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06,師弟関係締結


「おまえ、何してんの?」

「見てわからないのかい?」


 風呂から上がったミリー。

 ゼレウスから獣皮で仕立てた雑なタオルを受け取ると、体も拭かずに風呂桶に腰かけ、指先に白い魔力光を灯してゴソゴソし始めた。

 白い魔力光で、獣皮のタオルに何か書き記している。


「さっぱりわからん。魔術を使っているって事くれぇはわかる」

「そうか。魔術の基礎も知らないのだね。では教えてあげよう。白の魔力の性質は『有機無機を問わぬ物体改造』だよ」


 白の魔力で紡がれる魔術は大雑把に二種四項。


●生体干渉――生命活動をしている物体への干渉魔術。

 ・身体機能の増強。

 ・身体の形状変化。


●無機干渉――生命活動の無い物体への干渉魔術。

 ・物体の変質。

 ・物体の形状変化。


 前者は生命が代謝する魔力に押し流されてすぐに術の効果が切れてしまう一時的なもの。

 しかし後者は、誰かが上書きしない限り術の効果が永続する。


 そして、どちらの術も行使には極めて高い技量が要る。

 下手に使えば、身体や物体を破壊する事しかできない。それはそれで武器になるかも知れないが。


「この召使いが風呂掃除に使うたわしのような肌触りのタオルを変質させて、一級品とはいかないまでも三級品程度の感触を持つ代物に変えようと思ってね」

「さらっとディスるなおまえ」

「事実だからね」

「つぅか、何でさっき髪を拭く時はやらなかったんだ?」

「魔術は便利だけれど万能ではないのさ。特に無機干渉系はね。この私の技量を持ってしても、一度変質させただけで理想の質感にばっちり仕上げられるなんてそうそうない」


 ミリーは「甚だ忌々しい事だがね」と言わんばかりに息を吐きつつ、


「魔術は芸術と同じ感覚の分野だよ。科学のように数値を整えて現象を再現している訳ではないんだ。何度も何度も変質させて、微調整に微調整を重ね、理想に近付けていく地道な作業――つまり時間がかかるんだよ、現にこうして」


 先ほど、髪の泥を落とすのは急務だった。故に止むを得ず優先した……と言うのがミリーの理屈だ。


 コップやポットの造形に文句を言いつつ変形魔術を使わなかったのも似たような理由。

 まずは紅茶ニーラカーナを味わい、精神の安寧を確保する事を優先したに過ぎない。


「私はね、急を要する致し方ない場合の妥協は許容する。そこまで難儀な堅物ではないのさ。でもね、妥協せずに済む場合はとことんまでやるよ」

「ふぅん。まぁ御立派だけどよ。急がねぇと風邪ひくぞ? 今は妥協した方が良いんじゃね?」

「風邪菌程度に私の体が負けてたまるか」

「おまえほんと良い性格してるよな」


 貴族令嬢とはもう少しお淑やかで慎み深いものではないのだろうか。

 ちょっとゼレウスのイメージ像より数段たくまし過ぎるこの子。


「しっかし、要するにあれだろ? そのゴワゴワタオルを、ふわふわタオルに変えている、って訳だろ?」

「相変わらず雑な解釈だね……」


 まぁ、的外れではないが。


「それがどうかしたのかい?」

「おまえも言っていたけど、魔術ってほんっと便利だなー、と思ってよ」

「でなければ、私が好き好んで極める訳が無いだろう?」


 ミリーは性格上、役に立たないものに興味は無い。


「良いなー、魔術。オレも使ってみてぇなー。つっても無理だけど」

「……? そう言う邪神の特質か何かがあるのかい?」

「いや、単純に才能が無くてな。無理だった」


 どうやら、以前に挑戦した事はあるようだ。


「バカを言うね。君は」

「おう? オレ、何か変な事を言ったか?」

「才能とは、下限スタートラインと成長効率を決めるものだ。決して上限ゴールラインを示すものではないよ」

「!」


 ここでタオルの変質が完了したのだろう。

 獣皮のタオルを頭に被って自慢の銀髪の水分を吸わせながら、ミリーは続ける。


「凡才も無才も、出発地点が低く進行速度が遅いだけで、足掻いた分だけ上へ進みはする。歩を進めておきながら完全な停滞や逆行をする事など、現実的に有り得ない。少し考えればわかる事だろう?」


