空を翔ける少女
6月24日は全世界的にUFOの日なので投稿しました。
ストックが無くなるまでは毎日投稿します。
そして6月28日は全世界的にF○14パッチ5.0アーリーアクセス解禁日なので、ストック切れた後の更新速度には期待しないでください。
なろう作家だってネトゲしたい!
立花秋穂の目の前を、敵が飛んでいた。
総数は5つ。編隊の中央、先頭を飛ぶ1機だけは、他とは形の異なる黒いひし形の戦闘機。敵パイロットが搭乗している『本体』、マンタ・カスタム。
そして、それに追随する残る4機はマンタ・カスタムと同じ色の楕円形状。思考誘導の無人護衛機だ。この形状を持つ護衛機は1種類しか存在しない。攻撃性能を犠牲にして、高い追従性と強度を兼ね備えた機種、シードだ。
奇しくも、秋穂の搭乗機と護衛機の構成と全く同じ。同機種対決というやつだった。
ヘルメット内蔵ディスプレイに映るミサイルの照準システムが、敵機を追いかけ細かく動き回るのが見える。しかし、敵もまるでそれを見ているかのように巧みな動きで相対位置を操り、照準をかいくぐっていく。
焦るな、と秋穂は自分自身に言い聞かせた。
二度だ。既に同じシチュエーションで、二度失敗しているのだ。
二度のミサイル発射を、敵機はシードによる防御も、チャフ・フレアによる誘爆も起こさずに、変態的なマニューバだけで回避して見せた。
一度目だけなら偶然だと思った。だから二度目も躊躇わずに撃った。そして二度目も当然のように回避され、ようやく気が付いた。
誘われたのだ。
戦闘機同士の戦いは、後ろを取った方が圧倒的に有利だ。護衛機が開発されようと、この原則は変わらなかった。だから互いに、必死で後ろを取り合おうとする。犬の喧嘩のように、ぐるぐると空を回り合うのだ。
だというのに、秋穂のマンタ・カスタムは簡単に後ろを取ることができた。この時点で気付くべきだった。
秋穂が後ろを取ったんじゃない。相手が後ろを取らせてくれたのだ、と。
そして三度目。これを外すと次はない。マンタ・カスタムに搭載できるミサイルは最大6発で、一度に2発が発射される。シードにミサイルは搭載出来ない。つまり、この三度目を外してしまうと、ミサイルという圧倒的優位性を全て失うということなのだ。
合計4発のミサイルを優雅に回避するテクニックを見て、秋穂は既に確信していた。
―――この相手は、あたしより遥かに格上だ。
もっとも、そのことは戦う前から分かってはいた。それでも善戦程度は出来るだろうと楽観していた。そして実際に戦い始めてようやく、それが楽観ではなく慢心だと気付いたのだ。
このミサイルで勝利を掴めなければ、単純な技量差だけでこちらが撃墜されるだろう。
ついでに相手は完全装備。ミサイルも機関砲も撃ってなければ、シードの一つだって消費していない。
だから、ひたすらに機を待つ。チャフ・フレアも、シードによる割り込みも出来ない状況下でのミサイル発射。勝ち筋は、ただそれだけしかない。その機が来ることを信じ、ひたすらに後ろを取り続ける。
照準システムがロックオンが有効になったことを知らせてくる。だが駄目だ。今撃ってもシードで妨害される。
機関砲は撃たない。というより撃てない。技術に差があり過ぎるのだ。当たりはしないだろうし、隙を見て機関砲を撃つくらいなら、ミサイル発射の瞬間を見逃さないことを優先するべきだ。
照準システムがいいからさっさと撃てと急かしてくる。
少しでも勝利の可能性を高めるために必死でそれを無視する。
距離を離されてなるものかと全身全霊で食らいつく。
―――今撃てば当たる。
直感だった。焦れて逃避したわけではない。この直感は外れたことが無い。この直感のおかげで、負けそうな戦いでも、今まで勝つことが出来たのだ。
だから従った。ミサイルのトリガーを即座に押し込み、マンタ・カスタムのミサイルラックから死神が放たれようとして、
轟音と衝撃と金属の塊が一緒くたになって秋穂の肉体を完膚なきまでに押しつぶした。
何が起こったのか、全くわからなかった。
気付いた時にはもう、首から下には一切の感覚が無かった。
腕はもちろん首をすら動かすことすらできない。
目だけはかろうじて動いた。ヒビの入ったディスプレイが、先程まで追っていたマンタ・カスタムがまるで分身したかのように秋穂にその姿を見せていた。ミサイルは当たらなかったのか、それとも発射すらされなかったのだろうか。
遅れて見えるのはマンタ・カスタムに追従する3つのシード。どれだけ数えても3つだけ。4つ目のシードはどこにも見当たらない。それで、直感的に理解した。
―――こいつ、シードをあたしにぶつけやがった!!
