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泡沫戦争メモワール  作者: ハル
1/18

第一話 淵源   

金髪の外国人男性がタバコを吹かしながら、ステンドグラスを見上げていた。それは、打算的で、冷ややかな顔をしていた。薄暗い部屋の中、彼の左手の人差し指にある、青の宝石が、かすかに輝いていた。

彼が煙をふぅーと吐いた時、後ろから、カン、カン、と高い足音が、ホールのように、広く、天井が高い部屋に響く。ステンドグラスから入った光が、赤く、長い髪の少女の顔を照らした。

「私は従者・オーディン。主の声に呼ばれ、参上しました。」

少女は、ブロンドの男性へと向かって言った。

ブロンドの男性はタバコを口から外し。煙をふぅーと抜いてから、

「ああ。待ってたよ。」

と言った。少し間が空いてから、

「安心したまえ。私達の勝利はこの宝石が確約している。君は私の任務を、忠実にこなせばいい。」

と、ブロンドの男性は言った。

ブロンドの男性も、赤髪の少女も表情は一切変えず。冷淡な空気の中に立っている。

「貴方のお力になれるよう。努力します。」

と、赤髪の少女は言った。ブロンドの男性は遠くを見ながら、

「......期待してるよ。」

と小さく言い。再びタバコを咥えた。






__『ピピピッピピピピッ!!ピピピピピピピピピピピピピピピピ!!』

朝か。目覚まし時計の針は7時半。いつも通り起きる時間だ。やれやれ、夜更かししようがしなかろうが、眠い時はいつだって眠い。顔を洗えば目が覚める?そんなもんはただの迷信だろう。親は夜勤で、まだ帰ってきていない。昨日炊いてあった炊飯器から、茶碗にご飯を入れ、冷蔵庫からふりかけを取り出し、冴えない体に米を無理矢理押し込む。ダイニングにテレビはなく、鳥の小さな鳴き声だけが耳へ流れる。急いでお米を流すこと約五分。米粒一つも残っていない茶碗をシンクに置き、シンク傍の二段型弁当箱を取り出し、米を弁当箱へよそう。そして、上段側の方の弁当箱にはレタスを敷いた後、冷凍庫から自然解凍タイプの冷凍食品を入れた。そして二段型の弁当箱をランチョンマットで包み、机に置いた。ここまで起床から10分。

次は隣の和室に駆け込み、制服とワイシャツを取り出し、寝間着から着替えた。そしてそこからトイレに走って用を足し、弁当をリュックに突っ込んで玄関から飛び出す。

「やれやれ、どうしてここの学校は自転車が使えないんだ。」

片道歩けば四十分はかかる道のりだ。学校と家の間には山が遮っている。始業時間は8時10分。小走りで学校へと掛けていく。朝練が有ったときなんかは6時だ6時。早すぎて目も当てられない。今は丁度通勤時間だからか、どこかへ歩く人や車がぽつぽつ見られる。そんなことは関係ない。今は兎に角走らなくては。山までどれくらい時間短縮が出来るかが勝負の分かれ目だって

「うわっ!?」

「あらあら優希君驚かせちゃったかしら。お詫びにおねーさんのバイクの後ろ、乗ってく?」

メガネを掛けている女の人は、近所に住んでいた遠野山さんだ。確か去年の春から市の大学に行っているはずだ。「乗せて下さい」と、答えると、バイク後部に設置してあるヘルメットを「被って」と遠野山さんはおれに渡した。

