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泡沫戦争メモワール  作者: ハル
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第二話 戦いの蠢き


__「私の名はフェンリル。主の願いを受け、ここに参上した」


目線を上げると、水色の髪をしていて、猫のような耳とふわっとした尻尾の生えた少女が、おれとリリスの間に立っていた。二人が睨み合うのもつかの間、フェンリルはリリスへ飛びついた。フェンリルが展開した2対の剣がリリスに絡みつく。しかし、リリスも(シールド)や杖で防いでいる。

「__瞬間移動(テレポート)

リリスのその言葉とともに、リリスと竹垣が真正面の家の屋根へとワープする。フェンリルは氷柱のような棘を帯びた氷を生成、5,6本の棘をリリスへ向けて飛ばす。リリスは竹垣を抱え、正面の家の向こうへと飛び降りた。フェンリルもそれを追いかけんと、塀の上を走って追う。

(ぐっ......)

体の至る所の傷が、悲鳴を上げる。体の状態は立つのが精一杯だった。息を一つ吸う度に痛みがこみ上げる。安全なところへ避難しなきゃ、とか、フェンリルはどうなっているんだ、とかは二の次だった。壁に手を押し付け、体のバランスを取る。リリスの魔術におれの血に苛まれ、ここの家のガレージは血と削られたコンクリートでぐちゃぐちゃになっていた。ごめんなさい。ここの家の住人。おれはそう心に呟き、ガレージから一歩一歩ゆっくりと、足を引きずりながら外へと歩いた。もう日は沈んでいて、街灯が虚ろに道路を照らしていた。さっきみたいに何かが打ち合うような音は聞こえなかった。

「敵は追い払ってきた」

目の前にフェンリルの姿が現れた。「そうか、ありがとう。」とおれは答えた。

「当然のことをしただけだ。じゃあ改めて、って何だその形相は!」

フェンリルがおれの傷と血に塗れた姿を見て驚いたようだ。

「兎に角、歩けるか?......いや、脹脛からも血が流れている。とりあえず私がおぶっていく。乗れ」

こんな自分よりも背の低く華奢な少女に、幾ら傷を負ったとはいえ、おんぶしてもらう気にはならなかった、だから「いや、歩けるし大丈夫だ」とおれは答えた。

「その体で大丈夫な訳がない。たとえ拒否されようが無理矢理にでも私の背中に乗ってもらう。」

その言葉から、どうやら折れてくれそうは無かった。結局おれはフェンリルに背負ってもらうことになった。

「で、どこの方へ行く」

フェンリルはおれにそう訊く。一旦傷の手当もしたい。おれは「あっちの方へ」と、自宅の方に指差した。

「わかった。しっかりと掴まっていていてくれ」

すると、勢い良く、フェンリルは塀に屋根に飛び乗り、完全な『最短距離』でおれの家の方角へと向かっていく。背中におれが乗っているのが嘘のような、人間離れした身のこなしで。さっきの戦闘姿や、今のような軽快な動きからは想像もできないが、フェンリルも確かに少女で、その証拠に、髪や体からは、女子特有のあの甘い香りがしていた。けれども、そんな邪道な考えが浮かぶと、傷の痛みが喝を入れる。今日の風呂がとても憂鬱に、いや、こんな有様で風呂になんか入れるのか?という疑問まで浮かんだ。

