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毎日死ね死ね言ってくる義妹が、俺が寝ている隙に催眠術で惚れさせようとしてくるんですけど……!  作者: 田中
第一章 毎日死ね死ね言ってくる義妹が、俺が寝ている隙に催眠術で惚れさせようとしてくるんですけど……!
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 学校から帰宅し、時刻は午後六時三十分。


 薄暗い自室で、パソコンの体に悪そうな光を一身に浴びながら、大きく息を吸って、叫ぶ。


「……頼むッ!」


 俺は神に祈りながら、ライトノベル売り上げランキングのページを開いた。


「……っ!」


 まだ結果は見えない。

 正確には見ようとしていない。

 未だ目をつむったまま、俺は表示された結果を見れずにいるのだ。


「最後くらい勝つ……絶対に勝つ……っ!」


 神に、自分がやってきた努力に、祈る。

 そして、少しずつ、まぶたをあけた。


「あ……っ」


 綺麗に羅列された売り上げランキングを見た途端、視界の端がゆっくりと滲んだ。


 おそらく涙。


 けれど、プラスの感情からくる涙ではない。


 それにしてはあまりにも冷たすぎるからだ。


 冷ややかな雫が、頬を伝う。


「また……負けたぁぁぁああああ!!!」


 ご近所中に響き渡る勢いの大音量で、俺は叫んだ。喉から血が出る勢いで、叫び散らかした。


 売り上げランキングを見て発狂している様を見れば簡単に推測できると思うけど、俺、市ヶ谷碧人の職業は、ウェブ発のライトノベル作家だ。


 趣味で書き始めたネット小説が何かの間違いで書籍化し、何かの間違いで細々つらつら続いて、遂に迎えた最終巻。

 その売り上げが他作品と比較された状態でネット上に表示されているのだ。


 俺の小説『十二年間片思いしていた彼女が昨日、妹になりました。』は、爆発的に売れたわけでもないし、でもまったく売れなかったわけでもなかった。

 正直、処女作で完結まで持っていけたということを鑑みれば、充分すぎる結果だ。


「でも……それでも……最後くらいは奴に勝ちたかった……っ!」


 俺と同時期にデビューしたにも関わらず、遥か先で売り上げランキング上位争いをしているウェブ発ライトノベル作家。


「笹本めぇ……っ! 貴様だけは認めんぞぉ……っ!」


 戦闘民族の王子の様に喉から声を絞り出し、そう呟く。


 俺が笹本鈴紀ささもと すずきに固執する理由は至極シンプルなもの。


 彼が俺の作品を目の敵にしているからだ。


 小説が発売してすぐ、俺は彼からSNSで、直接メッセージを受け取った。

 内容は以下の通りだ。


『市野先生、義妹小説書くのやめた方がいいですよ? 正直リアリティが無いというか、あんまり萌えないんですよね。やっぱり市野先生は幼馴染ものを書くべきだと思います。自身の経験に照らし合わせてかけるし、何より現実的です。義妹より幼馴染です。幼馴染ルート最高』


 俺の作品を名指しで批判し、さらには義妹というジャンルそのものまで否定したのだ。


 許せるはずがないだろう。


 現実はともかく、創作上では俺は幼馴染属性よりも義妹属性の方が大好きだ。

 幼馴染より義妹の方が禁断の恋愛感があってスケベだし、一つ屋根の下で暮らしているというところもスケベだし、何より血縁関係がないから結婚までできちゃうというあたりがかなりスケベだ。

 幼馴染を否定するつもりはない。

 けれど、俺の大好きな義妹属性を否定されて黙っていられるほど俺は常識人じゃなかったのだ。


 笹本が俺にSNSでケンカを売り、俺も怒りに任せてそのケンカを買った。『アンタの幼馴染ヒロインより、俺の義妹ヒロインの方がえっちでかわいいことを証明してやるよ!』と、宣戦布告までしてやった。


 ……にも関わらず……すべての巻において、笹本の書く幼馴染モノ『モブ幼馴染はお嫌いですか?』に売り上げを離されてしまっているのだ。


 悔しくないわけがない。


「くっそおぉおおおおぉおおぉおお!!」


 このまま喉が破裂するまで叫んで死にたい。

 本気でそう思うくらいには心が破壊されていた。


「くっそ! なんで俺の超絶スケベ義妹ラブコメが笹本の野郎に負けるんだよ! アニメ化確定(予定)の最高傑作だったんだぞ!!」


 自分の実力不足だと理解していても、溢れる感情。やるせない気持ち。

 そういうどうしようもない憤りは、喉を通って爆音となり部屋を揺らす。


 俺は完全に冷静さを失い、取り乱していた。


 しばらくすると、俺の叫び声をかき消す勢いで、ガンッ! と大きな音がする。


「ひいっ!」


 音の発生源、質から推測するに、部屋のドアがへし折れる勢いでブチ蹴られたのだろう。


 ご近所様に確実に迷惑になるレベルで爆音を発していた。

 間違いなく、この家のどこにいても俺の狂乱した声は届いてしまうだろう。


 なら、同じ家に住む家族から苦情が来るのは至極当然のことだった。


「ちょっとクソ兄貴! うるさいんだけど!」


 予想通り、不機嫌すぎる義妹の声が聞こえる。

 笹本に対する滞りの気持ちは秒で冷め、今はパイルバンカー系義妹に部屋のドアをぶち破られたらどうしようという命が危ぶまれる系の恐怖に俺の心は支配されていた。


「す、すまん雫! お兄ちゃんちょっとショックな出来事があって……!」


 この程度の謝罪であの雫の怒りがおさまるはずがない。何か手立てを考えないと……!


