14,ティータイムを飾ろう
ミリーとゼレウスが師弟になって、七日ほどが過ぎた朝。
「知性が足りない」
「いきなりとんでもねぇディスりだなおい」
ゼレウスが魔術の修行、魔文の暗記に努めていると。
対面して座っていたミリーが、紅茶を片手にとんでもない事を言い出した。
「いや、勘違いは良くないぞ。君に対して言った訳じゃあない。それと君に足りないのは知性じゃあなくて品性だ」
「クハハ、それなら納得だわな。……ん? じゃあ今のは何に対してのディスりだよ?」
「ん」
ミリーは何を思ったか、両手をパンと合わせてパカパカと開いたり閉じたり。
「……? 何の儀式だ?」
「わからないのかい? 書だよ。本だよ。優雅なティータイムを知的に彩るマストアイテムだよ」
「本……あー、本ね。本。そりゃあおまえ、んなもんある訳ねぇだろ」
オレが読書を嗜むようなお利口さんに見えるかよ? と、ゼレウスが自嘲気味に笑う。
「それとティーフーズもだ。ケーキスタンドは君が大まかな形を作って私が整形すれば良いが、肝心の中身が難しい……ここで調達できる物資でケーキやスコーンやサンドイッチやクッキーを用意できるとは到底思えない!」
ここには目玉が飛び出そうな値段で取引される希少品は有り余っているが、帳尻を合わせるようにありふれた物品が圧倒的に不足している。
ありふれた原材料から生まれるスコーンやサンドイッチやクッキーの作成は絶望的だ。
「本とティーフーズ! 紅茶を含めたティータイムを飾る三大スターの内、二名が欠席しているんだ! 由々しき事態だよこれは! この重大さがわかるかい!?」
「重大さはわからねぇけど、おまえがすごく必死だって事だけはわかる」
「それが理解できるのならまぁ及第点だよ!」
ミリーはバシバシとテーブルを叩いて主張する。
「……ん? いや、でもおかしくねぇか?」
「何がだい?」
「ティータイムって、茶を片手に誰かと談笑するもんってイメージあるんだが、読書してたら……あっ」
「あっ、って何だね。何かいけない事を察したみたいな反応をしないでくれるかい? そもそも、君は茶休憩と歓談茶会を混同しているよ」
ひとりでゆったりと紅茶を嗜んで心身を癒し、気品を養うのがティータイム。
皆で軽やかに歓談しつつ紅茶を楽しむのがティーパーティだ。
「ちなみになんだが、おまえ、後者の経験はあんのか?」
「必要からして無い」
「……オレと、お話するか?」
「失礼極まりない優しさはやめたまえ」
大体、私は孤高である事に劣等感を覚えた事は無いよ、とミリーは若干ぷんすか。
「あー……で、とりあえず、あれか? 本なら何でも良いのか?」
「良い訳あるか。児童向け童話や低俗野蛮な漫画を片手に茶を嗜んで、優雅かつ知的に見えるかい?」
自らの気品をアピールするように、ミリーは自慢の銀髪をふぁさっとかきあげてドヤ顔。
「童話の方なら似合ってんぞ」
「ちっとも嬉しくないね!」
ゼレウスから見ればガキんちょが背伸びしたがっている微笑ましい風景にしか見えない。
「いいかい? 私が求めているのは学術書の類だ。高名な研究者の著書で、更に魔術にまつわるならなお良いね」
「ん? ああ、じゃあ丁度いいわ」
「……なんだって?」
「ティーフーズの方は後で考えるとして、本の方ならどうにかしてやんよ」
「……はぁ?」
こんな書店どころかミリーとゼレウス以外に知的生命体がいないだろう森の中で、本をどうするって?
「神代の頃にこの森で暮らしてたチンチクリンがいんだよ。そいつの書斎が残っててな。あいつが書いた本がどっさりあるぜ。おあつらえ向きに、魔術の研究記録を本にした奴だ」
「……チンチクリン?」
「ああ、名前、なんつったか。ずっとチンチクリンって呼んでたから思い出せねー……」
ゼレウスは必死に記憶をたどるように首をぐりんぐりんと捻る。
「魔術を創ったすげぇー奴なんだけどなー……」
「待て……魔術を創っただって? まさか…………アリンクリー・クローリー……?」
「あ、それそれ!」
ミリーが口にした名前にピンときたらしい。ゼレウスは手で槌を打って頷いた。
「やっぱあのチンチクリン、有名人か。それもそうだよな。魔術の創始者だし」
「ゆ、有名人どころか、世界十二偉人の一人だぞ……?」
アリンクリー・クローリー……魔力で魔文を刻み言霊の詠唱と組み合わせる、魔術と言う術式形態そのものを確立した女傑だ。
「彼女の著書は写本ですら一国の運営予算に匹敵する額で取り引きされる。究極の魔導書だ……え、なに? それの原本が?」
「おう。山ほどあるぜ」
眩暈を覚え、ミリーは少し頭を押さえる。
「アリンクリーの魔導書の原本が山ほどある、それも、アリンクリーの書斎だって……? その所在は、世界七七大ミステリーのひとつだぞ……?」
「そんな大それたもんなのか? こっから徒歩五分で着くぞ?」
「……この森はどこまでも……!」
人の価値観を狂わせる……!
「なに? おまえ、もしかしてあのチンチクリンのファンなの?」
「いや、全然微塵たりともまったく」
「すごい否定だなおい」
その功績、偉業は讃える。尊敬しよう。
私にはまだ無理な領域だ、と、素直に見上げよう。
今となっては求め難い、自分より上を行く者たちに躊躇い無く拍手を贈ろう。
だが、敬意はあっても、別に好意は無い。
それがミリーの偉人に対するスタンスだ。
だから、アリンクリーの研究については大いに興味がある。
しかして、彼女のファンかと言われれば、全否定も止む無しだ。
まぁ、それでもかなり前向きな感情の対象である事には変わりない。
「アリンクリーの書斎か……直に見てみたい……!」
魔術の祖。原点にして不朽の伝説と化している頂点。
かの女史の魔術理論、そしてそれが育まれた場所に、ミリーは学術的興味が尽きない。
「ん? じゃあ、行くか?」
「良いのかい!?」
「ん。別に。もうあのチンチクリンはとっくの昔に死んでて空き家だし、誰の許可もいらねぇだろ」
「それもそうか! 神代の人間だものね……! なんて好都合なんだろう! ぜひ行こう、今すぐ行こう! ポットの中身を飲み干したらすぐさま行こう!」