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02,邪神降臨


 一難を越えた喜びも束の間。

 ミリーの前に現れたのは、今どうにかこうにか倒したトロルと同種別個体。

 さながら天国と地獄の境目で反復横跳び。


 ミリーはもはや表情を取り替える余力もなく、笑顔のまま青ざめた。


 右足首の捻挫は酷い。

 よしんば立ち上がれても、走るどころか、ろくに歩けもしないだろう。


 また五連続で魔術を放つか?

 しかし、次は上手くいくかもわからない。

 と言うか、今の疲労した脳と乱れ切った精神状態では、失敗して自爆する可能性の方が高い。


 状況は最悪だ。

 普通なら、もう神に祈る以外に手立てはない。


 だが生憎。

 神だろうが何だろうが、ミリーは誰かを頼るつもりはない。

 使えるものは使う主義だが、他者の活躍ありきで算段はしない。


 ミリーは愚昧ではない。

 自分の趣味が、自分の生き方が敵を多く作る事は重々承知して生きてきた。

 そして敵が多い者に味方する者などまずいない事もわかっている。


 自分が助けを求めたとして。

 誰かが助けてくれるはずなどないし。

 助けてもらう必要も無いように力をつけてきた。


 それだのに、いざ窮地となれば形振り構わず掌を返して誰かに祈るのか。

 そんな厚顔無恥の極み……彼女自身が許さない。


 ミリーは性格と趣味こそ悪いが、己の矜持を踏みにじる事だけはしない。

 そもそも、己の矜持を踏みにじって捨てられるほど軟弱だったならば。

 あんな荒業で国外追放されるほど嫌われる前に、どこかしらで折れて迎合している。


 ――私は優れている。

 それを誇って何が悪い。

 見せびらかして何が悪い。

 悔しいのなら私より上に行ってみろ。

 できるものなら、だがね。


 そんなスタンスを徹底して貫いてきたからこそ、今こうなっているのだ。


 今更、変わるものか。

 今から変わってしまったら、あの下等どもに打ちのめされたみたいじゃあないか。


 だからミリーは祈らなかった。


 表情を動かす力すら惜しんで、思考を全力で回転させた。

 自力で生還する術を、ひたすら模索した。


 ……だが、探せば必ず見つかると言うものでもない。

 諦めずに探し続けていればいつかは見つかったかも知れないが、時間は有限だ。


「オォオオオウ!」


 トロルが咆哮し、その巨大な拳を振り上げた。


「チィッ……!」


 考える暇もないかッ!

 舌打ちと共に、ミリーは指先に白い魔力光を灯す。


 とにかく躱さなければならない。

 足が使えないならば、腕力を強化して跳ね退くしかないだろう。


 無様だろうが、ぐちゃぐちゃの肉片よりは見栄えが良いはずだ。


「マナは白! 望むは――」

「必要無ぇ」


 ミリーの詠唱を遮ったのは、腹の底に響く低い男性の声。

 直後、何かがトロルの頭の上に舞い降りた。


「……!?」


 黒い人影。妙に膨らんでいるのは、マントか何か羽織りものが風を孕んでいるのだろう。

 霧のせいでシルエットしか見えないが、周囲の木々やトロルの頭とのサイズ比からしてかなりの大柄だとわかる。


「――クラッシュ」


 再び男の声が響いた。


 そして、怪音が連続する。

 しめった木板が砕けるような音。何か弾性のあるものが引きちぎれるような音。風船が割れるような音。

 トロルの四肢の骨が砕ける音。トロルの四肢の筋肉がねじ切れる音。トロルの四肢の血管が変形圧力で破裂した音。


 まるでゼンマイを回すように、トロルの四肢が回転し、ぐちゃぐちゃに崩壊した!


