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17,着眼点がさすが師匠


 手に取った紙束を興味深げに読み耽るミリー。

 その様子を眺めて、ゼレウスはフフッと静かに笑った。


 紅茶を嗜んでいる時も、風呂に浸かっている時も。

 何かに夢中になっているミリーは、歳相応の小娘に見えて微笑ましい。


(さて……オレは、ちょいと手持無沙汰だな)


 このままミリーを眺め続ける、と言うのも悪くはないが……少々変態趣味くさいなと自重したい。


(オレも、何か読んでみっかな)


 読書はハッキリ言って専門外だが、字が読めない訳ではない。

 それに、今のゼレウスは一応、魔術師の弟子だ。

 昔は「便利なもん創ったな、おまえ。なぁなぁ。オレもパパッと使えるようになんねぇ?」と軽薄に訊いては「殺すぞ黒カビ野郎」と罵られたものだが……。


 魔術の習得は地道な努力の積み重ね。

 どれだけ少量ずつだとしても、積み重ねた分だけ、確実に身につくもの。


 もう軽薄な事は言うまい。

 これも努力になるだろう、と言う事で。


 手近に転がっていたアリンクリーの匂いが染み着いた本を一冊、拾い上げる。


 さぁ、お勉強の時間だ。



   ◆



「起きたまえ」

「んごぅ?」


 いつの間にやら、寝落ちしていたらしい。

 ゼレウスが顔に被さった本を退けると、ミリーが呆れ顔で見下ろしていた。


「昼間からそう熟睡していると、夜の眠りが浅くなってしまうよ?」

「ぉう……んん……あー……真面目に勉強するつもりだったんだが……寝ちまっていたのか……」


 我ながら情けねぇぜ……とゼレウスは珍しく反省の色を見せる。


「妙な事を言うね? 確かに情けない話ではあるが、勉学の最中にそのまま寝てしまうのは真面目にやっていた証拠だろう?」

「はぁ……? おまえこそ何言って……」

「不真面目な輩は、苦痛からすぐに逃げるよ」


 勉強嫌いで真面目に勉強する意思も無いのなら、ものの数分ともたずに勉強をやめて別の事を始めるものだ。


「そこを捻じ曲げて勉学に食いつき続けたからこそ、脳が本格的に拒否反応を起こして本人の意思とは無関係に意識が落ちた。もっと頑張りたまえよまったく……とは思うが、君が真面目に取り組もうとしていた意思は明らかだ。そこは否定されるべきではないよ」


 意識は問題無いようだから、当面の課題はその意識を強く保ち本能に打ち勝つ事だね。

 そう言って、ミリーは手に持っていた紙束でゼレウスの頭をポンポンと叩いた。


「……おまえは本当に、頭が良いんだな」

「そんな当たり前の事はさておき、一旦、引き上げよう。昼食時だ」


 私は腹を鳴らすつもりは無いぞ、とミリーはゼレウスを少し急かす。


「そうすっか……で、おまえの方は何か収穫があったか? それとか、ヤケに興味深げに見ていただろ?」

「……ああ、これね」


 ゼレウスが指差したのは、ミリーが持っている紙束。

 先ほど、デスクから回収して熱心に読み耽っていたものだろう。


「なんかすげぇ事でも書かれてんのか?」

「……そうだね。まぁ、すごいなんてものではないね。もしこれが実現可能なら(・・・・・・)、まさしく世界的魔術勲アリンクリー賞ものだよ」

「え、なに。チンチクリンの名前って何かの賞にもなってんの?」

「科学分野におけるヌーベル賞のようなものだね」

「ごめん、そっちも知らん」

「やれやれ……まぁ、仕方の無い事か」


 この邪神霊園で隔離された暮らしをしていた邪神様だ。

 世間の知識が足りていないのは当然の事。


「アリンクリー賞はね、魔術分野において卓越した素晴らしい技量を持つ魔術師や、歴史に残るような研究成果を発表した魔術研究家に贈られる世界的に栄誉ある賞さ」

「ふぅーん……」


 ぴんとは来ていないが、とにかくすごい賞なのは理解したゼレウス。

 しかし、それだと少し奇妙な事が。


「そんなすげぇモンを見つけたのに、テンション低いな、おまえ」

「まぁ、ね」


 ミリーは紙束をもたげてぞんざいにバサバサと揺らす。


「ここに記されている【陣設魔術】とは、単純に言ってしまえば魔術の合成強化……と言った所かな。複数の魔文を組み合わせて、相互作用を引き起こし、別の術式へと昇華させるって感じだね」

