邪神・シャタワリ
「メーシェ様、勇者って大体どれくらいいるのですか?」
と、ちょっと先程の戦いのせいで景観が悪くなった別荘地の惨状に涙を流しそうなのを堪えてメーシェに訊いた。
『うーん、分かりませんねー。
何せ次から次へと増え続けてますから。』
「…えーと、それはどういう…。」
『誰かが別世界の勇者をこのセイロフ界に送り込んでいる、ということです。
でなければ…そもそもひとつの世界にこんなに多くの勇者がいるはずがないのですから。
それに、本来世界の守護者足るべき勇者が暴走している理由も…誰かに操られているのなら説明がつきます。』
「…それを出来るのは…女神だけですよね…?」
『………ええ、そうです。
しかし…そうなると最後は女神との一騎討ちってことになっちゃいますよね。』
「私やっぱり戻って良いですか?女神相手とか無理ですよ。」
『じゃあアナタは人間相手にしかイキがれない弱小クソ女神(笑)ですね。』
「やめてくださいやりますから。やれば良いんでしょ。はいはい。」
『ああ、ところで…参考までに教えておきますが…。
この世界の邪神の正体はどうやらシャタワリという女神らしいです。』
「シャタワリ…?女神?仲間ですか?」
『いいえ、女神は女神でも、我々とは全くの別物です。
破壊と殺戮と暗黒の支配を司る…闇のゲス女神です。
通常、女神とは世界の均衡を保つために存在するのですが…シャタワリは純粋に悪を包み込んでこの世に顕現したためそういった概念が欠如しているのです。
そしてセイロフ界の人々は…シャタワリを崇拝している。』
「なぜですか?」
なぜ、そんな『悪』を崇拝するのか。自分達が犠牲になる可能性もあるのに。
『正確には崇拝させられているのです。
シャタワリは自分が封印されたり殺されたりしても復活出来るように、セイロフ界の人々に予め洗脳を施しておいたのです。
厚い信仰心をもって儀式を執り行い、その体を復活させるように…。
シャタワリが消滅したのは三千年以上前とされていますから、それくらい前からずっとその洗脳は解けていないということですね。』
「……てことは…。待ってください。儀式を行うってことは私が邪神ではないということも…。」
『きっとバレていますよ。シャタワリのことですからそんな事態は想定・対策済みでしょう。』
それは困った。
予定を変更せねばならない。
ずっとここにいては危険だ。
「そんなぁ……。
じゃあ……その儀式はいつ行われるんですか?」
『明日、十二の刻。空を貫く山の頂点にて。』
「………でも待ってください。勇者たちは住民を襲っていました。
儀式を行わせるためには住民が必要なのでは?」
『ええ、でも儀式に必要な人数いれば問題はありません。
それに、勇者という悪が暴走することによって住民たちはより強く邪神を崇拝しているのです。
助けてくれ、助けてくれ、とね。まあ、実際は助けてくれないのですけれど。
シャタワリにとって彼らは戦力にもならないただの使い捨ての道具…。
復活すれば生き残りの住民たちも皆殺しにしてしまうと思いますよ。』
「………。」
『ミヘザ、どうかしました?』
「メーシェ様、私は女神としてまだまだ未熟ですし、正直まだ覚悟も決まってません。
しかし……今、私の胸の内に燃えるこの炎は…せめて正義の炎だと信じたいです。
この世界の住民はちょっと欲深くて…決して善良ではありません。
私のことを邪神ではないと知りながら匿っているのも隙あらば私を殺すためでしょう。
それでも……非力な人々を己のためだけに利用し……そんな女神がいて良いはずがありません…!」
『…あなたにも正義があるんですね、ミヘザ。
私の見立て通り、本当の正義の心が。』
「…メーシェ様、それを見込んで私をこの世界に…?」
『まあ、新人研修ってとこで。』
「しんじ…何ですか?私、結構キャリア長いですよ。」
『冗談ですよ、でもまあ、頑張ってくださいね。私もサポートしますから。』
ミヘザはメーシェが以外と頼れる上司だということに気づき、ちょっとだけ安心した。
そして同時に、シャタワリ……恐ろしい女神の名前に戦慄した。