10
日が西に傾き、暗いオレンジ色の光が全身を照らす。
自分の長くのびる影をぼんやり眺めて、俺は自宅を目指してとぼとぼ歩いていた。
「…………どうしてこうなった……」
今日起こった出来事を思い出すだけで、胃がキリキリと痛む。
普段絶対に怒らない幼馴染のブチギレ事件に、毎日死ね死ね言ってくる義妹の無理やりキス事件。
ここ数日で、俺の人生史上最もハードなイベント一位二位が更新されてしまった。
さらには今後、りんこの思惑に雫の呼び出しといったさらにハードになるであろうイベントも待ち構えている。
今後も俺の胃を痛めつけるイベントは山ほどあるだろう。
「それにしても、あのりんこがあそこまで熱くなるなんてな……」
鋭い形相で雫をにらむ幼馴染の顔、今でも鮮明に思い出せる。
前から雫とりんこの関係はあまり芳しくなかった。
おそらく、その積もり積もったストレスが今日、一気に爆発したのだ。
気を遣う優しい幼馴染のことだ、わがままな雫のことをあまりよく思ってないのだろう。
「はぁ……」
いくらゆっくり歩いても、いずれは自宅に着いてしまう。そんなことはわかりきっていても、黒塗りの玄関を見て、気分が滅入る。
雫の呼び出し。
何が起きるかはわからないけど、確実に俺のメンタルに風穴をあけるイベントが待っているはずだ……!
俺は、大きく深呼吸をして、自宅の玄関を開いた。
予想できないことを憂いても仕方がない。
とにかく、義妹の呼び出しイベントをなるべく少ないダメージで消化せねば……!
「か、かえりましたー……」
返答はない。
どうやら雫は自分の部屋にいるようだ。
階段を静かにあがり、部屋の前で、俺はまた深呼吸をした。
そういや、雫の部屋に入るのはこれがはじめてだな……。
sizukuと書かれたルームプレート。
このドアの先に、彼女はいる。
喫茶店、幼馴染の前で、たくさんいたお客さんの目の前で、妹とのキス。
人生で最も恥ずかしい記憶がフラッシュバックするけど、無理やり記憶にフタをして、ドアをノックした。
「雫、帰ったぞ。……入っていいか?」
「……入って…………」
静かな声に入室を促され、ゆっくりドアを開ける。
毎日寝起きする自宅でありながら、未開の地。
義妹の部屋に、俺はついに足を踏み入れたのだ。
「まず最初に謝らせて。お兄ちゃんが催眠術にかかっているとはいえ、何も考えずに……そ、その……キスしちゃって、ごめんなさい……」
大きい本棚が印象的な、白を基調とした女の子らしい部屋。
その部屋にある小さなベッドの上で、雫は枕を抱き抱えながらそう言った。
てっきりりんこと喫茶店で仲良く話していたことを咎められると思ったのに、パイルバンカー系義妹は性格が変わる勢いで落ち込んでいた。
「……催眠術がかかってなきゃ、たぶん、お兄ちゃんは私のこと嫌いになった……よね」
体を縮こまらせて、小さくなる雫。
雫にとってもあのキスは予定外、勢いに任せての行動だったのだろう。
「気にすんな……とは、素直に言えないけど、それでも、俺がお前を嫌いになったりすることなんてないよ。家族だからな」
「……っ」
迷惑かけられても、酷い罵声を浴びせられても、き……キスされても……。いや最後のはちょっとアレだけど……!