普通なら、この状況での護衛機の体当たりなんて成功しない。よっぽどの初心者でもなければ、回避するなり、機関砲で迎撃するなり、あるいは自分の護衛機をぶつけるなりで防げる。
だが今回、この瞬間ばかりは話が違う。
ミサイル発射の瞬間、防御的判断が疎かになるほんの一瞬。そこに合わせて攻撃された。
偶然ではない。完全に狙われていたのだ。
機体が分解していく。ひし形の空気抵抗を考慮したデザインが食い込んだシードによってそのフォルムを崩し、空を飛ぶ資格を奪っている。空気抵抗は爆発的に増幅し、音速を超えた機体に残る慣性が大気を牙へと変貌させ、鋼を容易く砕いていった。
立花秋穂の身体もついでのように巻き込まれた。視界がブラックアウトする。そして、
『YOU LOSE!!!』
の文字だけが視界に表示され、フルダイブVR一人称視点フライトシューティングゲーム、『エアリアル・ファイター5』のホームエリアに意識が戻ることになった。
⚫️⚫️⚫️
「ぬぅおあぁぁあぁあああああぁ~~~~!!!」
VR空間で、立花秋穂ことAkihoは決して女子高生が出してはいけないような唸り声を出していた。ついでに床をゴロゴロと回っていた。
この空間にいるのはAkihoだけだ。
エアリアル・ファイター5はオンライン対応型フルダイブVRゲームだが、MMOのように不特定多数のアバターが同じ空間に入り乱れるゲームではない。チームを組んでいない限りは同一空間に存在するプレイヤーは一人だけ。そうでなければ秋穂はこんな醜態を晒したりはしなかった。本物の秋穂の肉体は、ヘッドセットを付けて自室のベッドで静かに横たわっているはずだ。
少しばかり不安になり、空間内のユーザーリストを確認する。リストにあるのはAkihoのアバター名だけ。安心して再開する。
「弄ばれた~~~~!」
そしてこのゲームの内容は、一人称視点シューティングとフライト・シューティングを足してフルダイブ対応型VRを混ぜたもの、つまり『パイロットになってコクピットから戦闘機を操作して空を飛ぶ』というものだ。
オンラインマッチングに存在するのはプレイ時間の短い、始めたばかりのプレイヤーだけが参加できるビギナー・レート。ビギナーの参加条件を満たさなくなったプレイヤーが放り込まれるロウ・レート。そして勝率を上げていくことにミドル、そしてハイへと昇格し、トップ・レートへと到達する。
そして国内トップ・レートの中でもさらに上位の、全体で見れば超上級プレイヤーだけが、怪物ひきめく魔境、世界規模のマッチングであるワールド・レートへと殴り込みをかけれるのだ。
先日、秋穂は国内トップ・レートに昇進して、そこそこ勝ったりたまに負けたり。「あたし、トップでも通用する……!」と自信を付けてきた頃だった。そんな時にマッチングしたのが先ほど惨敗した相手だ。
対戦相手の名前はPUPPY。一瞬で心が高鳴った。おそらく、このゲーム上では最も超有名と思われるプレイヤー。ワールド・レートのトップホルダー。
即ち、『世界で一番強いやつ』である。
そんな相手と戦えるとなれば、ときめかない女子高生はいないだろうと秋穂は思う。
始まる前は「PUPPYって子犬って意味だっけ。やっぱり犬繋がりなのかな?」なんて能天気なことを考えていた。このゲームを始めてから知ったことだが、戦闘機同士の戦いは、その様子を犬の喧嘩に見立てて『ドッグファイト』と呼ぶのだそうだ。
そしていざ戦ったらご覧の有様である。立花秋穂15歳の人生において、黒歴史の殿堂入りだろう。初心者の頃にもここまで無様な負け方をしたことはなかった。
戦闘のリザルト報告が表示される。
PUPPYはミサイルはおろか機関砲すら発射せず、損耗は護衛機1機のみ。
対してAkihoはミサイル全弾発射。最後の一発もしっかりカウントされていた。そして敵からの攻撃に対する盾の役割を主とするため、『残機』とも揶揄される護衛機シードは全て無傷だ。挙句の果てに撃墜理由は「護衛機をぶつけられた」というもの。
「残機が全部残っているのに敗北した」というのは、このゲームにおいては最悪に屈辱的な負け方だ。
更にはPUPPYは一切攻撃していないというリザルト報告が、死体蹴りのように秋穂の心を殴りつけてくる。
「あ、あたしじゃなければショックで引退するぞ……!」
PUPPY:お疲れさまでした
一人で心のダメージと格闘していたら、PUPPYからチャットが飛んできた。戦闘後の挨拶チャット。やらない人も割といるが、秋穂はどんな戦い方をして、どんな結果になったとしても、最後に挨拶だけは必ず送る側の人間だった。挨拶は大事だ。そう思っているから。
「はいはい、おつかれさまでした、っと」
手酷い敗北が普段より秋穂を無愛想にさせるが、チャットを通してではそんなことは伝わらない。いつものように返事を書いて、送信ボタンを押そうとして……、その直前で指が止まった。
世界で一番強いやつ、すなわちPUPPYの名前の横には、見慣れた3文字と画像が表示されている。
そしてAkihoの名前の隣にも、やはり全く同じものが表示されている。
JPNの文字と日の丸国旗。
当たり前だ。Akihoがさっき潜ったのは国内マッチングなので、当然ながら対戦相手も日本の相手に限られる。
つまり、PUPPYは日本に住んでいる。
そのことに気付いた瞬間、秋穂は先程のメッセージを全て消して、全く別の内容を送信していた。すなわち、
Akiho:関東に住んでたりしませんか?
と。