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泡沫戦争メモワール  作者: ハル
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第六話 木に囲まれた家で

第六話。一応プロット上では完結しています。


優希はフェンリルを背負って学校を抜け出し、琴音の家へと向かった。気休め程度の身隠しとして、フェンリルには制服の上着を羽織らせている。フェンリルの体温は背中で感じていても、彼女の手足の力は抜けきっていた。優希は宝石戦争が、冗談抜きでシャレにならない争いであることを。


優希は学校から逃げた。と言ったほうが齟齬がない。竹垣が狙撃され、一瞬で死体に成り果てたこと。優希はもし"次の一撃が有ったなら"と思うと、視点が一つに定まらないほど、正気を保てなかった。


晴天の帰り道。人気のない道を優希は歩いていた。車通りが全く無いことが、綺麗に舗装された山道をより一層寂しくさせた。優希は座れそうな場所を見つける度、フェンリルを降ろし、少し休憩を取ってはまたフェンリルを背負って、道を進んでいった。

琴音の家へと続く道へ曲がるときには、フェンリルは優希の背中で眠っていた。優希の肩を枕にして、静かな寝息を立てながら、日が照っている中に。優希は木の板を地面に埋め込んでできた階段を登る。次第に足取りは重くなっていき、一歩進むのにも多少の時間を要するようになっていた。けれども、琴音の家の屋根が目に映り、あと少し、もう一息と呟きいて、自分を激励しながら何とか登りきった。


縁側の透明の引き戸を開け、縁側にフェンリルを寝かせた。制服の上着を体に被せ、優希自身も縁側に腰を下ろし、休憩する。

「ゆーうきっ」

少女の甘い声が優希の耳へ届き、彼の背中に、人の琴音の熱が伝わる。優希も思春期の男子である。だから、背中から甘い香りと、柔らかい体温。そして何よりも、慎ましくもあるけども、少し膨らんだ女子の胸の感触を前には、平生を保つのも簡単ではなかった。

「ねぇ?聞いてる?」

琴音は思考がNowLoadingな優希の体を揺さぶる。

「何?」と優希は琴音の腕を振り払い、顔と体を後ろに向ける。琴音は呆気にとられ、琴音の背にあった襖に、琴音は寄りかかるような体勢になる。顔が微かに赤くなっていたのを不思議に思い、優希が顔を寄せると琴音は目線をそらし、林檎のように頬は紅くなっていた。

「......別に......、何でもない」

小さな声で琴音は言った。優希は訝しげな、けれどもどこか好奇心の帯びた顔をして、

「なんか食ったのか? いつもと違って変だぞ?」

琴音は下を向き、紅潮した顔を隠しきれず、体を震えさせ、縮こまっていた。

優希は琴音から顔を遠ざけ、頭にはてなが浮かんだような顔をして、玄関から台所へと行ってしまった。


木々の新緑が風で揺さぶられる音だけが響く縁側で、琴音は優希が過ぎ去ってから十分たったと確認し、琴音は彼女自身の手を、自分の胸に当てた。心臓の振動が洋服越しにもわかるぐらい、手に伝わってくる。この心音が優希に聞こえていたのではないかと、琴音は不安に駆られた。そんなはずは無いと彼女は首を振り、不安定な心を断ち切ろうとする。琴音は、スカートのポケットの中から、テニスボールを取り出す。思い浮かぶのは、あの夜に優希が打ったこのボールが彼女を守ってくれたことだった。ふと、顔に手を当てると、自分の体温が熱く、頬が真っ赤になっていたことを彼女は自覚した。

「変じゃ...ないもん...。」

弱々しい声で琴音は呟いた。それは、指一本で崩れそうな威勢だった。

紅潮した頬を隠せずにいた少女は、優希に向ける思いが、今まで幼馴染だった友情、信頼が恋情の2文字に置き換わったことに気がついた。彼女は、少し荒くなった息を整えようとした。これからどうしようかと考えながら。



「琴音のやつまた食器洗いほっぽらかしてやがる。」

優希は、台所の流しの中に積まれた食器を見て言った。やれやれと息を吐き、スポンジを手に取り、食器を洗い始めた。せめて水に浸しておけと数年前に行ってから、幸いにもそのまま放置というまでいくことは減ったけれども、いつになったら自分の食器を片付けられるようになるのかと考え、先を思いやられていた。その顔は、子持ちの母のような顔だった。

