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FPSの書籍化作業で忙しくて更新遅れました…!
すんません…!!!!
春と夏の間。暖かい空気が頬をかすめる。
俺は渋谷駅前、待ち合わせスポットでお馴染みのハチ公前でスマホたぷたぷつつきながら時間をつぶしていた。
「お、お待たせ……!」
その音を聞くだけで、美人だと確信できるぐらいの澄み切った声。
視線を上げると、俺の義妹が頬をほんのり染めながら、耳に艶やかな黒髪をかけ、こちらを恥ずかしそうに見つめていた。
白のカットソーに、足が長く見えるネイビーパンツ。
誰がどう見ても人間国宝級の超絶美少女だった。
「えっ、あの子めっちゃかわいくね?」「モデルさんなのかな……」「てか待ち合わせの相手だれだ」
義妹の登場に、一気に色めき立つ若者たち。
俺は意を決して、雫の前に飛び出す。
「や、やぁハニー……! 今日もかわいいね」
どよよっ! っと効果音がなるくらい、ハチ公前にいた若者たちは驚く。
そりゃそうだ。俺みたいな冴えない男が、雫みたいな人間国宝級の美少女を軽々しくハニーと呼んだのだ。驚くのも無理はない。
「ちょ、ちょっとアンタ! 妹に何言ってんのよ!」
またもやどよよっ! 集中線を入れて効果音白抜きで入れるレベルで若者たちは驚く。
あぁ……胃が痛い。胃が痛すぎる。
……そう、お察しの通り、今の俺はシラフではない。
例の如く、雫に催眠術をかけられている。
今回の命令は『カタイモの主人公レベルで、私を溺愛するお兄ちゃんになりなさい。そしてらぶらぶデートしなさい』だ。
話は変わるが、創作する者を死ぬほど辱める方法を皆さんは知っているだろうか?
方法は至極簡単。
その作者が書いたセリフ、主に必殺技だとか、決めゼリフだとかを、ぼそぼそっと耳元で呟いてやればいい。
そうすればおそらく八割型の作者は、息ができないくらいに悶え苦しみ、そして恥ずかしさのあまり頭を地面にガンガン打ち付けるだろう。
ちなみにセリフを引用する作品がその作者にとって古ければ古いほど効果は絶大だぞ!
「ハニー、それじゃあ行こうか」
「どこに行くの? ……映画とか?」
「……おい雫」
「きゃっ!」
俺は雫の肩を抱き、さながら社交ダンスの達人のようにくるりとターンを決め、そしてハチ公さんが座す石壁に壁ドンを決める。
「映画も確かに悪くない……けれどそれじゃあ俺の雫を正面から見つめられないだろ?」
「…………しゅきぃ……っ!」
五十をゆうに超える観衆を前に、真っ赤になる超絶美少女義妹と、それに壁ドンする冴えない兄。
俺の一切妥協のない壁ドンに、観衆から大きな拍手が聞こえてきた。
控えめに言って死にたい。穴があったら入って永眠したい。
……なぜ死にたいかって?
今のやりとりはすべて、俺の著書である『カタイモ』のセリフだからだよ?
今日はいつものカタイモごっこを、クソみたいに人がいる渋谷でやらされるからだよ?
しかも今日は俺のサイン会。
義妹デートと身バレ不可避のサイン会のダブルブッキング。
神は俺を殺そうとしている。
前世でどんな業を背負えばこんな地獄みたいな責め苦を受けさせられるんだ?
まさか俺の前世って魔王? 世界二つくらい滅ぼしちゃったりしてるの?
「わかったかいハニー? 君は今日も俺のお姫様なんだ。俺の言うことだけ聞いていればいいからね?」
「……ひゃ、ひゃぃ……」
自分のツンデレ属性を忘れ、目をハートにしてデレッデレになる雫。
その様子を見た観衆からボソボソと小さな話し声が聞こえた。
「あんな美少女が、芋みたいな男とデートなんて……世の中わからないもんだな」「おい、俺たちがナンパしたらあの子デートしてくれんじゃね? あんな男よりかは俺たちの方がイケてるって! 絶対!」「たしかにそうかもな……!」
そんな小声を聞き取った雫は、一瞬、逆鱗に触れられた龍のように眼光を鋭くする。
雫に催眠術をかけられてからおよそ一ヶ月。
俺は彼女の性格をかなり知ることができた。
義理の兄に催眠術をかけ、無理やり惚れされようとする雫が、最も嫌がり、そして激昂する事。
それは……。
「そこのモブ。殺されたいの?」
俺が貶される事だ。
「雫行こうか! そろそろお店を予約してる時間だ!」
幸いまだ、雫の殺害予告は件の観衆には聞こえていない。
すぐさまフェードアウトすれば大騒ぎにならなくて済む……っ!
「退いてお兄ちゃん、ちょっとあいつらの腹に風穴あけてくる」
「……雫ちゃん? その手に持っているものは何?」
「ホールソー」
「それって金属とかでも丸い穴を開けられる便利な道具だよね?」
「ハンディタイプ。軽くて扱いやすい」
「……どこから出したの?」
「……乙女の嗜み」
いやそんな嗜みがあってたまるか……っ!
このように、雫は俺がバカにされることをなによりも嫌う。
この前も、俺が近所の犬に吠えられただけでその犬にギャンギャンと吠え返したくらいだ。
流石に人目があるところではその悪癖も少し緩和されるんだけど、今の雫はデレデレモード、タガが外れている。
俺をバカにされたら引くぐらいブチギレるくせに、らぶらぶ加減を見せつけたがる矛盾しまくりパイルバンカー系義妹。
兄として若干嬉しい気持ちもあるけれど、今雫を止めなければ休日で賑わう渋谷が阿鼻叫喚であふれる地獄へと変貌してしまう。
「雫、あまり俺を怒らせるな」
「ふえっ?」
ホールソーをギュインギュイン回す義妹の手を取り、胸に抱く。
「俺以外の男を見つめるなんて、本当に悪い子猫ちゃんだ」
そんなゲロキモいセリフを吐きながら、俺は雫の額に軽くキスをする。
「ご、ごめんなひゃい……っ!」
雫はホールソーをしまい(どうやってしまったかは定かではない。背中に隠したとおもったら次の瞬間には消えていた。まさか具現化系の能力か?)俺にひしりと抱きつく。
そんな彼女と、俺は腕を組み、手は恋人つなぎにして、ハチ公前を早足で去る。
予約したオシャレなお店で昼食を済ませ、少し時間をつぶしたらいよいよサイン会だ……っ!
普通にサイン会に行けば、担当編集の吉沢さんと雫と板挟みになり、雫に『なんで今まで黙ってたの? 嘘ついたの? 催眠術かかってないの?』と責め立てられ社会的に抹殺もしくは物理的に抹殺されることは確定案件。
しかし! 俺も大きなイベントに対して何の手立ても用意しないほどバカじゃない!
義妹いちゃらぶデートとサイン会ダブルブッキングとかいう地獄の責め苦イベントを乗り越えるアイデアはすでに用意されているっ!!!
「ねぇ……」
「ん? どうした雫、予約してる店ならもうすぐだから少し我慢してくれよ」
腕を組んでいる雫は、おそるおそる上目遣いで、こちらを見つめる。
「……お兄ちゃん、私今とっても幸せ」
節目がちに、そう言った。
「あぁ、俺もだよ」
毎日死ね死ね言ってくる義妹との、久しぶりの外出。
俺は彼女を、重たい十字架を背負っている彼女を、もっと笑顔にしてやりたい。
これから訪れるであろう受難に対して、俺はいっそう気を引き締めた。




