信頼
───空を貫く山の頂点。
儀式の当日を迎えた。
ミヘザは昇りゆく青い太陽を見つめる。
「………。」
・・・
ミヘザは元々ただの人間であった。
特に目的もないまま高校に入学し、退屈な人生を送っていた。
友人もおらず、常に孤独。
ある時、この世界に自分の居場所などないのではないかと考え、自殺を試みた。
しかし彼女は死のうとしても死ねなかった。
それどころか、彼女が死のうとする度に周囲の人々が死んでいく…。
彼女は運命を信じざるを得なかった。
必死に足掻く自分を嘲笑う凶悪で無慈悲な『運命』を。
とりわけ人の死に関心があったわけでもなく、親にすら思い入れはあまりなかった。
だが、死に直面する度に『死ぬべきは自分だ』という怒りと嫉妬心が彼女を支配した。
家族も顔見知りもいなくなり、完全に孤立した彼女は失踪した。
地元では有名な樹海の奥。
日も時間も分からぬまま、確実に死が近づいてくる。
その実感を得た彼女は泣いて喜んだ。
誰が死のうとも涙一滴すら流さなかった少女がはじめて泣いた。
そしてついに、彼女の命は尽きたのである。
死んですぐ、金色に輝く川の岸に打ち上げられたミヘザ。
そこが現実なのか虚構なのか分からぬまま、メーシェに拾われた。
メーシェはミヘザを『女神』として傍に置き、手取り足取り仕事を教えた。
ミヘザは死後になってようやく自分の居場所を見つけられたのだと思い、(奇妙なことだが)いつしかメーシェを慕うようになっていた。
無理難題を言いつけてくるのもご愛敬だ。
───青い太陽はあの世界にはなかった。
・・・
「はっ!メーシェ様…すみません。つい物思いに…。」
『ちゃんと見てますから安心して。』
「…ところで…アレは───。」
ミヘザが知らない間に、儀式場に白装束を着た男たちが集まっていた。
『アレですか…もし戦いになっても全力を出さないように。この前の戦いも手加減したつもりなんでしょうけど、結構歪みが出てましたよ。』
「これ以上は中々難しいですよ…。私、まだ未熟なんですから。」
『…魔術師は自分が出来ると思ったことは何でも出来る。』
「え?」
『そういう話があります。人間の中でも自分の才能を信じてひたむきに戦い続けた者だけが魔術師という領域に至れるのだと…。
今のあなたは神です。やろうと思えば針の穴に糸を通すような繊細な作業でも世界征服のような大胆な活動でも何でも出来ますよ。
自分を信じてあげてください。ほら。』
「……。」
女神が出向き、全力で勇者を皆殺しにすることも可能だ。
今ここにいる男たちの洗脳を解くことも簡単に出来る。
だが、そんなことをすれば世界は耐えきれずに潰れてしまう。
大きすぎる力というものは不自由だ。
膨大な力を抑制するのもまた女神ならば容易なことなのかも知れない。
ミヘザはメーシェの言葉に納得し、儀式が始まるのを待った。