婚約破棄の現場で~男の純情の代償~
「メイベル・バリエンデール! 嫉妬に狂ってデイジーにした仕打ち、目に余る! よって、レイナルド・グットコナイ・マールはそなたとの婚約をここで破棄する!」
ドヤー!とばかりに言い切った王子に対して、まったく、身に覚えがなかった公爵令嬢は冷静に返した。
「お言葉ですが、殿下。わたくしはパラボナ嬢に何もしておりませんわ。何のことで、そのようなことをおっしゃっておられるのか、お教えいただけないでしょうか?」
マナー一つ知らない令嬢が自滅する前にマナーを学んで来るよう諭すことは余計なことかもしれないが、その令嬢を気に入っている王子も同レベルだと思われてしまうので、婚約者の義務として改善を求めるのは仕方がないことである。
それを嫉妬に狂った仕打ちと受け取られるのは心外だ。
「白を切るとは白々しい! ゴロツキを雇ってデイジーを襲うように命じたであろう!!」
公爵令嬢は蝶よ花よと大切に育てられたので、王子が言うような人物たちと知り合う機会も、知り合う方法も知らなかった。それどころか、そんな犯罪者予備軍などがいることも知らされていない。ごく普通に館の中と王宮と貴族の屋敷、それに護衛に守られた外出しかしたことがなかったので、ゴロツキという言葉自体、初めて聞くものだった。
彼女がゴロツキの意味に心の中で首をかしげる間もなく、王子に返答した者がいた。
「雇ったのは俺です!」
王子のすぐ傍から上がった声に誰もが戸惑いを隠せない。公爵令嬢から身を守るように王子の後ろに隠れていたデイジーも驚いて口が開いてしまった。
騎士である彼なら、仕事や騎士仲間と酒場に繰り出した時にゴロツキと知り合う機会もあるだろう。
だが、動機は何か?
それが最大の謎だった。
彼はデイジーの取り巻きをしているのである。その彼が、デイジーを襲わせた?
「「「?!!!!」」」
「フレッド。そなた、デイジーの命を狙うなど、どうかしている・・・!」
当の本人は澄ましかえっていて、自分が何を言っているのか、理解していないのではないかと公爵令嬢は思った。
だが、それも杞憂だった。
騎士団長令息は滔々と動機を語り出した。
「どうして俺がゴロツキを雇ったか、気になると思います。俺が取り巻きをしているデイジーを襲わせた理由は一つ――」
睨みつけられたデイジーは思わず息を飲んだ。それで偶然、開いていた口が閉まった。
「この女が俺を裏切ったからです。友達? 何を甘いことを言っているやら。俺のことを理解していると、味方だと言っておきながら、王子と知り合うと俺のことなど後回しにして、王子とばかり話すようになって、何が友達ですか! 俺の味方をしていたのは、王子と知り合うまででしょうが! それからは王子にべったりして、おざなりな対応でした。ええ、そうです。王子の目がなければ以前のような態度を取りますが、もう俺のことなど眼中にないこの女が嫌いでした! 俺も友人たちもこの女の為に婚約を破棄したというのに、この女は王子狙いで、俺たちの気持ちを踏みにじったのです! そんな女、死んで当然です!!」
呪詛かと思うような恨み言に、王子の乳兄弟は重々しく頷く。
「フレッドの言う通りです。レイナルド様の幸せは大事だが、この女はいりません。こんな女にレイナルド様はもったいないです。レイナルド様から離れないなら、殺すべきです」
ウィンクしながら可愛らしく窘めるのはショタ枠の公爵令息。
「駄目だよ。そんな簡単に殺そうとしちゃ。命は大事にしないと❤ でも、どうしても、許せないって言うなら、仕方ないよね」
「全員に良い顔できなくても仕方ないけどさ~、あからさまに態度、違うもんね~。誰かを見れば、誰かが見てもらえなくなるし、陰で『本当はあなただけ』と言われてもね~。信じられないっしょ」
そう言って、ケタケタと笑うチャラい宰相令息。
騎士団長令息は仲間たちの温かな反応に気を取り戻した。
「申し訳ございません、殿下。俺にはどうしても許せなかったのです。俺を捨ててあなたを選んだこの女が。俺にあなたへ妬みや憎しみを抱かせるこの女が許せなかったのです!」
「フレッド・・・」
仲間たちの反応とフレッドの供述に唖然としている王子と悪感情を叩きつけられて怯えるデイジー。
時間が止まったかのようなその場の空気を破ったのは、公爵令嬢だった。
「あの、わたくし、もう御前を失礼してもよろしいでしょうか・・・?」
「・・・・・・・・・」
確かに彼女は無関係なのでいなくてもいい。それどころか、冤罪をかぶせられかけた被害者である。それも、内輪の痴話喧嘩に巻き込まれた被害者。
出鼻を挫かれ、友人からの裏切りを知らされた王子はショックから覚めやらぬまま、こう言うしかなかった。
「好きにしろ」
「レイナルド様。取り成して参ります」
王子本人がこんな衆目のあるところで謝罪はできないので、乳兄弟が一時的に代わりに謝罪をすると申し出てきた。
「わかった。頼む」
バツが悪い王子は渋々許可する。
「では、俺も失礼します」
すると、チャラい宰相令息がそう言って、そそくさと王子たちの傍を離れ、壁際で一人で立っている女性のところに行ってしまう。
「あ。僕も関係ないよね」
と、公爵令息も離れて行ってしまった。
残されたのは、早速、ナンパに精を出している宰相令息と好き勝手している公爵令息の行動に水を差されて微妙な空気の三人。
ついでに公爵令嬢と王子の乳兄弟は代わりに謝りに行ったとはとても思えない楽しげな様子で、いい雰囲気の二人にしか見えない。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
余談だが、公爵令嬢は無事に王子と婚約解消ができ、王子の乳兄弟と結婚したそうだ。
チャラい宰相令息は壁際のあの女性とよりを戻して結婚したらしい。
公爵令息は自由気ままに生きて、お忍びの旅で人々を救うついでに物語の主人公になったものの、生涯独身だったそうな。
あの三人はというと、騎士団長令息は国一番の剣士になったそうだ。あとの二人は面白味がないので割愛する。
チャラい宰相令息・・・彼が黒幕だった場合はデイジーは完全に抹殺されていた。一度は婚約解消したものの、失って気付いた系で元婚約者とよりを戻すほうを優先していた為にデイジーは命拾いした。
ショタ公爵令息・・・彼が黒幕だった場合はデイジーは実家が没落させられいた。が、デイジーの浮気に熱が冷め、珍獣を眺める気分で見ていた為に難を逃れた。
王子の乳兄弟・・・彼が黒幕の場合、デイジーは暴漢に襲われて娼館に売り払われていた。が、王子に疎まれて可哀想なメイベルを助けたいと思うようになり、そっちが気になってデイジーのことを放置していたので、黒幕は騎士団長令息になった。