落して告白して振られてしまうところである。あぶないあぶない。


「陥落してもいいんだよ?」

「っ……! 息を吐くように心を読むなっ!」

「ふふっ、耳真っ赤だね。効いた?」

「……正直効いた」

「素直でよろしい」


 とりとめのないやり取りでも、気心の知れた友達となら心が安らぐ。


「素直ついでになんだけど……一つ質問していい?」

「おう。いいぞ」


 りんこは背中から何やら古びた本のようなものを取り出す。


「この、催眠術の本について、あっくん何か知ってる?」


「えっ………………?」


 息が止まる。

 りんこが取り出したのは、かなり年季が入った本。

 その本は、雫が催眠術を覚えたキッカケ、俺が催眠術にかかったフリをするようになったキッカケ。

 そして、俺と雫の関係が、距離が、近づいたキッカケ。

 鼓動が高鳴り、額からは冷たい汗がにじむ。


「その顔は、何か知ってるみたいだね」


 賢すぎる幼馴染は、俺の表情の変化を見逃さない。

 リラックスしていたところに、言い逃れできないような物的証拠。

 ……いや、俺が全く表情を崩さずシラを切り通せばどうにかなったかもしれない。

 けれどもう遅い。

 りんこは確信している。雫が俺を言いなりにさせている手段が催眠術だと、確信している。


「ずっと探してたんだよ。そしてようやく見つけた」


 催眠術の本をぱらぱらとめくり、りんこは語り始めた。


「雫ちゃんがあっくんを言いなりにさせる方法。私が思いつく限り方法は九つあった。その中でも現実的なのは三つ。一つ目は『雫ちゃんが素直になってあっくんと恋人関係になり、そして束縛という形で言いなりにさせる方法』、二つ目は『あっくんの弱みを握って、もしくは何かしら人質にとって言いなりにさせる方法』、三つ目は『精神に直接作用するような、本当に魔法のような方法』」


 理路整然と、続ける。


「一つ目と二つ目が正解じゃないことは雫ちゃんとあっくんの様子を見ればすぐに分かった。あれだけこじらせていた雫ちゃんが急に人が変わったように素直になるなんてありえないし、あっくんの弱みを握っていたとしても、プライドが高くて極度の恥ずかしがりやな雫ちゃんが、あっくんの前であれだけデレデレになるはずが無い。いいとこあっくんを召使いに使って接点を増やそうとするのが関の山」


 確かに雫が俺の弱みを握っていたとしても、あそこまで過激な命令はしないだろう。

 そもそも弱みなんて俺は常に晒し続けているし、知られている。

 エロ本の隠し場所さえ親バレしている俺にもう怖いものは何もなかった。


「雫ちゃんはあっくんのことが好きだった。ずっと昔からね。けれど、何年も時間はあったのに彼女は悪態をつき続け、一向に素直に自分の気持ちを伝えることはなかった。そんな雫ちゃんは四月になってから急に態度が変わった。特に驚いたのは喫茶店での一件。あんな行動、少し前の彼女なら死んでもやらなかった。一番自分の気持ちを知られたくない人に、気持ちを隠し続けた人に、彼女はキスをした」


 喫茶店での出来事。りんこは思い出したくもないといった具合で顔を歪める。


「矛盾を孕んだ雫ちゃんの行動。それが最大の悪手。……何度も言うように、雫ちゃんは絶対にあっくんに自分の気持ちを素直に伝えられない。これは確実にそう言い切れる。何年も同じ屋根の下で暮らしてきたのに、進展するどころか悪態をつき続けて関係を悪化させるくらいだからね」


 今のところは、りんこの推測はすべて当たっている。

 むしろ当事者の俺よりも雫の行動原理を理解しているような気がした。


「ではなぜ、雫ちゃんはあっくんにキスをすることができたのか。……考えられる可能性はたぶん一つ。あっくんが正気ではない。もしくは雫ちゃんがそう思い込んでいる。そういう可能性。あっくんが正気じゃなければ、雫ちゃんがした突飛な行動を忘れさせられるという保証があれば、彼女は自分のやりたいことを羞恥心抜きでやれる。むしろそうじゃなきゃやれない。私はアナタ達の学校での言動、行動をずっと見てきた。一か月も見ればあっくんの状態が二通りあることはすぐにわかったよ。一つ目は『比較的いつも通りなとき』、二つ目は『問答無用で雫ちゃんの言うことを聞くとき』……それは日によって変わるわけじゃない。あっくんの態度が変わるのは雫ちゃんと二人きりになった後。つまり選択肢三つ目『精神に直接作用するような、本当に魔法のような方法』そんな何かを、雫ちゃんはあっくんに使用している。けれどその魔法は雫ちゃんが思ってるほど完全じゃない。喫茶店や学校、その他の場所でも、あっくんは雫ちゃんに『魔法』を使われているにも関わらず、私にメモで合図したり、仲を取り持とうとするそぶりを見せた。ここまで材料がそろえばあとは簡単だね。事の顛末、流れはこう」


 一息おいて、流れるようにベッドに座り、俺とまっすぐ目を合わせてりんこは言った。


「雫ちゃんはある日突然、あっくんを操れるような『魔法』を手に入れて、実際にそれをあっくんにかけた。けれど結果は失敗。雫ちゃんはあっくんにかかっていると思い込んでいるだけで、本当はかかっていない。かかっているように見えるのは、あっくんが雫ちゃんとの関係を崩さまいと演技しているから」


 正解。言い逃れのしようもない。


「残るはその魔法の正体。学校の休み時間にも魔法はかけられる、道具があるとしたらそんなに大きなものじゃない。候補はたくさんあったけど最終的に仮定として挙がったのは『催眠術。もしくはそれに準ずる何か』。催眠術ならもし仮にかからなくてもあっくんがかかったフリをするのは簡単だしね。答えが仮定としてでも成り立てば、あとは証拠になる道具を押さえるだけ。少しズルかもしれないけど、今日雫ちゃんには用事で退席してもらった。私いつも優等生だから、先生を誘導するのはとっても簡単だったよ」


 りんこはすべて見ていた。 計算していた。読もうとしていた。


 雫が俺にキスをした、あの日から。


 今思えば今日の朝、りんことの会話だって違和感があった。速水とのウワサを知っているのであれば、ジャージを着て汗だくになっている俺を見て、聡いりんこなら体育祭のための特訓をしていると推測できたはずだ。


 けれどりんこはそれをしなかった。おそらく俺の反応をうかがっていたのだ。


 速水との一件が、本当にウワサ通りの出来事なのか、それとも雫のいつもの催眠術によるものなのか。見極めていたのだ。


「あっくんと遊ぶ約束をとりつけて、トイレに行くフリをして雫ちゃんの部屋に行った。バレることはないと安心しきってたんだろうね、無防備に自分の机の上に置いてあったよ。もし仮に証拠品がなければ『催眠術』というキーワードをなげて、あっくんの反応を見て正否を決めるつもりだったけど……運よく証拠が二つそろってよかった」


 りんこはベッドから立ち上がり、床で呆ける俺の目の前に座る。吐息が顔にかかるほど、距離が近い。


「明日私は終わらせる」


 信じられないくらい冷たい声だった。


「雫ちゃんに、あっくんは催眠術にかかってない、演技しているだけだよ。そう伝える。それだけでアナタ達の関係は終わる」


 理由は説明しなくても分かるでしょ? あっくんが一番恐れて、催眠術にかかったフリを続けた理由なんだから。


 言わなくても分かる、幼馴染の瞳はそう言っていた。




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