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15,師弟で散策


 神々とその眷属が行使する奇跡の塊【神術】。


 森霊エルフ精霊ニンフなどいわゆる霊物が使う【霊術】。


 神々が極一部の人間を選び行使させた【巫術ふじゅつ】。


 神々に選ばれなかった人間たちが秘密裏に神術を劣化模倣した【秘術】。


 そして呪いの念を利用して悪趣味な奇跡を引き起こす【呪術】。


 神代の中頃まで、この世にあった術式形態はこの五つだけだった。

 神代の後期に現れたアリンクリー・クローリーと言う天才が、そこに魔術と言う形態を付け足したのだ。


 神術の模倣や呪術の類でもなく。

 体内をめぐる未活用のエネルギーを発見し、それを【魔力】と定義。活用する術を作り出した。


 現代文明は魔術の発展によって育まれたものも多くある。

 魔術の確立はまさしく大偉業だが……かのアリンクリー自身は、この功績を盲目に誇りはしなかったと言う。


 誰しもが、訓練さえすればその質と量に応じて強大な力を得られると言う性質。

 神が施す奇跡の力と違って、使う者の精神性を選ばない。

 それはつまり、使う者が道を踏み外せば、魔の道へ直行してしまう危うさを孕む。

 その事実に目を瞑りはしなかった。


 故に彼女は、この術式形態を魔術と名付けたのだ。

 その名こそが戒めとして。


「ふぅん、道理で。便利なもんだのに魔だなんて名前を冠していた訳だ」


 大きな弟子を前に、小さな師匠がちょこちょこと付いていく。

 そんなスタイルで森を進むミリーとゼレウス。


 道中の時間を利用して、ミリーはゼレウスにアリンクリーの偉業について軽く説明していた。


「かなり有名な話なんだがね」


 まっとうな機関で魔術を習う者ならばまず最初に教わる。

 まぁ、創生者が掲げた戒めなのだから、普及にあたって最重視されるのは当然だろう。


 魔術を知っているのなら当然この話も知っている。そう言う次元の事柄だ。

 故に、ミリーはゼレウスに魔術を指導するにあたってそこから教えると言う発想が無かった。


「と言うか君、アリンクリー女史とは親しい訳ではなかったのかい?」


 チンチクリンと言う気安いにもほどがあるあだ名で呼び、いかにも旧知風の口ぶりだったのに。

 彼女が生み出した魔術は知っていても、彼女が最も広めたかっただろう事は知らないとは。


「チンチクリンとはー……まぁ、親友の友達、だなぁ。オレは仲良くしたかったんだけどよ……向こうはオレの事を毛嫌いしていて、大してお近づきになる機会も無いまんま御葬式オサラバだ。遺言で参列拒否されたから実際はオサラバもしてねぇけど」

「ふぅん……まぁ、邪神ともなればね。仕方の無い部分もあるだろうさ」


 邪神……邪の神か、はたまた神クラスの邪か。

 神術は使えないそうだし、後者だろう。


 まぁ捉え方がどちらであるにしろ、イメージは最悪だ。

 しかも、ナンセンスの代名詞たる呪術を全身に刻んでいると来た。

 実際はこんなに人懐っこい気さくな奴だとしても……命を救われた後で最高級の紅茶を御馳走されでもしない限り、仲良くしたいとは思うまい。


「いや、邪神っつぅ所はあんまり気にしてなかったよ」


 ミリーが納得しかかっていた所に、ゼレウスの口から意外な訂正。


「チンチクリンがオレを嫌っていたのは別の理由だ」

「別の?」

「あのチンチクリンはさっきも言った通り、オレの親友の友達だったんだが……その親友がオレにばっか構うのが気に入らなかったみてぇだ。しかも周りの連中がヤキモチだ何だと揶揄うもんだから、『貴様のせいで私は恥じ塗れよ!!』つって疎まれちまってよぉ……」