食器を洗い終え、冷蔵庫を覗くと、調理しないと食べられないものだけが、きれいに残っていた。逆に言えば、ふりかけとかが著しく減っていた。炊いてラップにくるんで冷蔵していたお米も綺麗サッパリ。流しに入っていた炊飯器の内釜の様子から、前炊いた以来、米すら炊いてそうになかった。

優希は呆れた顔をしていた。女が料理をし、男が稼ぎに出る。という古典的な考えをこじつける気は無いものの、果たして嫁に行った彼女が旦那にどう思われるのかと。でもきっと、彼氏でもできたらそっちの方にも興味が出るだろうと、優希は米を研ぎ始める。数回水を入れ替え、一旦水を所定の場所まで張り、洗った米の入った内釜を放置し、優希は洗面所へと向かった。

数日間洗濯されていない服を見て、おれはあいつの家政夫かと自分の心へ突っ込んだ。洗濯機へ溜まった服を投げ入れ、洗剤と柔軟剤を注ぎ、洗濯機の蓋を閉め、電源を入れる。少し干す手間と畳む手間があるだけなのに、どうしてこうもやらないのかと、思い悩む。それとは別に、優希は琴音の洗濯を行ったせいで、彼女の発育具合だとか、パンツの色とか、性的な面でも頭を抱えた。いくら優希でも思春期なのだから、同い年の女子の下着を見る、触る。ましてや自らの手で干すだなんて抵抗が取れる気がしなかった。

家事を行うこと自体、優希は幼い頃から行っていたから、特に抵抗だとかは無かったし、今そういったことを止めた後の琴音のことを考えると、止める方の抵抗が強かった。だからか、優希は何気なく、家事をこなしている。当たり前の事のように。

