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10,独りで生きるもん


「ふむ。センボウサクラの湯が効いたかな」


 ミリーは自らの足を眺めて、感心の言葉を零した。

 彼女は今、自らが整形したモダンながらも立派な木椅子に腰かけて、右の爪先をぴこぴこと上下させている。


 昨日まで、ミリーは右足首を負傷していた。

 もしかしたら骨か筋に損傷があるかも知れない。

 そう思えるほどに派手な捻挫だったのだが……。


 ひと晩でご覧の通り。

 何の痛みも無く、動かせるようになった。


「よしよし。健康健全であると言うのは素晴らしいね」


 いちいち杖を突いて歩くのも面倒だった。せいせいする。

 ミリーは歳相応に元気な笑顔をみせる。


「……にしても、あの邪神は一体、いつまで風呂に浸かっているのやら」


 もうかれこれミリーが起床してから一時間は過ぎたが……。

 ゼレウスはまだ、小屋の外。風呂に浸かっているらしい。


(妙に体臭を気にしているようだったが……雑の極みらしくもない)


 邪神は代謝も特殊なのか、多少の加齢臭はするもののそこまでキツい体臭と言った印象は無かったのだが……。

 まぁ、多少だとしても体臭のケアに気を払う事は良い事である。


「さて……朝食にしたい所だが……」


 空腹、と言うほどではないが。

 また腹の音を鳴らすのはプライド的に許されない。

 事前に対処していこう。


 しかし、小屋の中を見渡しても紅茶ニーラカーナの茶葉以外に可食物は見当たらない。


 新たに調達する必要がある。


(昨晩は肉だけでのディナーだったからね)


