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金髪男子(名前は忘れたけど同じクラス)に、校舎裏に呼び出される。
ラブコメウェブ小説にありがちな展開。
元号が変わった昨今、現実ではなかなか遭遇しにくい出来事だけれど、俺、市ヶ谷碧人はそんな陰キャ男子御用達のスクールカースト最下層イベントに、多くの割合で巻き込まれがちだった。
理由は説明しなくても分かるだろう。
義妹、市ヶ谷雫の存在だ。
文字通り国宝級の美少女である雫の傍にいれば、彼女に惚れてしまった男子からそういった嫌がらせを多く受けるのだ。
嫌がらせは陰湿なものから今回のような直接的なものまで様々。
ちなみに金髪男子(複数)に人気のない場所に連れていかれた回数は今回で八回目。
美しさとは罪。よく言ったものだ。
雫の類まれなる容姿は、男性を狂気に駆り立て、女性を嫉妬の炎で焼き尽くす。
そしてそのしわ寄せは雫本人にはいかず、社会的弱者である俺に降りかかるのである。
「……」
……理不尽極まりない災難だけれど、甘んじて受け入れるしかない。
大切な妹に危害が及ぶくらいなら、どれほど理不尽な責め苦であろうと耐え抜かなければならない。兄とは、そういうモノなのだ。
灰色の空の下。
影が差す校舎裏で、いかにもな金髪男子たちに囲まれる俺。
さーて。ここは雫のお兄ちゃんとしてクールな頭脳プレイで切り抜けるかな。
俺は震える手(武者震い)をおさえて、乾いた唇を開く。
「お、お金ならありませんよ……?」
能ある鷹は爪を隠す。
そうことわざにもあるように、能力のあるものは、賢い人間は、争いを好まないのだ。
「金なんかいらねぇよ」
「ひっ……!」
金髪男子もとい金髪くんは、勢いよく俺の胸ぐらをつかんだ。
鋭い眼光が、俺のどんよりした瞳に突き刺さる。
やっば。死ぬほど怖いんですけど。
「お前最近、雫さんといつも一緒にいるよね? なんなの?」
雫の名前が出た。
やっぱりそうだよなぁ……。
諦めまじりのため息を吐こうとするけれど、金髪くんの機嫌を損ねるわけにはいかないのでぐっとこらえる。
「いやまぁ……兄妹ですし……」
いくら仲が悪いと認知されていたとしても、俺と雫は兄妹なのだ。
催眠術という要素を抜いたとしても、接触回数はどうしても多くなってしまう。
「ふざけんなよッ!」
「っ!」
襟元を締める力が強くなる。
今日俺首しめられすぎじゃね……っ!?
「兄妹!? 義理だろ!? なんでお前みたいな陰キャに雫さんが構うんだよ!」
「い、いや。雫は俺のことなんてゴミ程度にしか思ってないですよ……!?」
「ゴミ程度に思っている人間を毎休み時間に連れてどっか行くのか? あ!?」
嘘は通用しない。
たしかに雫は、最近学校でも俺に接触する様になった。
以前は学校どころか家でさえまともに会話していなかったのに、だ。
雫の態度の変化の理由は、説明するまでもないだろう。
催眠術だ。
催眠術というイレギュラーによって、雫の態度は日替わりでコロコロ代わり、良い意味でも悪い意味でも俺と接触が増えた。
それをこの金髪くんは快く思っていないんだろう。
俺の境遇(催眠術にかかったフリを続けなければいけないという状況)を知れば、この金髪くんも貧血でぶっ倒れるレベルでドン引きするはず……。
しかし、伝えるわけにはいかない。
この金髪くんに催眠術のことを話せば、噂は一夜で校内を駆け巡り、そして雫の耳に入るだろう。
そうなれば終わり。
パイルバンカー系義妹に、半径20センチの大穴を土手っ腹に開けられてしまう。
今俺にできることは金髪くんの八つ当たりに無心で耐えることだけなのだ。
「顔も俺のほうがいいし、成績も、運動だって、俺の方ができるのに……っ! なんで雫さんは俺に見向きもしないんだよ……!」
「そんなこと言われましても……」
「黙れ!」
「えぇ……」
り、理不尽すぎる……。
なんで俺こんなに悪口言われなきゃいけねぇんだよ……!
半泣きになりながらもなんとか耐える俺。
こういうタイプの輩は好きに言わせておけば勝手にストレス発散して落ち着くことが多いので、我慢することが大事なのだ。
こ、怖くて言い返せないとかそういうのじゃないんだからねっ!
「くそ……なんで雫さんにお前みたいな家族がいるんだよ……。あの子はもっと孤高で……もっと……」
彼は小さくそうつぶやいた。
俺はその一言を聞き逃さなかった。
……いや、聞き逃せなかった。
「孤高?」
先程の思惑とは相反して、自分でもびっくりするくらい威圧的で低い声が出る。
「なんだよ……文句あんのかよ……あ?」
反抗的な俺の態度を見た金髪は、首元を締め付ける力をさらに強くした。
それでも心の奥底にどろりとたまるような怒りは、衰えを見せない。
俺を馬鹿にするのは構わない。
雫を好きになるのも、あこがれるのも、構わない。
けれど、俺の妹に『孤高』なんていう手前勝手な印象を押し付けるのは許せなかった。
雫は好きで一人でいるんじゃない。
本当は誰よりも優しいはずなのに、過去の痛ましいトラウマのせいで、塞ぎ込んでいるだけなのだ。
雫の美しすぎる容姿に目がくらんで勝手に『孤高』という名前を付ける。
高嶺の花というイメージを、悲劇のヒロインというイメージを押し付ける。
俺を、彼女の元から引きはがそうとする。
それだけは許せない。
「俺は雫のお兄ちゃんだ。ウザがられようが嫌われようが、俺は絶対に雫をひとりぼっちにさせたりしない。お前が何と言おうと、ずっと側にいてやる」
雫に比べれば、俺なんて本当に何のとりえもないちっぽけな人間だけれど、彼女のそばにいることはできる。
催眠術という突飛な方法ではあるけれど、雫は前よりも表情が豊かになった。
俺のことを惚れさせようとするのは、女子高校生が教師を好きになってしまうような一過性の感情だろうけど、それでもいい。
いつか忘れ去られても、嫌われても、雫が今よりも笑顔になれるなら俺はそれでいいのだ。
たとえ血がつながっていなくても、それが兄というモノなのだ。
「この……っ!」
金髪が大きく拳を振り上げる。
おそらく次の瞬間、火が出るような痛みが俺の頬を襲うだろう。
殴るなら殴ればいい。
兄としての矜持だけは、絶対に譲らない。
「死ね!」
短絡的なセリフとともに、ぶれる拳がぐんぐんと迫ってくる。
俺はきゅっと、歯を食いしばった。