山を出てからは家までの道のりがそう遠くないように三分も経たないうちに、家の玄関へ到着した。

「もうここからは大丈夫」と、言ってフェンリルの背中から降りた。そして、

「さっきは助けてくれてありがとう。おれは藍原優希。......情けない()かもしれないけど、よろしく」と言って、手を差し出した。

「ああ、よろしくな、ユーキ」

フェンリルはおれの手を握り、握手を交わした。

「ここがおれの家だ。ちょっと散らかっているかもしれないけど、まぁ入ってくれ」

そう言っておれは自宅の玄関の扉を開いた。家の中へと入ると、玄関から続く廊下に、部屋から顔を出している人が居た。

「あ、おじゃましてまーす」

声も顔も琴音だった。

「どうやって入ってきたんだ」

おれは琴音の居る部屋の襖を開けた。

「いやー。夜なのに何も返事が無くて優希の家に鍵が空いてたモノだったからつい......あ」

その「あ」の声が発せられたとき、部屋の奥に居たオリヴィエに気付いた。オリヴィエはフェンリルと目を合わせていた。

「ユーキ、下がれ。」

氷のブレードを生成したフェンリルがオリヴィエを睨む。

「下がっていてください。」

オリヴィエもそう言い、右手に剣を持ち、左腕で琴音を守るように、腕を伸ばす。

「待った。フェンリル、オリヴィエと琴音は敵じゃない。」

フェンリルの肩に手を置き、止めようとした。

「オリヴィエ、大丈夫よ。この人は殺してこない」

琴音もそう言ってオリヴィエを止めにかかった。

「いや、しかし......」

フェンリルは不服そうにオリヴィエを睨み続けた。

「剣を降ろしましょうフェンリル。私達も宝石など持っていません。ここでの争いは、宝石所持者の得になってしまします。それに、主同士がやめろと言うなら尚の事です。」

オリヴィエは剣を仕舞った。けれども、オリヴィエの右手は鞘に収めてある剣の取っ手を掴んでいる。フェンリルが剣を降ろすまではしっかり警戒しておく。ということだ。

「フェンリル。剣を構えなくても大丈夫だ。」

おれは改めて言った。オリヴィエの言う通り、おれたちが争っても何も生まれない。それに、おれは琴音と対立するなんて、勝っても負けても良いことが無いと目に見えている。

「......わかった。(ユーキ)の言葉なら仕方がない。」

そうしてフェンリルは剣を消滅させた。

「そういえば優希、傷は......。って何箇所怪我したのよ!?」

琴音も血で滲んだ制服を心配したようだった。

「さっき竹垣の従者に攻撃されてこれがむっちゃ痛......くない?」

そういえばさっきまで迸っていた痛みが無い。不思議に思い、制服を腕まくりすると、傷跡だけが残っていて、傷口は塞がってた。

「ほう。恐らくそのフェンリルが何らかの治癒術を撃ったんじゃないかと。」

オリヴィエはそう推測したが、

「いや、私は私自身の自然回復能力が有っても、他者を回復させられる能力は無い。」

フェンリルの一言で否定された。

「じゃあ、そのフェンリル?って子の能力が何らかによって優希に転移したってことでしょ?多分。」

「さぁな」

琴音の推測がもっともらしいと思えた。まぁ、ここんとこは遠ねえに要相談だろう。


『ぐ~』

先の言葉から僅かの沈黙を破る音が、フェンリルの方から聞こえた。フェンリルの方を見ると、

「違う、これは違うんだ。けっして......」

フェンリルの恥ずかしがり方は生娘のようだった。漫画でかぁぁっっていう字幕が出るに相応しい。そんな顔の赤らめ方をして、目線を明後日の方向に向けていた。

「ま、とりあえず飯にしよう。おれも散々追っかけられて腹がペコペコだし。」

と、おれは手をパンと叩いた。

「わ~い。今日の晩御飯なに~?」

体が溶けたように琴音が返事をする。「うどん」と答えると、ブーイングをされた。勘弁してくれ、こちとら散々追い掛け回されて疲れてんだ。

しっかし母さんはどこへ行ったんだ。台所に行く前に、母さんの部屋を寄り道したが、誰も居なかった。今日は早番なのか?と思いつつ、炊飯器や電子レンジ、オーブントースターが置かれているラックから、うどんを取り出す。<讃岐うどん細め、湯で時間5分>乾麺だ。片手鍋を取り出し、水を入れる。オール電化とか言われている時代だが、家はまだガスコンロだ。カチッっと音が鳴り、火が点く。お湯が湧くまでにネギとめんつゆを、と思ったとき、ダイニングキッチンのドアにより掛かるように、フェンリルが立っていたのが、目に留まる。