「なッ……!?」

「ボアアアアアアアアアアアッ!?」


 トロル、悲鳴と共に泡を吐き、黄色い眼球をひっくり返して卒倒。

 まぁ、意識が残ったとしても両足がもげかけるまで回転したのだ、立っていられるはずもない。


 ズゥゥン……と極小規模な地震が、ミリーを揺らす。


「……見苦しくて悪ぃな。ガキに見せて良いやり方じゃあねぇってのは、承知しているんだが」


 倒れたトロルの頭を踏みつけながら、黒い影は申し訳なさそうに頭を掻いた。


「オレの術は、嬲る事に特化しているもんでよ。首だけ一刀両断とか心臓だけぶち抜くとか、そう言う潔い真似はできねぇんだ」

「……ッ……誰だ、君は……!」

「ん? ああ、これまた悪ぃな。そう警戒すんな。どうせ無駄だ。どんだけ警戒されようが、オレがその気ならおまえなんぞどうとでもできる」


 黒い影が、ミリーに近付いてくる。

 やがて、濃霧の中でもその姿を視認できるようになった。


「…………なッ……」


 予想通り、かなりの巨体。背丈はミリーの倍以上ある。

 そして、見すぼらしいフード付きの黒マントを羽織っていた。


 ミリーが驚いたのは、その男の肌だ。


 まるで、黒鉄。全身鎧かと思ったが、違う。

 深くかぶったフードの奥。

 眼窩に収まっている紫色の眼球と紅い瞳が、しっかりミリーを見下ろしている。

 あの眼は装飾ではなく本物だ。

 口元も、口角が上がり、白い牙が露出していた。

 竜の口を模した精巧な兜の装飾……ではない。

 それを証明するように、口が開き、肉厚の舌が振るわれる。


「おう、まぁ、驚くよな」


 声を発した。

 本物の口だ。


 つまり……黒鉄の全身鎧ではなく、黒鉄の皮膚。

 更にその皮膚には、赤黒い乾いた血文字のようなものがびっしりと書き込まれていた。

 魔文……に似ているが、違う。


「名乗るぜ、オレはゼレウス。邪神ゼレウスって言えば、通じるか?」

「邪神、ゼレウス……?」

「そうとも。やっぱ有名なんだな、オレ。良い噂じゃあねぇみてぇだが」


 ――まともな記録も残っていないほど昔、伝承の時代、神代。

 この地で大暴れしたと言う、怪物。


 確かに、言われてしまえば納得できる容姿の禍々しさだ。


「いつまで転がってんだ? ほれ」


 ゼレウスはほいと手を差し出してきた。

 当然、黒鉄の皮膚に包まれたゴツゴツした手。しかも、五指を覆う大爪は獰猛の権化めいた鋭さ。


「ん? ああ、足を怪我してんのか。そりゃあ失礼」

「え、ちょ、ほぅああ!?」


 ミリーが柄にもなく頓狂な声をあげてしまうのも無理は無い。

 何を思ったか、ゼレウスは突然、ミリーを結構雑めに抱きあげたのだ。


 一応、大雑把に捉えればお姫様だっこと言えなくもない。

 だが、雑過ぎて。

 スカートの中にその黒鉄の手が侵入し、下着までもまくり上げて、ミリーは生尻を鷲掴みにされてしまっている。

 鉄の堅さに人の体温を感じる不可思議な感触。


「ひあ、き、君!? ど、どこに手を突っ込んで……!?」

「おいおい、変な声あげんなよ。こんな状況で変態だ痴漢だ騒ぐ気か? 意外と余裕あんな」

「初対面の乙女の生尻を無許可で揉みしだく奴は変態か痴漢だろう!?」

「例え許可取ってても変態だと思うぜそれ」

「わかっているのならおろせーーッ!!」

「へいへい、そらすんませんでした、っと」


 存外にも素直。

 ゼレウスは一旦、ミリーを下ろすと、今度はちゃんとしたお姫様だっこで抱え上げた。


「うむ……まぁ、腕がゴツゴツしていて心地悪いし、不慣れな感じでバランスも悪いがひとまず及第――じゃあないだろう!?」

「テンションが忙しいな、おまえ」

「おかげさまでね!?」


 ミリー、軽いパニックである。


 このままでは殺される、と言う切迫した状況から一転。

 奇怪な容姿の者に助けられ「え、何この人型のバケモノ、邪神? っぽいわー……え、マジで?」と思考がこんがらがっている最中、突然、抱き上げられて生尻を揉まれて。


 一個一個が大きく動揺してしまう案件が連打で押し寄せてきた。

 さすがのミリーでも、パニックを起こすなと言う方が無理だ。


「そう言えばおまえ、名前は?」

「いや待て! まずは思考を整理させてくれないかな!? できれば紅茶も用意してくれ! ああ、いややっぱ良い! 紅茶なんてある訳ないのはわかっている! くそう、何からどう考えれば良いんだろうね私は!?」

「知らんがな。あ、でも紅茶ならあるぜ?」

「へ? あるの?」

「おう。んじゃあ、まぁ、ひとまず茶だな。一緒に紅茶としゃれこもうぜ」

「え、ぁ、ん? お、おお、そう、なるのか? あれ? それで良いのかな、これ?」


 未だ混乱の渦中で頭上に大量の「?」が浮かぶミリー。

 そんなミリーを軽々抱えて、ゼレウスは深い霧の森を進んでいく。


 ……何は、ともあれ。

 こうしてミリーは、窮地を脱する事に成功する。


 祈らぬ少女を救ったのは、神ではなく邪神だった。


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― 新着の感想 ―
[一言] インパクトがすげえW タイトルから引かれまましましたが・・・。 そして乙女の生尻を掴むか此の邪神というインパクトに全てが吹っ飛んだ。
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