親愛なるスライム君へ、君のことが嫌いです。
長編を書くにあたっての腕ならし第一弾です。しっくり暖まってきたら長編書きます。すでに長編の構想は頭の中にありますので、短編で長所と短所を自覚して、長編に活かしていきたい笑。
曇っているわけでも、雨が降っているわけでもない。それでもこの森はいつも暗い。それは鬱蒼と茂る樹木が太陽の光をほとんど通さないこともあるが、年中この森には薄く霧が立ちこめているからだ。だから湿気を多く含んだ空気のせいでジットリと革の装備が肌に張り付いてしまう。その何とも言えぬ感触が男は嫌だった。しかしそれを顔に出すことなく、唇を結んでただただ歩く。音を立てず慎重に歩いているのは、男が油断していない証だ。腰には黒い剣が一本むき出しのまま引っ掛けられている。これはいつでも抜けるように、そうしているのだ。鞘から抜くほんの僅かな間でさえ、命取りになりうる。男がこれから手にかけようとしているのは、そんな相手だった。
男の足が止まる。薄く細められたその眼は鋭い眼光をもって、相手を睨み付けている。茂みの先、ぽっかりと不自然に空いたスペースにそいつはいた。不規則に脈打つ体は大きな岩のようにでかく、その体表はまるで湖の水のように碧く透き通っている。目も手も足もない。一見珍妙な姿をしたそいつはともすると無害に見える。今も何をすることもなく、まるで休息を取っているかのようにゆったりとしている。だが、男は緊張を解かず、視線をそいつから一瞬でも外そうとしない。腕の長さほどある剣はすでに男の手に握られている。男は知っている。こいつが龍をも殺しうるかもしれないことを。そして、若手の冒険者が一番殺されている原因がこいつであることも。そう、こいつの名はスライム。長年冒険者の頭を悩ませてきた厄介な存在だ。
剣を握る手に力が入る。距離はそれほど離れていない。だから踏み込めば一瞬で間合いに入る。勝負は一瞬だ。真ん中にある拳大の核に剣を突き立て、貫く。そう、それだけでスライムは倒せる。とてつもなく簡単かもしれないが、とてつもなく難しいかもしれない。スライムとは冒険者にとってそういう存在であった。男の額に浮かぶ水滴は霧によるものなのか、それとも汗なのか。それは解らないが、男は命を懸けていた。
石を拾い上げ、男は投げた。放物線を描き、石がスライムの後方、茂みとは反対方向に飛んでいく。ゆっくりと飛んでいった石が地面に落ちた。瞬間、スライムの身体が大きく脈動したのを確認するより速く、男は茂みから飛び出した。泥が跳ね、茂みの枝が折れ、舞い上がった水しぶきが地面に落ちる前に、男はスライムと自らの剣が核に届く間合いにまで踏み込んでいた。思い切り引かれた剣が風を切り裂いて、スライムへと肉薄する。一瞬だった。深々と核に刺さった剣。そのすぐ後にスライムはようやく自分が致命的な攻撃を受けたことを理解したかのように、大きく身体を脈動させ、ピタリと止まり、溶け出していく。大きな容積を誇っていた液体はまるで空気であったかのようにどこかに消え失せ、剣に突き刺さった核だけが宙に浮いている。
束の間の静寂。ピキピキと空虚な音が響いて真っ赤だった核が水色の水晶に覆われていく。核が剣から崩れ落ち、集まっていった。拳大の大きさから小指ほどの大きさになった碧く輝く水晶。多くの若手冒険者が命を懸け、不運にも命を散らしていくその原因を男は物憂げに拾い上げる。男の視線は碧く輝く水晶を捉えていた。空虚に満ちた暗い瞳だ。
「なあ、こんなものに何の価値があったっていうんだ」
ボソリと男の口から洩れた言葉は誰にも聞かれることなく、虚空に消えていく。答えが欲しかったわけではない。ただ、呟かずにはいられなかっただけだ。
男にとって今日は親友の命日だった。若くしての無謀な挑戦と引き換えに、命を失う。冒険者なら良くあることだ。だが、男は今でも納得できないのだ。冒険者なら誰だってスライムは危険だから銀級になるまで挑むな、と先輩達から教えられる。ただ若手の冒険者は生活が常に厳しいことも事実。親友は将来を誓い合った相手がいて、一生懸命お金を稼ごうと頑張っていた。そう。情に厚くて良い奴で、じっくりやれば金級だって目指せるだけの才能もあった。少なくともそうなると男は信じていた。
駆け出しである若手の冒険者が月に稼げる額は銀貨が15枚。そしてスライムの核は一つにつき最低銀貨5枚。大きさによっては金貨までつく。いつも生活が苦しい昔の男たちにとっては喉から手が出るほど狩りたいモンスターだった。親友は焦っていたのだろう。ある日男にも彼女にも言わずに親友は姿を消した。いつも狩りを共にしていた男は嫌な予感がして、先輩達にも頼んで探し回った。視界が効かないほどの凄い雨の日だ。その日は結局見つからなかった。何日も何日もギルド総出で探し回った。そして、見つかった。欠損だらけの変わり果てた姿で、男達はギルドでそれを見た。友人の近くには拳大の結晶と折れた剣が転がっていたらしい。結晶の大きさは強さに比例する。拳大は銀級冒険者で倒せるかどうかの大きさ。絶望的な戦力差を覆して手に入れた勝利の証をその手に握ることすらできずに、親友はこの世を去っていった。残したのは金貨数枚程度の結晶と一生消えない傷だけだ。もう、彼女もこの世にいない。
かつての駆け出し冒険者だった俺は金級になった。
ともに金級まで行こうと、世界を救おうと誓い合ったお前はもういない。
お前があの日、スライムを狩りにいかなかったら。多分俺が死んでいたんだ。
だから、ごめん。
ポーチに結晶を押し込め、男は剣を腰にさげなおす。踵を返した男の背中が霧の中へと消えていく。その姿は、とても小さく惨めに見えた。
途中まで読んでくださった方も最後まで読んでくださった方もありがとうございました!私の読み返して見た客観的意見は、長いなぁです。なろうでこの長さは読んで貰えないし、スマホの方も絶対見にくいですよね。会話文を一杯入れたら多少は見やすくなるんだろうけど、うーん。内容が面白くないのは練習量増やせばなんとかなると思いたいなぁ(希望的観測)三人称は感情を上手く伝えられないし、ファンタジーで書くならやはり一人称が良いのか悩み所さんです。