とにかく、家族は家族なのだ。
例えそこに血の繋がりが無くても、俺と雫は兄妹であり、家族だ。
心の底から嫌いになれるはずなんてない。
「私、お兄ちゃんが、私のお兄ちゃんになってくれて……本当に嬉しかった」
こぼれ出る本音。
そのまま雫は続ける。
「お父さんもお母さんも奪われて……もう生きることなんてどうでもよくなっちゃって、周りにいる人ぜんぶ傷つけて……それでも、お兄ちゃんだけは、私にお節介を焼いてくれたよね」
「雫……」
絶対に誰にも見せない、大きな傷跡を晒す彼女。
雫の両親は、猟奇的な快楽殺人者によって奪われた。
口にだすのもはばかられるような、酷い殺され方をしたのだ。……キッチンの小さな戸棚に隠れた、幼い雫の目の前で。
病気や事故で両親を失ったのであれば、言い方が悪いかもしれないけど、雫も諦めが……気持ちの踏ん切りがついただろう。
けれど、雫の両親は、他者の悪意によって奪われた。
…………しかも、まだ犯人は捕まっていない。
その悪意は、ぶつけようの無い怒りは、幼い雫の心に大きな傷跡を残した。
俺はいまでもくっきりと思い出せる。
この家に引き取られた時の、生きることに絶望した雫の表情を。
子供ながらに思った。
このままじゃ、彼女は自然と消えるように自ら死を選ぶだろうと。
俺は雫に心を開いてもらえるよう、ありとあらゆる手段を講じた。
まぁ……そのどれもこれもが失敗して、雫に殴られたり罵声を浴びせられたりと散々な結果に終わったけど……。
それでも俺は雫のことが嫌いになったりはしなかった。
文字通り死ぬほどつらい経験をした雫に対して、素直な良い子に育てという方が土台無理な話なのだ。
わがままでも、傍若無人でも、パイルバンカー系義妹でも良い。
ただ、生きてくれさえいれば。
いつか、心の底から幸せだって、言える日が来ることを信じていてくれれば、それでいいのだ。
「こんなこと、お兄ちゃんが催眠術にかかってなきゃ素直に言えないけど……」
ドアの前で立ち尽くす俺の元に、トテトテと歩いてくる彼女。
「……本当に、ありがとう。……それと……だいすき……っ」
頬を朱に染めて、儚げに笑う彼女は、今まで見たどんな女性よりも美しくて、そして妖艶だった。
「いつかこの言葉を、お兄ちゃんが催眠術にかかっていない時に、ちゃんと伝えるね」
もう伝わっている。
雫の気持ちは、本当は誰よりも優しい彼女の気持ちを、俺は知っている。
「……おう、待ってるぞ」
それでも、今は聞こえないフリをして、催眠術にかかったフリをして、俺は雫を抱きしめた。
彼女が自分の気持ちを、何にも頼らず素直に言えるようになった時。
そんな幸せな瞬間が、訪れる日が来ることを信じて。
「…………えっ?」
「……どうしたの、お兄ちゃん?」
雫の肩越しに、見えた本棚。
女の子の部屋にはあまり似つかわしく無いような、とても大きい本棚。
その本棚の、一際目立つ場所。
一番手に取りやすい、本棚の真ん中あたり。
俺は、今までの感動的な雰囲気が、感情が、吹き飛ぶくらいのとんでもないモノを発見してしまう。
「し、雫さん? あの本棚の真ん中あたりにある小説は何かな?」
「えっ……普通の義妹モノのラノベだけど……」
「タイトル読んでみてくれる?」
「…………十二年間片思いしていた彼女が、昨日妹になりました。だけど……どうかしたの?」
いやめっちゃ俺が書いたラノベで草。
「ぐふっ!!!」
「お、お兄ちゃん!? 大丈夫!?」
あまりの恥ずかしさに思わず吐血してしまう。
くっ! くそがぁっ!!
自分の書いた義妹モノのいちゃらぶスケベ小説を、モノホンのリアル義妹に読まれるとかどんな罰ゲームだよっ!!
い、いや落ち着け! まだ俺のラノベを雫が読んでいるとは限らない! 積み本の可能性もあるからな!
もしまだ読んでいないのなら、秒で回収して焼却処分すればどうにかなるはずだ……っ!
「雫ちゃん、そ、その義妹ラノベ、読んだことあるの?」
「もちろんよ。もう百周は読んだし、お店ごとの購入特典やドラマCD、タペストリーやキーホルダーまで、ありとあらゆるグッズも購入済みだわ。学校での朝読書でも愛読しているくらい、私はカタイモが大好きよ。愛していると言ってもいいくらいね」
いやめっちゃ応援してくれるファンで草。
「はぐわぁっ!!!」
「お! お兄ちゃん!? 本当に大丈夫!?」
「あ……安心しろ、ちょっと心臓が止まりかけただけだ……」
催眠術義妹の攻略法が少しだけ見えた気がしたけど、どうやらまだまだ道は険しいらしい……。
俺は、今後訪れる胃に大穴案件に頭を悩ませつつ、気を失った。
次話から新章です!!!
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