「どうした?別に向こうで座って待ってても良いんだぞ?」

「主の傍で直接護るのが従者と言うものだろう。」

「流石に、こんな時間、こんな場所に襲ってくるわけなんか無いだろ?それに、こっちにはフェンリルもオリヴィエも居るんだし」

カンカンとまな板に包丁が打ち付けられる音が響く。そして、ネギが切られる音が、密かに走る。

「ユーキはもう少し危機感を抱いたほうが良い。それに、オリヴィエが我々と協力関係なんて話、どこにある」

「ま、確かにな。そうフェンリルが思うならそれでも良い。あ、苦手なモンとかあるか?」

「それは、私の見た目が人と獣のハーフだからとかいう理由で言っているのか?」

「いや、人でも苦手な食べ物の一つや二つはあるだろ?確かに、フェンリルは見た目が見た目だから、そういうものもあってもおかしくは無いけど。」

「......じゃあ、熱すぎるものと、冷たすぎるものはやめてくれ。」

「お安い御用だ」


パラパラと、うどんを熱湯の入った鍋に入れる。やれやれ、一気に四人か。こりゃ湯切りはさぞうどんの質量がすごいだろう。

「そういえば、先の戦闘だが、実は邪魔が入った。」

おれは、菜箸の水滴を鍋の端に、菜箸を当て、落としたのち、

「どんな奴だった?」

と聞いた。フェンリルは目を伏せ、

「いや、顔を合わせる前に抜けてきた。ある意味、追い出されたのは私だ。」

「リリスは逃げなかったのか?あいつ近接戦とか向いてなさそうだけど、」

「あいつには逃げる足が無かっただろう。主の傍で戦っていたのだから。それに、あいつより私のほうが耳や鼻や目は優れているはずだ。あいつはあの時感づいていなかった。」

「そうか。つまり、」

「この辺りに召喚士が居るってことだ。心当たりとかはあるか?」

心当たり......。はっ、遠ねえがそういえば宝石戦争を仄めかしていた。まさか、いや、間違いない。

「あることはある。ただ、その召喚士も、琴音みたいに、おれを取って食うような人だとは思えない。」

その言葉を聞いて、フェンリルは呆れたかのようにため息をつく。

「悠長だな。全く。宝石戦争ってのは敵味方なんか無い。いつになったらわかるんだ?」

「さぁな。おれだって、存在を今日知っただけで、深くは何も知らないんだし。ただ、表立ってやらない限りは、知り合い同士で戦うなんて、普通考えられないだろ。あと、フェンリル、」

「なんだ?」

「琴音とオリヴィエと手を組みたい。今何が起こっているのか、おれと琴音にはわからないし、そんな中一人で居るのは危険だろ?あと、今日、学校に行ったら、リリスとその主の竹垣が学校に何か細工していたのがわかった。」

「なら近づかないのが得策だろう。学校とかいうのはよく知らんが、敵が張った罠に、わざわざ突っ込んでやる必要は無い。」

「それは一理ある。けど、それだと竹垣(あいつ)の手のひらの上からは抜けられない。それに学校ってのはどんな人か関係なく、学を受けられるべきであるはずだ。今、クラスで召喚士に選ばれているのはおれと、琴音と竹垣。ひとクラスでこんなに居るんだ。他のクラスを包めたら、もっと居たっておかしくは無い。」

「だからと言って、一人で抱え込む問題など無かろう。そもそも、タケガキとリリスの動きは『待ち』の動きだ。誰かがテリトリーに入ってくるのを待っている。要は宝石戦争の勝利条件上、その罠に入らざるを得ない状況を握っているのはほぼ確かだ。そうでもない限り、固定テリトリーに入れる意味は無い。」

丁度時計を見ると、五分経っていた。おれは「続きはとりあえず、後にしよう」と言い、うどんをザルに入れ、水を通し、水切りをした。そして、丼ぶりを四杯出し、めんつゆを少し入れ、水で薄める。そして、うどんを一人分、丼ぶりへと投入する。仕上げにネギとしょうがを少し乗せれば、かけうどんの完成だ。

「フェンリル、ちょっと手伝えるか?」と言うと、フェンリルは小さく頷いた。一人二人分の丼ぶりを、隣の居間に運んだ。和室には四角い机と、部屋の角にはテレビが一台ある。