 美味な晩餐だったが、バランスは崩壊していた。

 朝食は帳尻を合わせるためにも、菜食か果肉系を摂りたい所。


「ここまでのパターンで考えると……」


 ミリーが脳内でリストアップしたのは「栽培が難しく、危険区域でのみ採取可能な野菜・果実」。

 当然、その性質上どれもこれも高級食材である。


「一番希望は、エメラルドカイランあたりか」


 カイランはアブラナ科の野草であり、まぁ、わかりやすく言うとキャベツの仲間だ。

 仲間と言っても原種が同じと言うだけで、本来カイランの葉は巻かない。

 しかし高級食材・エメラルドカイランは少々特殊。


 外葉で巨大なドームを形成し、内部で芽を育てる。

 その外葉ドームの形質はさながら巨大なエメラルド。

 美しさの裏腹、外葉ドームの役目は防虫・防獣であり、強い毒性と高い防御力を誇る。

 昔の部族なんかはこれを盾に加工して戦争していたなんて記録も残っているほどだ。


 そしてカイランもキャベツと同様、多くの栄養素と食物繊維を含有する。

 適度な摂取により血液浄化、腸内整理、肌髪の表面保護、新陳代謝の促進、それらの結果として睡眠の質の向上なども期待できる。

 更にエメラルドカイランは植物性たんぱく質も多い。

 ぶっちゃけもう「これと水さえあれば健康に暮らせる」レベルの食材だ。

 森林型危険区域が主な生息域。

 この邪神霊園は当然該当。


「……問題は……」


 ミリーは立ち上がり、小屋の外へ。

 小屋の周囲は広々とした草原。

 不思議な事に邪神霊園を覆う濃霧がピンポイントで晴れ、跋扈する魔獣どもも近寄らない。

 まるで何かしらの聖域――まぁ、邪神の御所だ。立派な建物が無いだけで神殿領域と呼べなくもない。


 小屋の横合いには茶葉干し用の木板が敷かれているが……、


「うん。さすがに当然、そこらに転がっているはずも無いね」


 それだけだ。他には何も無い。


 草原を形成しているのは、根付く場所を選ばない名も無き雑草群。

 食べれなくはないだろうが、こんなものを毟って食べるなんてみっともない様を晒すくらいなら健康など要らない。


 こんな状態で、お目当ての逸品(エメラルドカイラン)が都合良く在るはずも無し。


「……………………」


 ミリーが見据えるのは、草原の切れ目。

 邪神霊園の真髄、深い森闇へと繋がる木々と枝葉のトンネル。


 エメラルドカイランの採取を目指すのであれば、探索は不可避。邪神霊園の森闇の中を掻き分けていく必要がある。


 魔術には気配を遮断し、危険生物から身を隠す術もあるが……。

 あくまで、気配を遮断するだけ。ばったり遭遇して目視されればアウトだ。


 ここは、ゼレウスに任せるのが最適だろう。


 ――しかし、それでは不安が残る。


 ゼレウスが何を採ってくるかわからない……と言う話ではない。

 むしろ、昨日のセンボウサクラを採ってきた件から、彼のチョイスセンスは相応に信頼する事にしている。

 エメラルドカイランをオーダーすれば、それが無くとも近しい条件のものをきちんと探してきてくれるだろう。


 ミリーが言う不安は「もしもゼレウスが何らかの理由で食糧調達を遂行できなくなった場合」。


 トロルを瞬殺できる強者に限って魔獣に敗北する事は無いだろうが……世の中、何が起きるものかはわからない。

 世界的な勇士だってうっかり転んであっさり死ぬ事がある。


 つまり、彼がそんな事態に見舞われた時。

 自分はどうやってここで生きていけば良いのか……と言う問題に関する不安だ。


 ――生存の絶対条件に他者を組み込むのは愚策の極みだ。


 ミリーは使えるものは使う。

 執事やメイドなど、使い慣れたものだ。

 だがしかし、それらに過度な期待をする事は無い。

 永久の奉仕や絶対の忠誠など、求めた事は無い。


 仮に従者が職務遂行不能の状態になった場合に備え。

 自力でどうにかする術は常に用意していた。

 そのための魔術でもある。


 ゼレウスに対しても、その点は同様。

 彼は信頼するに足ると判断しているが、過信するつもりは毛頭無い。


 ゼレウスに任せられるものは任せていく。

 それとは別の課題として、ゼレウスに任せた作業を自分でも行える状態にしておきたい。


 だが、そもそもの問題として。

 魔獣の巣窟に踏み込めるだけの術を、ミリーは持ち合わせていない。


「……そうだ」


 何故か、この草原には魔獣が近寄らない。

 そのメカニズムを解析して、携帯できる魔獣除けの道具を作れないものか。


 足元に生えているのは先に確認した通りありふれた雑草。

 森の中でも生えている。つまりこれは除外。


 しゃがみこんで土をほじくり、質を確認する。

 こちらも特別した何かは観測できない。


 生息する植物や土壌の性質は関係無さそうだが……だとすれば?


