BLITZ or Bullet!―妹のパンツを履いて健康診断へ―
窓枠に飾られた青空に飛行機雲がしんと抜けていく。
割れにくい工夫がされている学校ガラス。数多の×を描く斜線に遮られた室内は、まさに明鏡止水の状態にある。
俺の名は京野誓詞。何処にでも居るただの特攻野郎だ。
駆け抜ける一丁拳銃、聳え立つベルリンの塔、ラムサール象牙、……2つ名はたんとある。好きなように呼んでくれ。
まぁ渾名の話はさておき、俺の高校生活は順調だった。
だがそれも今日までの事だ。
何故ならば、妹とおパンツ箱を共有している事から発生する“妹と自分のおパンツの履き違え”と言う不幸な事故をこの身に宿し、尚且つ健康診断と言う重大イベントを見過ごしていたのだ。
そう、健康診断とはクラスメイトの前で自らの裸を合法的に魅せるチャンス。
俺はこんな重大な日に妹のパンツを履いて来てしまっているのだ、悲しさと切なさで涙が出そうだぜ。
「ウグオァーッ!」
失態だ。
◇ ◇ ◇ ◇
普段は清潔そうな香りのする保健室。だが今は前後に並ぶ同級生のムラムラするフェロモンによって男と褌の世界に彩られる。
俺は学ランを一蹴で脱ぎ捨ててこう言い放つ。
「ぐぐ……! 健康診断、完全に忘れていた。何たる失態だ!」
我が大胸筋には焼け焦げた色の乳首、腹に据えた腹筋。同じくらい逞しい下半身。
そして、男性を隠すには忍びない布面積の妹のパンツ。
悶々とした熱風にレース部分がはためいている。
これは恥ずかしい。
「ふん、貴様の学園生活にかける意気込みはその程度か、“聳え立つベルリンの塔”よ」
前に並ぶ同級生、愚々瀬が自信満々に振り返る。
スレンドリーで線に無駄のない肉体美。先天性の才能からしか得られない機械的なエイトパック。健康的な小麦色の肌は焼け目にムラがない。
そして、天を殴り付ける凶悪な男の相。肉厚の松茸を思わせるその先端を隠すひとひらの紙片。
成る程、健康診断に向けて“用意周到”に“仕上げて”来たのだろう。
だが、まだまだ詰めが甘い。
「ふん、愚々瀬よ、それで俺に勝ったつもりか?」
「何だと!?」
顔を曇らせた愚々の方向を指差す。正確には奴の背後を。
「この行列だ。健康診断を終えてここに戻って来られるのは約1時間はかかるだろう。その間にそのティッシュペーパーを維持出来る持久力は……果たしてお前にあるのか?」
「ぐ、確かに……!」
愚々瀬は頭を抱えて困っている。
「道具を使えば1時間程度の維持は容易い。だが、周りに男しかいない状況でその状態を維持出来るかな? 見物だぞ愚々瀬ェ! 丸出しは恥ずかしいぞぉ!」
「た、確かに……! 丸出しは恥ずかしい!」
愚々瀬は急にもじもじし始めた。
思えばコイツも可愛そうな奴だ。
俺も折角の健康診断に妹のパンツを履いてくるという失態を犯しているからよく分かる。コイツは今、雄々しく聳え立つ自身が下を向いているのを見られるのが、堪らなく恥ずかしいのだ。
「だが、おかずがあれば問題ないだろ? 俺の妹のパンツを見てその状況を維持するが良い」
「……聳え立つベルリンの塔……。俺はお前を誤解していた。これからはお前の強敵となろう」
「ああ、宜しく頼むぜ愚々瀬」
「ああ、お兄さんッ!」
俺達は熱い握手を交わす。
「ふん、物理的な物を使わなければ己を隠す事も出来んとは……笑止!」
「誰だ!」
振り返ると、そこに1人の男が立っていた。
灼銅色の血管。陰水に焼けた黒光りする肌。五体を投げ出す天地無用のポーズ。
下半身は……下半身は謎の光の筋が掛かって見えなかった。
「これは……!?」
「これこそが我が鉄壁の防御法……“謎の光修正”だ!! 」
「うおーーーーっ!!」
前後左右から現れる光の筋に加えて、中心点からの質量のある発光は俺の目を貫いた。
「ぐ……」
「くそっ、目が見えねぇ……」
俺と愚々瀬は圧力のある光に目を凝らし、何とか前を見ようと試みるも、光のパワーに負けて一歩足りとも前へは進めなかった。
万事休す……俺達はここで死ぬのか。
「諦めないでお兄ちゃん!」
何処かから妹の声が聞こえた気がした。
そうだ、俺はここで死ぬわけにはいかない。
「……閃いたぞ、光には光のパワーで対抗だっ!」
俺は保健室にあるアレを掲げた。
「見えたぞ! ズルムケだ!」
「な……なにぃ!?」
俺が天に向かって掲げたのは視力検査用の目隠しだ。黒いスプーンだと思って良い。
そのテカテカの表面には黒光り男の局部がハッキリと映っていた。
これは、よく知欠系の漫画で使われる技法である。光の反射を利用して、法律上描く事の出来ない局部を局部以外の場所で表現すると言う奥義なのだ。日本漫画界の至宝とも言える。
「見えたぞ! 恥ずかしいぞー!」
「そうだ! 丸出しは恥ずかしいぞ!」
俺と愚々瀬はここぞとばかりに捲し立てる。
「うぬぅ」
それに押された黒光り男の光は徐々に小さくなり、やがて消えた。
「は……恥ずかしいでしゅ」
彼は両手で股間を抑えた。
無論、丸見えの状態を隠す為だ。
「物理的な物を使って隠すのも悪くないぜ? 黒光りの大将」
俺は自分の履いていた妹のパンツを脱いで黒光りに手渡す。
「……良いのか? これはお前の……」
「良いって事よ、戦闘が終われば俺達は仲間……同級生だろ?」
黒光りの額に皺が寄る。目頭を抑えて、泣きそうになっている。俺の優しさに感動しているのだろう。
「よせやい、そう言うつもりで(パンツを)あげた訳じゃない」
「……しかし、これを受け取ってしまったら代わりにお前は丸出しに……」
「まぁ、見てなって……はぁッ!」
俺は気合いを入れた。
「……見えない。これは……モザイク?」
「そうだ、アカシックレコードにアクセスして限定空間の解像度を下げた。今や俺は無敵だ」
剥き出しの俺の下半身は他人の目からは見えない。どう角度を変えて見ようとも滲んでいる様にしか見えないのだ。
「……聳え立つベルリンの塔……お前って奴は」
「お前には完敗だよ」
こうして俺は……いや、俺達は学園生活の危機を乗り越えた。
保険医の「いや、お前たちパンツ履けよ」の一言が耳に残ったが、気にはしていない。
並んでた他の奴も半分くらいは履いてなかったからな。
―完―