「貴方は私の主の家政夫でもやってらっしゃるのですか?」

この声はオリヴィエの声だった。突然の声に優希は一瞬驚いた。

「家政夫か...。あながち間違っては居ないけど、いつかは自立して欲しいかな。」

と優希は言った。それは、一歩退いて見守る立場に居るような人の言葉のように聞こえた。

「つまり、今は家政夫みたいなもので間違いは無いんですね?」

オリヴィエは何かを考えたような口調で言った。

「うん。まぁね?」

と、優希は答えた。

「あの、申し訳ないんですが、」

と言ってオリヴィエは男ものの衣服を取り出して、

「これも洗って頂けないでしょうか? 僅かに遅かった気もしなくもありませんが。」

優希はオリヴィエの衣服を受け取り、

「あいよ。そんな頼まれ方したら、断るのも気が引ける。」

と言い。洗濯機を一時停止し、オリヴィエの衣服も洗濯機へと入れた。いつ手に入れたんだ?こんな服。と優希は少し考えた。オリヴィエは明るい顔をして。

「ありがとうございます」

と礼を言った。

「いいよ。そこまで言わなくても。」

優希は照れくさくも、そう言った。

「いえいえ、流石は宝石を手にするに値した主です。」

落ち着いた口調でオリヴィエは言った。

優希は少し不思議そうな顔をして、

「見てたのか?」

と訊いた。

「いいえ。その左人差し指にある指輪ですぐに分かりますよ」

とオリヴィエは答えた。さらに、

「まぁ、御三方の戦闘も拝見していないわけではないですが。」

と言い加えた。優希は少し間を開け、重い口調で、

「見てたんだな。しっかり。」

と言った。オリヴィエは

「ええ。卑怯とも言われそうですがご容赦を。」

と表情は変えずとも、しっかりとした口調で言った。


何かが鉄板で焼ける音と、鉄板を擦り合わせる音がキッチンに響く。

中華鍋の中には、米にナルトに細かく焼き砕かれた卵。そして挽肉が入っていた。

優希は中華鍋の中ををヘラでかき混ぜている。彼はチャーハンを作っていた。

米が炊ける頃にはとっくにお昼時だった。

住居内の人を呼ぶと、最初にオリヴィエ、次に少し時間が経ってから琴音が来た。

琴音の様子はさっきから変わらずどこか変に優希は感じた。

「いただきます......。」

琴音は小さな声で言ってからレンゲを手に取り、チャーハンを食べ始めた。

オリヴィエは満面の笑みを発し

「この国にもこんな美味しいものが有ったとは」

と呟いた。

「寄せ集めでちゃちゃっとやっただけどね。」

と、優希は謙遜した。

「っていうか昨日までオリヴィエは何食べてたんだ?」

と優希が言うと、オリヴィエは顎に手を当て、

「最初はお米でしたが、昨日は一日携帯食料みたいなものでしたね。」

と答えた。優希はそれが非常食のカロリー○イトだと察した。

優希は器にチャーハンを盛り、フェンリルのところへと持っていった。

「フェンリル、まだ厳しいか?」

と優希は聞いた。フェンリルはムクリと起きた。その顔は寝起きの悪い少女そのものだった。

「...食べる」

とフェンリルは弱い声で言った。

「はいよ。一人で食べれるか?」

と言い。優希はチャーハンの乗った器をフェンリルに丁寧に渡した。

フェンリルはゆっくりとレンゲを手に取り、ゆっくりと口元へ運んでいった。

「怪我はどうだ?」

と優希は訊ねた。フェンリルはゆっくりとチャーハンを咀嚼し、飲み込んでから、

「動けなくはない。今日中の戦闘は避けたいが。」

と答えた。優希は「そうか」と答えた。優希は台所へ戻り、自分の分のチャーハンをよそって、フェンリルが居る縁側に座り、優希もチャーハンを食べ始めた。

「痛みが引いてから考えていたんだ。」

フェンリルは言った。

「何を?」と優希は返した。

「今後についてだ。まずは今日の狙撃手だ。」

「ああ、あれか。」と優希は相槌を打つ。

「あの狙撃手。只者じゃないはずだ。威力も、射程距離も、そして扱う人の腕も。きっと、あれの契約主である人もきっとこの戦争のやり方を、熟知している。」

「そうか?」と優希は不思議そうに言う。

「ああ。相手に必ず勝てるやり方を知っている。半ばタケガキがリリスに結界を張らせた理由はそれだと思う。あの結界のミソは、中で戦いやすくするのではなく、外からの防衛が主だったのだろう。外周にできていた膜は、宝石魔術に依るものだ。...まぁ、そのおかげで簡単に撃破できたのだが。」

とフェンリルは言った。

「あの遠距離狙撃は怖い。けど、近付いたら勝てるんじゃないか?」

と優希は訊いた。フェンリルは

「優希は、自らの手で人を殺そうと考えられるか?」

突拍子もない質問返しに、優希は「え?」と言葉を詰まらせた。

「遠い記憶だが、遠距離狙撃と近中距離射撃をこなすバケモノが居たんだ。名前は確か...アールネだったはずだ。」

「それが、さっきの質問と何の関係があるんだ?」

優希は訊いた。

「私、いや、私達はそいつを倒すために3人ががりで攻撃した。その中にはオリヴィエも居た。けれども、敵いやしなかった...。だから、私の前の主は、そいつの主を銃で殺した。3人で引き離してだ。きっと、そうでもしないと、倒せないと思う。」

フェンリルはうつむいた顔で言った。

「とりあえず今はそいつじゃないと祈るしか無いな。後は狙撃に気をつけるしか。」

と優希が言うと、フェンリルは「それに関してだが、」と言い、

「優希、手を出せ」

優希が少し不思議そうに手を出すと、フェンリルは彼女の手で優希の手をかざした。

「よし...と。」

フェンリルがかざした手を離すと、優希のさっきまで有った指輪が無くなった。けれど不思議なことに、優希の手には、指輪が付いている感覚が有った。

「これは?」

と優希はフェンリルに訊いた。

「指輪を、視覚上と、魔力上の面で消した。」

「でも、使いたいときはどうすればいいんだ?」と優希はフェンリルの答えに対して返した。

「その時は普通に使えばいい。ただ、その代りに、姿は現されるがな。けれど宝石魔術を主だった場合は1日1回が限度だ。私も基本姿は隠しているから。そう簡単には撃たれないはずだ。」

「そういうもんなのか?」と優希は言うと、

「ああ。狙撃手(あいつら)は無駄玉を撃つことを好まないしな。」

とフェンリルは答えた。

「そうか。」と優希は相槌を打った。


優希は一旦家に戻ることにした。何しろ学校帰りだし、それに彼自身が住む街は、半ばゴーストタウンと化していたからだ。その理由は今後語るとして、優希は安全上から、琴音の家に一旦住むことを決めた。もともと優希の部屋は有ったし、見晴らしがあり、オリヴィエ居る観点からも、優希は移住のほうが安全だと感じたからだ。

彼は、最低限の生活物品を取りにフェンリルと一旦家路についた。



次回ぐらいまでは戦闘は無いです。

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