静寂の黒の中で
メーシェが言っていた十二の刻。
白装束の男たちは鐘の音と共に一斉に立ち上がり、呪文のようなものを唱え始めた。
「エア マ テラワ ア イノ トモ ナレ ラウォーイィ マァク!」
地を揺らすほどの迫力。
ミヘザは『シャタワリ』が現れた瞬間を狙って一撃喰らわせるつもりだ。
「………。」
『緊張していますか?』
「メーシェ様こそ…。」
『私はとうの昔に覚悟を決めていますからねー。』
妖魔のごとき白い雲が世界を覆い尽くし、怒れる龍のごとき黒い稲妻が空を荒らす。
次々に男たちが倒れてゆく。
しかし儀式は終わらない。
何度も何度も叫ぶ。
そしてついに───
「イータェ!イータェ!」
男たちの歓喜の声。
儀式が完了したのだ。
ミヘザは天を見上げ、絶句した。
恐ろしいからではない。
この世の感情で説明がつくようなものでもない。
ただ、純粋な絶句。
当てはまる言葉のない光景。
「あれが……邪神…シャタワリ……。」
全身から放たれる破壊的なエネルギー。
見るだけで全身から士気が奪われていく。
運命がどう働こうが絶対に勝てないと直感で理解し、
言葉を発することができなくなる。
そしてシャタワリが頭を下げたので同じように視線を下げると、男たちは全員死んでいた。
「───ッ!」
何をしたのか全く分からなかった。
『あなたは女神なのでそこまで影響を受けずに済みましたが…やはり人間は全滅でしたか…。』
「メーシェ様…。それはつまり…?」
『セイロフ界に住む人間は全て死んだ、ということです。』
「なん……!?」
何と、そんなバカな…。
シャタワリは儀式によって現れたばかりだ。
まだ何もしていない。
『シャタワリは守るべき正義も何もない、ただひたすら絶対的な悪の権化として君臨する女神…。
ですから彼女を抑圧するものは存在しないのです。ミヘザ、もはやセイロフ界はただの戦場です。
そこに住む人間が全滅した以上存在価値もありません。』
「…全力で戦え、ということですね。」
『もちろん。』
許されざる邪悪。
存在してはならない外道。
ミヘザはシャタワリに向けて即死の矢を放った。
・・・
確かに放ったはずだった。
矢を放って、それはシャタワリに向かっていったはずだった。
にも拘わらず。
気がつけばミヘザは倒れていた。
『……目覚めましたか。』
「メーシェ様……。なぜ……私は一体……?」
『手も足も出せずに死にました。』
「…え?……嘘…私、確かにあの時………あれ?」
思い出せない。
何をした?
私はシャタワリに何をした?
本当に…手も足も出せずに死んだのか?
『どうしました?』
「あ…えーと…。」
『もしかして…記憶がない、ですか?
攻撃したのだけど、覚えていない、と?』
「………はい、確かに何か攻撃したはずなんです…。
でも…全く思い出せなくて……。」
『…ということは、シャタワリに破壊されちゃいましたね。』
「破壊…?」
『シャタワリはあなたの攻撃そのものを破壊したんですよ。
あなたが攻撃を放った瞬間からシャタワリに攻撃が到達するまでの事象もろとも消し去ったと言えば分かりますか?
しかし…それはシャタワリ本体の防御力がまだ完全に復活していないという証…。
復活してあまり時間が経っていなかったので全力を出すことが出来なかった…という感じでしょう。
不幸中の幸いですねー。』
「じゃあ……今すぐにでもアイツを倒さないと…!」
『まあまあ、少し落ち着いてください。
あなた先程まで死んでたんですよ。セルフブラック企業はやめてください。
蘇生って結構な力を使うんですから…。』
「すみません…。」