「おまたせ」

「またうどんか......」

「仕方ないだろ?ドタバタして食材も買えてなかったんだし。」

「まー良いけどさ」

おれは指の隙間に刺した箸を並べた。

「それじゃ、いただきます」

琴音が我先にとうどんをすすり出す。

「どうぞ、」

と言い。おれも合掌をして、うどんをすすり始めた。オリヴィエは見た目通り海外の人っぽく、奇妙な箸の持ち方をしていた。一方で、フェンリルは、日本人の遜色ない箸の持ち方で、うどんを啜っていた。

「テレビつけていい?」

「どーぞ」と言うと、琴音は机の下からリモコンを取り出し、テレビの電源を入れた。映ったのは、崩壊した鉄橋だった。

<鉄橋崩壊。爆破テロか>と、ニュースの見出しに書かれていた。テロップには、八王子多発殺人事件との関連性とも映し出された。

「状況は思ったより深刻なようだな」

「......そうみたいだな」

多発殺人事件。鉄橋爆破。どちらも宝石戦争の応酬なのだろう。直感がそう指し示している。

「って言っても私らも、殆ど幽閉させられてるから、似たようなものでしょ。」

「学校の件か?」

「そうよ。ね、オリヴィエ?」

「ええ。学校からは、大規模な反応があります故。危険地帯と見て差し替えないでしょう。」

「犯人は竹垣でしょ?優希」

「そうだよ。あいつの口から直接聞いた。」

「そうなると厄介だねー。街へ安全に出られる道なんて、学校前の道路だけだし。常に見張られたら、堪ったもんじゃないわ」

「全くだ。」とおれは答える。琴音は既に、うどんを食べ終わったようだ。

「でさ、提案なんだけどさ、私達で同盟結ばない?竹垣の件もだし、私達一人ひとりで居るよりかは、二人纏まった方が良いでしょ。」

「おれは賛成だけど、オリヴィエとかは納得させられたのか?」

「協力することには賛成です。ただ、」

「宝石をどっちが持つか、だろ?」

フェンリルが口を挟む。

「ええ、その通りです。恐らくリリスとその()は宝石を持っています。少なくとも1つは。」

「ま、宝石持ちって判れば嫌でも狙われるからな」

「あのさ、」

今度は琴音が口を挟んだ。

「そもそも宝石戦争って何なの?」

「......簡単だ。召喚士が現れるエリアに七つの宝石が散りばめられる。それを集めればなんでも願いが叶う。らしい。」

「まるで現代版ドラゴン○ールね。」

その言い方やめろって、著作権的に。

「宝石戦争の勝者は一組の主と従者だけです。従者を失えば、召喚士は脱落、また、何らかの拍子で、主が死んだ場合も脱落となります。従者は二十分も経たないうちに消滅する上、主が死ぬとエナジー供給が無くなるので、戦闘能力を殆ど失います。」

「どっちか殺せば良いってことになるのね。」

「そういうことだ。」とフェンリルは答える。

「宝石持ち召喚士は、特定の指輪をはめています。」

「脱落したら宝石を持ってた場合は零れだすはずだ。ま、宝石をどっちが持つかは。そうだな......脱落の決定打を先に撃った方にする。でどうだ?」

「私は構いませんが」

「じゃ、決まりね。」

琴音が両手でパンっと叩いて言った。

「で、明日はどうすんだ?おれは学校行く予定だけど。」

「そうね......。」

「私の主を危険地帯連れていくわけには行きません」

「だよねー」

結局、学校の調査は自分で行わなくちゃいけなくなりそうだ。

「この点で言えばオリヴィエが正しい。敵のテリトリーに突っ込むなんて、幾ら偵察目的でも普通考えられん。それに、前情報が少ない。」

「ファーストペンギンに、あなた方がなってくださるのでしたら、こちらとしては本望なのですが。」と、オリヴィエが言う。こいつさっきからずっとスマイル顔を崩していない。

