第七話 宝石戦争裁定協会
第七話。短めです。
影が正午より少し伸びていた。日差しも日に日に強くなり、その日は制服の上着を脱がないと暑いくらいだった。山の反対側とは裏腹に、道路の路面もヒビが入っていたり、標識に苔が生えていたりと、あたかもこの先に人の気が無いことを示唆しているかのようだった。
宅地の入り口へ近づいても、人の営みなんてものは無かった。黒髪の少年は、制服の上着を腕にかけ、その景色に驚くことも無く、ただそれが当たり前のように歩いていた。
「こんなに家が建っているのに、人の息1つも聞こえないとは。」
と、姿の見えない少女は、少年に話しかける。
「おれが小学生だったころからこうだったよ。」
少年は答えた。
「こんなところに住んでいたらユーキも不便だろう。そんなに、残る魅力が有ったのか?」
少女はユーキという少年に言った。
「おれだってどうしてここに残っているかは知らないよ。魅力も、あるとすれば土地代が安いぐらいかな。」
と優希は答えた。
人の手が掛かっていない塀が立ち並ぶ中、一軒だけ、小綺麗な家があった。それは優希の家だった。鍵を開けて、部屋へ入る。優希の母親が帰った形跡は無かった。
屋内に入ると、少女が姿を表した。猫科の耳と、白い髪と肌に水色の服を纏っていた。
優希は少女と分担して、荷造りを始めた。その内容は、家出をするような、現実的な量で、実用的であり、尚且、最低限のものだった。
少女が2階を、優希が1階の荷物を集めていると、コンコンと、扉を叩く音が鳴った。優希はなぜインターホンを鳴らさなかったのか、不思議に思いながらも、扉を開き、
「どちら様ですか?」と訊ねた。
「どうもこんにちは! 私、宝石戦争裁定協会直属の従者のオーディンと申します。」
と、赤い髪をした少女が、見事な営業スマイルと明るい声で言った。
「宝石戦争裁定...協会?」
「はい! 宝石戦争裁定協会でございます! 私達は宝石戦争の管理、並びに民間人への被害の収縮に務めております。」
「今日、死体を2人分見ても、被害の収縮に務めていると」
優希は皮肉混じりに言った。
「あなたの仰る通り、今日も痛ましい事件が幾つかありました。ですが、召喚士を殺すというのは立派な宝石戦争の戦術上、抑制する義務は私達にはありません。あくまでも、宝石戦争自体を知らない民間人への被害の縮小に務めているだけです。」
「と、言うことはおれが殺されても誰も何も文句は言えないと?」
「ええ。宝石戦争というものはそういうものです。ですので、命を狙われているとも、選ばれたとも言える宝石持ちの召喚者へと、私達は回って、大きく2点の事についてお話しております。」
とオーディンは言った。続けて、
「まず第一に、召喚者の保護についてです。宝石戦争を望まぬ召喚者も多々いらっしゃるのは確かです。それを無理矢理にでも戦わせるのはナンセンスでございます。そのため、私達は召喚者を保護するということを行っております。現在7つのうち、1つの宝石は私達の宝石戦争裁定協会にて預かっております。」
「こちらが宝石戦争裁定協会への地図です。」とオーディンは優希にはがきを一枚渡した。そして、
「2つ目に、宝石を7つ揃えた場合、特殊な儀式を行う必要があります。ですが、それは目立つなどと言った事由から、復讐にも繋がり、命を落とす者も過去には居りました。なので、その儀式の御膳立を我々宝石戦争裁定協会にて行うことにいたしました。そのため、残りの宝石が揃った場合も、こちらの宝石戦争裁定協会へとお越し下さい。」
とオーディンは言い、「では私はこの辺で」と、どこかへ消えていった。
「誰と話していたんだ」と後ろから少女の声がかかる。
「宝石戦争裁定協会ってとこの従者だ。」
と優希は答えた。
「宝石戦争裁定協会? そんなもの聞いたこと無い。」
「おれだって今知った。年々宝石戦争を改良していってるのかな。」
と優希は言った。
「さぁな」と少女は相槌を打ち、
「荷物、纏まったぞ」と言った。
優希はその荷物を隣の家から借りた荷台に積み、再び琴音の家へと向かって行った。