 灰色の脳細胞をフル稼働させて、生存ルートを模索するけど、怒り狂う義妹にみぞおちを2、3発殴られる未来しか見えなかった。詰んでいる。


 俺は目をつむってその時を待つ。


 けれど。


「ショックな出来事……。ッ、まぁいいわ、今日だけは許してあげる。でも次騒いだら腹に風穴開けるから」

「えっ……あ、はい……すんませんした……」


 予想に反して、雫は大きな舌打ちをしつつも、タンタンと静かに床を鳴らして部屋の前から去っていった。


「あれ……なんでだ……」


 いつもの雫なら確実に俺に物理的ダメージを与えていたはず……。


「まぁ……いいか……」


 命の危機を乗り越えれば、再び悲しみが心を支配する。

 いっそのこと雫にぶん殴られた方がスッキリしたかもな。


「……とりあえず、報告しなきゃだな」


 今回の作品をウェブ上で応援してくれた方々に、お礼を伝えるメッセージを掲載する。

 この作品が本になって、さらには最終巻まで打ち切られず続巻できたのは、偏に応援してくれた読者のおかげだ。


 マイページの活動報告を更新してしばらくすると、ピコンとメッセージが鳴った。


「あっ……」


 メッセージを送ってくれた読者さんのハンドルネームを見て、思わず頬が緩む。


「ドロップさん……」


 まったく無名の頃から、ずっと応援してくれている俺にとって少し特別な読者さんだ。


 今回も長文のコメントを投稿してくれている。


『市野先生、いつも更新お疲れ様です。活動報告拝読しました。市ヶ谷先生の甘々な義妹ラブコメが世に受けない、ましてやあの地味幼馴染モノに売り上げで負けるなんて正直理解できません。いつもツンツンしている義妹が、本当はお兄ちゃんのことが大好きなのに、素直になれない様は見ていてもどかしいし、その分、デレが出た時の破壊力たるや半端ないです。腹に風穴開くレベルで尊いです。地味な幼馴染に負けるはずがありません。現状でも完成度は高く、満足できる作品なのですが、私の好み的には、もう少し兄と義妹をラブラブさせてはどうでしょうか? 具体的には、ツンツンする義妹をこん限り甘やかせるお兄ちゃんが見たいです。お兄ちゃんに甘やかされて嬉しくない義妹はいないと思います。これは経験に裏打ちされた事実です。市ヶ谷先生は一刻も早く、義妹をこれでもかと言うほど甘やかせるべきだと思います。甘やかせなさい。わかりましたね? 長々とコメント失礼しました。甘々な義妹ラブコメを楽しみにしています』


「相変わらずコメントなっがいなぁ……」


 ドロップさんの長すぎるコメントに微笑ましさを覚えつつも、長文内にある一節を、俺は若干疑問に思う。


「お兄ちゃんに甘やかされて嬉しくない義妹はいないと思います。これは経験に裏打ちされた事実です……か……」


 俺のリアル義妹、雫のことを思い浮かべる。

 俺の経験からすると、雫を甘やかしたりなんかしたら『は? アンタ何様? ウザすぎるんですけど、豆腐の角に頭ぶつけて死ねば?』と、こっぴどく言われる未来しか想像できない。


 でも、創作と現実は違う。

 俺は現実での義妹に苦しめられているけれど、創作上での義妹もの、妹ものは大好物だ。


 創作上でのアドバイスと捉えるなら、ドロップさんのアドバイスは的を射ているだろう。


「はぁ〜……次はもっとラブ要素多めで書いてみるかぁ〜」


 ため息と共にそう吐き出しつつ、俺は自室の扉を開いてリビングに向かう。


 次の方向性が見えたとしても、売り上げで完全敗北したというショックが大きすぎて、今日は小説を書く気にはなれなかった。


 気分転換にリビングでだらだらと雑誌でも読みながらコーヒーでも飲もう。


 そう思い、コーヒーを入れ、雑誌を手に取り、リビングのソファーにどかっと座った。


「……」


 地方情報雑誌の当たり障りのない文章は、俺のまぶたを重くする。


 今大人気のホルモンうどんの記事のあたりで、俺はついに睡魔に敗北し、深い眠りに落ちた。




 * * *




「ん……っ」


 微睡みの中、意識が揺蕩う。


 あ……そうか……俺寝落ちしちゃったんだな……。


 いつもより体が重たい。

 学生生活の合間に小説を書き、先日最終巻が発売された。緊張の糸が解けると同時に、今まで溜まっていた疲れも解放されてしまったのだろう。

 上半身を起こせないほど、体は硬直していた。


 せめて現在の時刻だけでも確認しようと、ゆっくりとまぶたを開ける。


「っ……!」


 声にならない悲鳴をあげた。


 薄く開けたまぶたから見えた、信じられない光景。


 俺の下半身に馬乗りになった雫が、紐にくくりつけた五円玉をじっと見つめ、気難しい顔でうなっていたのだ。


「これで、成功するよね……?」



 訳の分からない状況に、俺はすぐさままぶたを閉じて寝たフリを開始した。



 この寝たフリが、俺と雫の人生を大きく変えるとは知らずに。




次話は催眠術でてきます!

えっちです!

評価ブクマ感想よろしくお願いします!!(寝土下座)

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 途中まで普通に読んでて出てきたラノベの名前見たら 『田中ドリルじゃねーか!!』って叫んでしまいました。
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