「サッパリ意味がわからん」

「極端な例えをするなら、『身体強化の魔術』と『炎系の魔術』を組み合わせて『肉体を炎に変換する魔術』を組み上げる……とか、そう言う次元の魔術方式に関する研究考察論文だよ、これは。炎の体――プラズマの肉体なんて、さぞ便利な事だろうね。物理的な暗殺はすべて無効だ。実現させれば(・・・・・・)、きっと貴族王族連中が必死になって擦り寄ってくるぞ」

「……………………」


 ゼレウスは顎に手をやって少し考え、


「それって……できるもんなのか?」

「だから、強調しているだろう? 実現できるのなら、と」


 ミリーは呆れたように溜息を吐くと、忌々し気に紙束を手の甲で叩いた。


「机上の空論も良い所だよ。これを可能にするには、異なる色の魔力マナで描く魔文を連結させて記す必要がある。それも、一つや二つではない。数十の魔文を、ね」


 魔文は記して数秒で消え失せる。

 数秒以内に魔文を完成させ、術を放つ。

 故に、魔術の基礎訓練には魔文の速記項目がある。


「二つ三つの魔文をくっつける、とかじゃあダメなのか?」

「それは無理だね。この理論はわかりやすく例えるとモザイクアートに近い。無数の絵画を組み合わせて、新たに別の絵画を完成させると言うものだ。二つ三つの絵画を並べても、モザイクアートにはならないだろう? 先の炎の体の話は、あくまでも極端な例えをしただけさ」


 厳密に言えば、数十の身体強化魔術と数十の炎系魔術を複雑に組み合わせて、肉体を炎に変換する魔術を組み上げる……と言う感じだ。


 肉体変化の魔術→火鎧の魔術→腕部の強化魔術→火爪撃の魔術→火剣の魔術→胴体の強化魔術→火球(大き目)の魔術→火盾の魔術→脚部の強化魔術→火柱の魔術→火槍の魔術→頭部の強化魔術→火竜砲の魔術→火牙撃の魔術……と言った具合に組み合わせていく事になる。


「つまり、無数の魔文を組み合わせて、新しい魔文を創る……って事なのか」

「その通り――灯す魔力マナを幾度と切り替えながら、厳密な順番を守って数十の魔文を組み合わせる……それを最初に描いた魔文が消え去るまでの数秒間で? はッ」


 失笑ものだ、とミリーは鼻で笑う。


「『右足が水面に着く前に左足を上げ、その左足が水面に着く前に右足を上げるを繰り返せば水の上を走れます』と同レベルの話だよ。これは」

「? オレ、その理屈で水の上を走れるぞ?」

「……………………」


 そりゃあ君ならね? とミリーは思ったが、ふと考える。


「……人間には不可能でも、邪神ならば実現可能……ふむ。つまり、使用者の基本スペック次第では実現できる事もある……であれば、使用者のスペックを引き上げてから臨めばあるいは……? 人体をそこまで強化できるのか? 思考スピード、神経伝達スピードは? ただ速く動かせるだけでは意味が無い。神速で精巧な魔文筆記……人体をどうこうするだけでは限界があるな……もっと多角的に考えてみたらどうだ………………そうか! そうだ! そもそもの問題点は、『魔文が数秒で消えてしまう事』……! では、まずそこを崩す術を見つけるのはどうだろうか!?」

「いや、どうだろうかとか言われても……」


 いきなり魔術の専門的な話を振られても、ゼレウスにわかる訳が無い。


「オレにゃあおまえが何をブツブツ言ってんのかサッパリだぜ……」

「だろうね! とりあえず君は『着眼点がさすが師匠』と言いたまえ!」

「着眼点がさすが師匠」

「だろうね! なにせ私はミリー・ポッパーだからね!」


 自慢げにしている師匠こいつって本当に可愛いな、と思うゼレウスであった。


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