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突然横の茂みから音が聞こえて思わず頭抱えながら叫んじゃったけど、男の人の声しなかった?ついでにテイムが成功したとかなんかが聞こえた気がしたような。
「おい。お前、これはどういうことだ?」
「へっ?」
上から確かに男の人の声が聞こえた。ゆっくりと顔を上に向けると、灰色の少し長い髪に金色の瞳の綺麗な顔をした男の人がわたしを見下ろしていた。眉間の皺と今にも射殺さんばかりの目つきをしていて怖いけども。え?わたし何かしたっけ。
「どうして魔物にしか効かないはずのテイムが俺に効いている?」
「へっ?テイム?」
なに言ってるのこの人。やばい、どんどん顔が般若のようになって怖すぎる。とりあえずちゃんと落ち着いて話をしないと意味がわからない。
「お前がテイムと叫んだ直後に、俺が、お前に、強制的に従属させられたと言っている。魔物でもない俺がだ。」
「……マジでか」
さっきのテイム成功って声、 この人をテイムしたってこと?あれ、でもテイムって魔物に対してのスキルだったはず。この人は魔物じゃないって言ったしどういうことだ?ただでさえ異世界迷子とか意味が分からないのに、予想外の出来事と般若顔のお兄さんに混乱して涙腺が崩壊しそう。
「……っもう日が暮れる。付いて来い、話はそこでするぞ。」
般若顔だったお兄さんがわたしの涙腺崩壊寸前の顔を見て、今は落ち着いて話をできる状態じゃないのが分かったのか場所を移動しようと言ってくれた。般若顔めちゃくちゃ怖かったけど、何気に優しい。お兄さんの後ろを泣きそうな気持ちを落ち着かせながらトボトボとついて行くと、焚き火の準備をしようとしていた跡のある場所まで来た。
「その辺に座って待ってろ」
お兄さんは何もない空間から枝をある程度出し、手際よく焚き火の準備をしていく。多分お兄さんもアイテムボックスか何かのスキルをもってるんだろう。一瞬何もないところから枝が出てきてびっくりした。
ぼーっとしててもしょうがないので、もう一度自分のスキルを確認してみよう。きっと何かを見落としてるはず。テイムのスキルが書かれたところをよく見てみる。
名前(年齢)
シキ・サトウ(17)
レベル1
スキル
テイム(*) 鑑定 アイテムボックス(*)
異世界ショップ(*) 異世界言語 異世界文字
テイム アッシュ・クロムウェル
称号 異世界からの迷子(*)
テイム(*)
魔物を従属させ、使役する事ができる。自分よりレベルが低い魔物ほどテイムしやすく高いほどテイムし難い。
(*)異世界からの迷子特典
3回だけどんな生き物でもレベルに関係なく確実にテイムする事ができる。(残り2回)
ステータスを開いてみてみると新しいテイムの項目が増えていて、その横にはアッシュ・クロムウェルと表示されている。多分これはお兄さんの名前だろう。そしてテイムの迷子特典のところをよく見るとどんな生き物でもって書いてない?魔物ではなく確かに生き物と書いてあり、サァっと顔から血が引いていくのが分かる。わたしは大変なことをしてしまったらしい。ゆっくりとお兄さんの方を見ると既に焚き火をつけ終わったらしく怪訝な表情でわたしを見ていた。やばいぞ、なんて説明したらいいんだコレ。最初から説明しないと意味ないよね…。
「あの、お兄さん。とりあえずわたしのステータス見てもらっていいですか…その後質問に答えるので…」
「……わかった」
お兄さんはわたしの言葉に眉間の皺を深めたが、ステータスを見てくれるらしい。多分言葉で説明するよりも見せた方が早いし、見せた後に質問してもらった方が個人的にいい。わたしは立ち上がってお兄さんの側まで行き、ステータスが表示されているウィンドウを見せながらお兄さんの眉間の皺の深さが変わる様子を窺った。
しばらくするとお兄さんは深いため息をつきながらこっちを見た。あ、眉間の皺がさっきよりはマシになってる。
「お前はこことは違う世界から来たんだな?」
「はい、書いてある通り違う世界から来た壮大な迷子です。」
「迷子…。信じられないが、このスキルのところに書いてあることは真実だろう。実際に俺は今お前に従属している状態だしな」
「すみません。魔物をテイムする事を考えてたあまり、驚いて咄嗟にテイムと叫んじゃって…」
「こうなってしまったのはどうしようもない……」
気まずい沈黙が少しの間続いたが、気になった事があるのでお兄さんに聞いてみる。
「これって解除って出来ないんですか?」
「基本的に解除は無理だ。あるとすれば俺が死ぬか、お前が死ぬかしない。まあ、お前が死んだら俺も死ぬがな。主人が死ねば従属する者は必ず死ぬ」
「…すみません」
「謝らなくていい、それよりこれからどうすべきか2人で考えるべきだ。」
これはもう土下座案件じゃないか?いや土下座したところでどうしようもないんだけど…。というかお兄さん優しすぎてまた涙腺崩壊しそう。
―――ぐぎゅるるぐごおぉぐぎゅっきゅるる〜
気まずい沈黙の中、突如響き渡るわたしの怪獣のようなお腹の音。ごめん、お兄さん。わたしのお腹の音なの、モンスターの唸り声じゃないのでその剣をしまってもらっていいでしょうか。
―――ぐごっごきゅるるるぐぎゅぎゅっきゅ〜
お兄さん、目を見開いてわたしお腹を凝視されるのは流石のわたしでも少し恥ずかしいです。あ、剣をしまってくれてありがとうございます。理解してもらえてなにより。
「…腹が空いてるみたいだな。」
「お恥ずかしい限りです」
お兄さんは空間から袋を取り出して、パンと干し肉らしきものを手渡してくれた。一応食料は持っていたけど、お兄さんの好意にここは甘えさせてもらおう。でもお礼に買っておいた菓子パンをプレゼントしよう。ピーナッツクリームのコッペパンだけどお兄さん甘いもの大丈夫だろうか。
「お兄さん、甘いもの大丈夫だったらこれ食べてください。パンと干し肉のお礼です」
アイテムボックスから菓子パンを出しお兄さんに差し出すが、お眉間の皺がまたまた深い。甘いもの嫌いなのか?それともやっぱり怪しすぎる女からのパンは食べたくはないか。うん、後者だな。持っていた菓子パンを引っ込めようとしたらお兄さんは恐る恐るという感じでパンを受け取った。
「無理しなくていいですよ」
「いや…無理はしていない。この透明な袋はどう開ければいいんだ?」
わたしは菓子パンの袋を開けてあげ、もう一度お兄さんに手渡すと不思議な様子で袋を一通り眺めた後思い切ったように一口食べた。すると、驚いたように一瞬目を見開いて無言で菓子パンをあっという間に食べ切った。これは気に入ってくれたのか?わたしはお兄さんの反応を眺めながら、もらったパンと干し肉をもぐもぐと食べた。干し肉ちょっと硬いけどジャーキーみたいで美味しい。…なんの肉かは気にしないようにしよう。
「…そういえば名乗ってなかったな。俺はアッシュ、冒険者だ」