邪神ゼレウスの気配を避けている……いや、それだとトロルが彼の接近を許した事が説明できない」


 ゼレウスが頭の上に乗るまで、あのトロルは気付いた風も無かった。

 トロルが鈍感なのだとすれば、今度は何故トロルはこの領域に侵入してこないのかが説明できない。


 つまり、ゼレウスそのものが魔獣除けとして機能している説は無い。


「ふむ……こう言う場合は、詳しい者に訊くのが効率的だね」



   ◆



「ああ、そりゃあ【聖域化の神術】のおかげだよ」


 フローラルな香りの湯に肩まで浸かりながら、ゼレウスはあっさりと言った。


「……神術?」

「そ。神術」


 神術とは、神代の頃に神々が用いていたとされる術式形態だ。

 ものの概念もろとも歪めてしまうようなまさしく神の奇跡。

 基本的に神か、その従者である天使しか使えなかったとされている。


 ちなみに、法師や巫女など神々に選ばれた極一部の人間が与えられる劣化神術は【巫術ふじゅつ】。

 選ばれてもいない奴らが勝手に神術を模倣しようとして生まれた出来損ないが【秘術】と呼ばれていたそうだ。


 まぁ、どれも神代の終わりに神々がいなくなった事でロストテクノロジーの化したものだが。


「君、神術が使えるのに呪術なんかに頼っているのかい……?」

「はぁ? いやいや、オレなんかが神術なんて使える訳ねぇじゃん。神様じゃああるまいし」

「いや、邪神だろ、君」

「邪神が使えるのは呪術だけだよ」

「では、件の神術はどうやって?」

「魔獣どもに日干し中の茶葉を蹴っ飛ばされちゃあたまんねぇからな。昔、その辺の神様に頼んで、結界を張ってもらったんだよ」

「その辺の神様て」


 現代ではそうそう聞く機会の無いワードである。


 要するに。

 神術によりこの辺り一帯を「魔獣が近寄らない草原」と言う概念を持つ聖域に改造してもらった、と。


「むぅ……神術か……」


 まず、人間の手に負える代物ではない。

 神代には秘術と呼ばれる「人間が神術を解析し、人間でも使えるようにデチューンした模倣術式形態」もあったそうだが……伝承を紐解く限り、神代の人間と現代の人間では細胞の造りが違うレベルで能力に差がある。


 優秀ではあるものの現代人であるミリーでは、解析すら満足にできないだろう。

 携帯できる魔獣除けを作るのは無理そうだ。


「となると……さて、どうやって森を探索するか……」

「なに? おまえ、森に入りたいの? 散歩でもしたいのか?」

「私に自殺趣味があるように見えるのかい? 食糧調達のためだよ」

「? 食糧ならオレがいくらでも採ってきてやるぜ? 誰かの世話は嫌いじゃあねぇ」

「君の善意は承知しているよ。ただ、君に頼りっぱなしと言うのもね」

「遠慮か? らしくねぇ。別に頼りっぱなしで良いじゃん」

「遠慮ではないよ。そして、良くない」


 やれやれ、とミリーは溜息を吐きながら首を振る。


「自分独りでも生きていける術を確保しておく。これは生きる上で最も重要な事柄だよ」

「……おまえさ、そう言う生き方、疲れない?」

「事が起きてから何もできずに死ぬよりはマシだね」

「……………………」


 ゼレウスは何を思ったか、ザパァ、と勢いよく湯から上がった。


「オレにゃあ、できる事よりできねぇ事の方が多い。魔術もそうだし、目の前で泣いてるガキを慰めてやる事も満足にできやしねぇ」


 ん? いきなり何の話だい? と小首を傾げるミリーに構わず、ゼレウスは続ける。


「だが、オレは邪神だぜ?」


 紅い瞳を細め、口角をぐしゃりと歪めて。

 禍々しい邪神が、にっこりと笑ってみせた。


「頑丈さと腕っぷし、それだけは確かなもんだ」


 証明するように、ゼレウスは黒鉄の胸板を自分の拳でドンと叩く。


「それだけで解決できるもんなら、どこまでも頼れよ、師匠。おまえの弟子は、最強の邪神だ」


 弟子は師匠を見捨てたりはしない。

 そして、最強の邪神は誰にも負けない。何が起きても壊れない。


 だから、安心して頼れ。


 ゼレウスが暗に言わんとしている事を、ミリーは察した。

 彼の誠意とそれが滲む強い言葉に、思わず「ほう……」と声を漏らしてしまう程度には不思議な感情も抱いた。


 しかし……、


「君、自信はあっても、確実な保証が無いだろう?」

「……おまえ、この良い感じの空気でそんな事を言えちゃう?」

「ロマンチストの趣味は無いからね」

「ったく、こいつは……じゃあこうしよう」


 ゼレウスは気合を表すように大爪に包まれた指をボキボキと鳴らす。


「今はそれで良い。好きなだけ独力で生きる方法を探しやがれ。だけどよ、ちゃんと見とけ。オレがどれだけ頼りにできるか。おまえに見せ続けてやる」


 ――いつか必ず「余計な事をごちゃごちゃ考えずに頼れる奴だ」と認識させてやる。「誰かに寄りかかって生きても良いんだ」ってわからせてやる。


(……例え呪いは解けなくても、それくらいならオレにだってできるはずだ)


「手始めに朝飯だこのやろー! ちょっと待ってろ! 大物を仕留めてくっからよぉー!!」

「待て、弟子。張り切っている所になんだが、朝食は野菜が食べたい」

「あ、おう……」


 不思議な師弟の生活、二日目の本格スタートである。



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