 だから油断できないのだ。

 自分のような天才でも、何もしないでいれば凡才・無才の有象無象に追い抜かれる危険性がある。

 ミリーはそれをよく理解している。

 なにせ、自分がそうやって、先達の怠けた天才どもを捲ってきたからだ。


 だが、自分に限って、下の者に追い抜かれるなど、そんな事は有ってはならない。

 だからミリーは誰よりも努力を惜しまず、凡才無才・自分以外のみみっちい天才どもを見下ろせる位置を確保し続けるのだ。


「少し考えれば……か。おまえは、頭が良いんだな」

「当然だよ、君。私は天才であり、勉強を怠らない優れた人種だからね」


 髪を乾かしながら、ミリーはゼレウスが用意した獣皮の服を取り、またしても白い魔力光で魔文を刻み始めた。

 服もきっちり、自分に見合ったものに変形・変質させるつもりらしい。


「じゃあ、オレも頑張りゃあ、その内には魔術が使えるようになるって事か」

「まぁ、恐ろしく才能が無い場合は何十年何百年かかるか保証しかねるがね。しかし伝承の時代から生きているような君なら、そう待てない時間でもないだろう?」

「まったくだ。時間だけはいくらでもある」


 楽し気に呪文を光らせながら笑い、ゼレウスは「よし」と拳を握った。


「しかし、目の前で非効率な修行を晒されるのは、私には少なからずストレスだ」


 すかさず、冷や水をぶっかけるようなミリーの言。


「うぉう……ああ、じゃあ練習はどっかおまえの目につかない所で……」

「おいおい。早合点するのは良くないぞ、君」

「?」

「私が効率良く、魔術を教えてやろうか……と言っているんだよ」


 意外な提案に、ゼレウスはその異形の眼をぱちくり。


「……何だい、その存外の極致と言いた気な顔は。大変に遺憾だね」

「いや……なんつぅかおまえ、誰かにものを教えるのを好む柄にゃあ見えなかったからよ」

「うん、まぁ、そうだね。誰かにものを教える時間があれば自分の研鑽にあてたい、と言うのは大いにある」


 絶対自分第一主義。

 見た目だけは小さくて可愛らしいエゴイスト。

 図太い神経で他者を見下す独裁者気質。


 ゼレウスが抱いていたミリーへの印象は、間違ってはいない。


 しかし、


「礼儀を知らない訳ではないと言っただろう? 最高貴族の出自とは言え、私はこれから居候をする身なんだ。家主である君のためになら、多少の手間と時間は割こうじゃあないか」

「……居候だって自覚はあったのか……!?」

「当たり前だろう?」


 きょとんとした顔で小首を傾げるミリー。


 ゼレウスから見て、とてもそうとは思えない横柄さとディスりぶりだったが。


「居候だと弁えて、相応に謹んで、今までの態度だったのか……」

「その通りだよ。最高貴族にしては文句が少ないと不思議だったろう? 納得できたかい?」

「ほんとすっげぇよおまえ」


 最高貴族かくありきと言わんばかりのディスり具合だったのに、よくもまぁそんな屈託の無い無垢の笑顔で。

 本気を出したミリーにディスられたら、大抵の者は精神をやられるかも知れない。


 もうゼレウスは……プククッ、と笑いをこらえられない。


 良い度胸と性格、【あいつ】とは別方向で面白い奴だと思っていたのだが。

 随分とぶっ飛んだ奴を居候させてしまったものだ。

 まるで、【あいつ】と同じような破天荒。

 なつかしい気分にさせてくれるじゃあないか。


 そんな懐古の笑いである。


「ああ、ああ。実に良い。是非お願いするぜ」

「うん、では、今から私の事は師匠と呼びたまえ、弟子」

「おう?」

「これから君は私の弟子だ。記念すべき初弟子だ。二言は聞かない。破門もしない。諦める事も許さない。私の弟子なのだからね」


 ……なんだか、急激に雲行きが怪しくなってきた。


「そして弟子とは師に奉仕するものだ。つまり……これ以降、私は君に対して一切の遠慮はしないで良い!」

「ッ! おまッ、さてはそれが目的か!?」

「当たり前だろう? 私は基本的に、自分の利益無しに他者を助けたりはしない!」


 いっそ清々しい。

 そして理不尽ではなく理詰めで仕掛けてくる辺り、本当に性格たちが悪い。


「……ハハッ。あー、まったく……魔術もおまえも、ほんと、何でもありだよな」

「ふふ。存分に褒め讃えたまえ、私の弟子よ」


 こうして、ミリーとゼレウスは師弟になった。


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