「ま、考え直すように言っとくさ。ファーストペンギンには他の組になってもらう。」

フェンリルもオリヴィエも、学校は相当な危険地帯と判断したようだ。でも、誰もやらないならおれがやるしか無い。




「じゃ、また明日」

そう言って、琴音はオリヴィエと一緒に、玄関を出ていった。玄関前まで見送り、家の中へと戻る。母さんが帰った形跡もない。母さんが仕事の話をしたことは滅多にないから、どこが職場で、繁忙期がいつなのかとかは、わからない。それに、母さんは仕事中電話に出ない。さっき一度電話をかけたが、返事は無かった。

とりあえず、食器を洗おう。そう思い、流しに立ち、食器を洗剤を使って、洗い流した。油ものじゃないから、十分も経たぬうちに、片が付いた。キッチンから出ると、フェンリルが真っ暗の廊下の壁に、蒼い目を光らせて、寄りかかっていた。

「お前、本当に明日学校という所に行くつもりか。」

「そうだ。」

そう言うと、目線を合わせたまま、沈黙が流れた。

「......流石に準備なしで行くわけじゃ無いぞ?」

そう言って、おれは父さんの部屋に入った。父さんは元自衛官の、戦場ジャーナリストだった。現在行方不明。けれど、父さんの顔なんて、直接は覚えていない。もう最後に会ったのは十年以上前と、母さんから聞いた。おれは、父さんの残した荷物を漁った。

「あったあった」

「何だ?ただの服じゃないか。」

「これは防弾チョッキって言って、鎧みたいなもんだ」

「こんな薄っぺらいものがか?」とフェンリルは言って、防弾チョッキを手にとって、曲げたり伸ばしたりしている。

「気休めかもしれないけど、明日からはYシャツの下にこれを着ていく。多少膨らむだろうけど、その上に制服を被せればごまかせる筈だ」

「......わかった。もうそこまで言うなら止めはしない。ただ、絶対に一人で危険な所へは、リリスとその主には近づくな。」

「勿論だ。」おれは即答した。

「あとは、フェンリルの寝床とかだな。確か布団が余っていたはず」

おれは二階の自分の部屋へと階段を登っていく。

「別に、同じ布団で寝れば良かろう」

「それはダメだ」

「なぜだ?一番合理的であろう。」

「兎に角、ダメなもんはダメだ。」

「全く......。この時代の少年は皆そうワガママなのか?」

おれは呆れてため息をついた。

「フェンリルだって耳や尻尾が生えていても女の子だろう?そんな安々と見ず知らずの男と寝るもんじゃない。」

「......何を言ってるんだかは分からないが、同じ布団でなくても、同じ部屋では寝てもらう。これだけはユーキが何と言おうが押し通す。」

やれやれ、この先がが思いやられる。まぁいいや、押入れ上段に二人分の布団がある。いつもはおれ一人の布団を敷いては、毎朝片付けている、いや、押し込んでいるが、暫くの間は出しっぱなしにしておこう。そうすれば押し入れにおれ一人せいぜい寝られるぐらいのスペースができるはずだ。

押し入れの布団から、部屋内へと振り返ると、フェンリルが窓から外を眺めていた。ゆっくりとした風が、彼女の髪をなびかせていた。すると、何かを察知したような顔をして、振り返った。

「誰かが、打ち合っている。多分さっき乱入してきた奴と、オリヴィエだ。」

冷静にフェンリルがそう伝えた。

「見えたのか?」おれはフェンリルに訊いた。

「いや、聞こえたんだ。多少距離は離れているけど、顔を見るぐらいはできる。」

そう言うと、フェンリルの体が消える。そんな能力あるのか!おれがそう思って驚いていると、フェンリルの体が再び見えだす。

「今みたいに、私は姿を消せる。顔ぐらいは安全に見られるはずだ。助太刀はできないだろうが。」

「なぁ、」

「何だ」

「琴音も居るのか?そこに。」

「コトネかどうかは分からないが、人の足音も二人分聞こえた。だから、多分居る。」

「なら、おれも行っちゃダメか?」

「馬鹿かお前は。」

「いや、流石に従者相手には攻撃しない。もし、主が、琴音を脅かすなら、、、」

「......わかった。だが、余り距離は詰められないし、手助けはできないだろう。でも、ユーキにも、相手の姿は見ておくべきだ。百聞は一見に如かずってことだ」

「そう。ありがと。」

おれは、部屋を見渡し、テニスラケットと、ボールを手に取る。合唱部を中二の夏に抜けた後、数合わせで硬式テニス部に居た頃があった。団体戦はブロック大会まで行った覚えがある。なんだかんだ、体が追いつくものは、人の真似をするのが人並み以上にできていた気がする。多少のブランクがあっても、多少は役に立つはずだ。