「ヤキモチ……嫉妬か……話には聞くけれど、よくわからない感情だね」

「だよなぁ」


 ミリーは他者にさほど興味が無い。そもそも自分より優れた相手に対しては敬意と共に「いずれ追い抜こう」くらいの感想しか抱かない。


 ゼレウスも性分的に、羨む事はあっても妬むほどの欲は抱かない。


 数少ない友人をポッと出の邪神に掠め取られたアリンクリーの気持ちを汲み取れる者は、残念ながらこの場にはいない。


「それにしても、親友か。邪神と親友になると言う事は、さぞかし肝の据わった御仁なのだろうね」

「ああ、【あいつ】は見境が無かったからな」


 クハハハ、と愉快に笑いながら、楽しい思い出を振り返るようにゼレウスが語る。


「例え相手が【世界を滅ぼすために造られた終局的怪物兵器】だとしても、その相手が抵抗する気力を失くすまで聖なる拳でボコり倒してから紅茶に誘うような奴だ。目を付けられたらもう友達か親友になる以外に道が無い」

「……君の交友関係は、聞いているだけで頭痛がするほどに愉快だね……」


 件の【あいつ】とやらも、もしかしたら神代に名だたる偉人か、下手をすれば神の類か。

 もう、詳しく掘り下げる気にもなれない。


 ゼレウスの態度が気さく過ぎて何だか忘れかけていたが……そう言えば彼も正真正銘、神代産の存在だ。神は神でも邪神だが。

 人間の常識など呼吸程度の感覚で飛び越えていくのが自然か。


「お、見えてきたぞ」


 ゼレウスの言う通り、道の先(道と呼べるものはないが)、鬱蒼とした森の闇の中に大きなシルエットが見えた。

 目を凝らしてみれば、それは紛れもなく御立派な屋敷である。

 木々や蔦系の植物にわかりやすく自然の浸食に晒されているが、崩壊は見られない。


 アリンクリーの書斎……神代後期から人の世が始まるまでの間には建てられていたはず……つまり、数千年前の建造物なのだが……。

 原型をとどめているとか、そういう程度の話ではない。

 遠目でもわかる。少し整備すれば、今でも充分に施設として活用できそうだ。


 もう少し近寄らないと断定はできないが……まぁ十中八九、ゼレウス小屋と同じく不朽建材ウグドラ製なのだろう。名通りの面目躍如だ。

 あの様子なら、アリンクリーの著書の原典もとても良い状態で保存されている事だろう。


「ふむ。よしよし。喜ばしいね」


 ついに、かのアリンクリーの偉業が生まれた場所に立ち入れると言う喜び……も、まぁ、あるにはあるが。

 ミリーが今、一番喜んでいるのはそこではない。


「ここに来るまで魔獣に遭遇しなかったのは僥倖だよ」


 そう。ここまでの道中、魔獣の類と遭遇しなかったのである。

 ゼレウスなら余裕で退けられるとしても、魔獣との遭遇は気分の良いものではない。

 これを僥倖と喜ぶのは当然だろう。


「これも私の日頃の行いが良――」

「二ャアアアアアアアス!!」


 途端。

 ミリーたちと屋敷の間に滑り込むように、横合いから巨大な影が飛び出してきた。

 森闇を切り裂く白亜毛並みの巨大猫――魔獣・ギャズバリーグ。

 成人をぺろりとひと呑みにできる口には物騒な牙の羅列。


 ちなみに、ギャズバリーグの危険度は単体でトロルと同格。

 群れを成せば当然、数に応じて危険度が増していく。


「ニャッゴルァァァァ!!」

「ミャンニャニョンヤアアアアア!!」

「フニャアアアオオオオオオァァアアアッ!!」


 最初の一匹に続いて三匹追加。

 合計でギャズバリーグ四匹の群れである。


「クハハハ! これがおまえの日頃の行いの成果かぁ」

「……審議が必要だね」


 五分程度の移動も平穏には終えられない。

 特逸級危険区域、邪神霊園の面目躍如である。



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