「屋根伝いに最短距離で行く。」

「分かった。案内頼む。」






「あらあら琴音ちゃん。こんな夜遅くに何処行ってたの?」

車がギリギリすれ違えるかぐらいの道路に、琴音の背後から、五メートルぐらいの距離を置いて、ライダースーツを纏った女性が、声を掛ける。

「......別に、私がどこへ行こうが関係無いじゃないですか。違います?」

「そう。暫く見ないうちに、より一層生意気になったものね。」

「遠野山さんこそ、わざわざ帰省してくるだなんて、下宿先近くに住んでいる男とでも別れて気まずくなったんですか?わざわざバイクも乗らないのにライダースーツなんか着て」

「ほぉんと、生意気な子」小声で遠野山は呟いた。彼女の身なりはライダースーツ体のライン。特にその豊満な胸のシルエットが、遠野山の背後の街灯と重なった影となり、映し出される。それに、バイクになる時は普通、ヘルメットを被る。だから、そんな頭の高い位置で、髪を結うなんてことはしないはずだ。それに、眼鏡も外してある。完全にカモフラージュか何かだ。その普段との容姿違いから、琴音は彼女が召喚士であることを察する。

「で、結局何の用ですか?」琴音は比較的大きな声で、遠野山へと言った。

「そうね......。じゃあまず、貴女、また優希くんの家に上がったの?」

「質問に質問で返さないでください。それに、私が優希の家へ上がるのに、何か問題でもありますか?」

「大アリよ。そんな溝鼠の子を優希くんに近づけたら、優希くんが汚れちゃうじゃない。」

「偏見で話さないでください。」

遠野山の軽蔑の声に、琴音は抗議と嫌悪の混じった目線で睨む。遠野山は、琴音と目線を合わせようとしない。そして、少しの沈黙のうち、遠野山の口が開いた。

「そうね、貴女からしたら偏見混じりかもしれないわね。自覚症状が無いだなんて、質の悪い子ったらありゃしないわ。そうね。質の悪い親の子だものね。ああ、声にしなくても良いわ。こんな事言われて、気分を悪くするのは当然なのだから。」

オリヴィエも言葉が癪に障ったようだ。その証拠に、彼の右腕は、彼の剣を握っている。

「でも、そんなことはどうでもいいのよ。正直、貴女がどんな生い立ちだろうと、私は気にしないわ。もっと初歩的なことよ。だって私は......」

遠野山の殺意の篭った声に、オリヴィエは「下がってください」と、琴音の前に立つ。

「だって私は.......


貴女の事が 大 嫌 い なのだから」


遠野山のその声とともに、彼女の背後から、鎌を持った赤髪の少年が現れる。

「ハーデス。あの少女を殺しなさい」遠野山はハーデスにそう指示する。

ハーデスは鎖の付いた鎌を持ち、琴音の前に立つオリヴィエへ走る。カチンと鎌と、剣がぶつかる音がする。

「了解。姉さんの言う通りにするよ」

オリヴィエを剣と鎌越しに睨みながら、幽かな笑みを浮かべ、返事をした。



<キャラ紹介>

・フェンリル ・・・・・・ ケモミミ尻尾の少女。年齢は優希と同じか若干上か。琴音と合わせてヒロインの一人です。氷魔術を合わせた近接戦が得意。


<宝石戦争(召喚士戦争)とは>

宝石戦争とは、7つの宝石を争い、召喚士+その召喚されたものによる争い。宝石を7個集まれば願いが叶うことから、己の望みを叶えるべく、多くの召喚士が参加する。

各回宝石戦争で、初期から宝石を持つことができるのは召喚成功先着7名である。今回は比較的人口の多い地区での開催となったので、広範囲に渡る被害が予測される。

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