「なぁに、もっと深く捕まっててもいいのに」

「そういうピンクなことは彼氏に頼んでください」

「優希君私に彼氏いないこと知っててそう言ってる?それってセクハラよ?」

「それがセクハラならおれに要求していることもセクハラですよ」

「あーあー、久々に会ったらこんな子になってて、昔はもっと初々しくて可愛かったのに。おねーさんショックよ?」

「ショックも何も、おれだって中学三年になれば成長しますよ。もう今年受験ですよ受験」

「中三!?はぁ......歳取ったわね私......。あー、一年って短いようで長いのね。」

「結局下宿やめちゃったんですか?」

「そうよ」

「あんなにご両親が反対していたのに、ですか?」

「ちょっとね。事情があったのよ。おねーさんの事情が。知りたい?」

「そんなに誘ってきたら、おれだって知りたくなりますよ。」

「じゃあ、優希君が昔のようにこれからも接してくれるって言ったら教えてあげる」

「昔ってどのようにですか?」

「昔みたいな口調でー、私のことを『遠ねえ』って呼んでくれた時代かなー」

「かなり前じゃないですか」

「さぁ、どうする?」

「わかったよ。教えて、遠ねえ」

「ふふっ、ちょろいものね」

「うっせえ!」

「おねーさんはそっちの優希君が好きよ♡」

「それは遠ねえの事情だろ。で、勿体ぶんないで教えてくれよ。」

「はいはいわかったわ。驚かないでね?優希君おねーさんね、実は召喚士なの」

「はい?」

「なによその腑抜けた表情は。本当は驚いたり、パァッっと明るくなるところでしょ?」

「頭脳明晰な遠ねえがそんなこと言ったら誰でも呆れるよ」

「まぁそうよね......。」

「......で、じゃあ仮に遠ねえが召喚士だったとして、どうして下宿を急に辞める理由になるのよ。」

「そんなの簡単よ。危ないからよ。」

「危ないって、人目の少ないこっちの方が危ないんじゃないの?」

「逆よ逆。人が多いから危ないのよ」

「なんでよ?まさか、召喚士同士でドンパチでもすんのか?」

「当たり。これは戦争なのよ。戦争。」

「戦争?そんなこと、見たことも聞いたことも無いぞ?」

「そりゃーだって証拠不十分だもの。ただこの戦争はある規則性があるのよ。」

「どういう規則性だよ」

「100年毎、どこかの国の一地区で開かれるの。今回で七回目。」

「7回目ってことは700前からやっているのか?」

「そうよ。日本はまだ鎌倉時代ね。これは西洋から伝わって来たの。過去で最も大都市かつ、大規模に行われたのはイギリスのバーニンガムね。たしか2回ぐらい前のこと丁度産業があっちでは発達してきた頃ね。」

「イギリスのバーニンガム?」

「今のイギリスで二番目に大きい都市よ。」

「へー。そんな大っきな街でドンパチしたら死人とか出なかったのか?」

「そりゃ、出たわよ。何かに巻き込まれて死んだ人や、明らかに殺された人。ただ、どれも共通して凶器が見当たらなかったそうよ。もう魔女裁判なんかとっくに終わっているし。色んな人を泣き寝入りさせたみたいよ。アメリカの独立戦争も重なっていたみたいだし、さぞ世を混沌に落としただろうね......。」

「でも、そんなら前回の召喚士戦争で色々わかって来るんじゃないのか?」

「それが残念、前回の召喚士戦争は東南アジアだったそうよ。鮮明な記録も残っていなかったみたい。」

「そんでもって今回は八王子(ここ)ってことか。物騒になってきたなぁ」

「ま、別に優希君召喚士でも無いし、こんな辺境の東京(笑)じゃ、なにもされないよ。」

「それでも、これから原因不明の死体がちらほら報道されるとなったら、ゾクッとするよ。」

「ふーん。信じてくれるんだ。」

「100パーってわけじゃないけど、遠ねえがそこまで言うなら信じるよ。今日はエイプリルフールでもないし。」

「ふふっ、おねーさん。嬉しいよ。」

気がつけば下り坂になっていて、おれが通っている学校が見えた。

「さ、到着よ。」

「ありがと、遠ねえ」

「ふふっ、やっぱ可愛いわね~、優希君」

「うるさいなぁ~。それに学校前なんだし。」

「はいはい。わかってるって。あと、」

「?」

「今私が教えたこと、秘密にしてね」

「わかった。」と答えると、遠ねえのバイクはマフラーの音を鳴らし、おれの前から足早に去っていった。



__『ガラッ』、と扉を開ける。おれは机にリュックを置き、筆箱と一時間目の教科書とノートを取り出す。

「よう、藍原珍しく早えな」

「何だ、藤村。おまえ朝練も無いのにこんな早く来てるのかよ。はぁーッ、感心感心」

「別に朝練が無いって言っても水曜日だけだよ。毎日早く起きてると、癖で勝手に起きちゃうんだよ」

「そりゃあ、羨ましいなぁ。おれにも分けてくれよ」

「そうだなー。藍原の朝の弱さはヤベーから分けてやりたいわ。ところでよ、」

「何だ、そんな顔詰めて声小さくして。おれはノンケだぞ?」

「ちげーよ。さっきおまえ女の人の後ろ座ってただろ。アレ誰だったんだ?」

「あー、あれ。ってか藤村、オマエなかなか趣味悪いな。」

「見ちまったもんはしゃあねぇだろ?」

「ま、そうだな。」

「会話を止めるな。で、さっきの女の人は誰なんだ?あんなにスタイルのいい女の人のバイクの後ろに。おまえ裏切ったのか?」

「裏切ったも何も、ねぇ。ま、アレだ。」

「アレって何だよ」

そんなに噛み付くことかー、藤村。遠ねえなんてどこにでも居る大学生だろ。

「近所に住んでて昔からお世話になっている人だ。」

「それって、幼馴染ってやつか?」

「うーん。それとはちょっと違う。ま、母親みたいな姉さんみたいな。そんな人。」

「ハァー、良いよな。藍原は女に恵まれてて。」

「藤村散々裏切ったとか言っておきながら、『部活の女の子といい感じになった』って送ってくんじゃねーか」

「それはそれ、これはこれだよ」

「あー、朝からこればっかで疲れるわ。あ、いっけね、修学旅行承諾書今日までじゃん。行かなきゃ」

「おまえまだ出してなかったのか。今頃白澤キレれてんぞ?」

「そーかもな。あーめんどくせー」




__キーンコーンカーンコーン。始業時間だ。白澤が教卓に立っている。白澤は担任の先生だ。ただのオッサンで理科教師。去年の理科の先生は異動したし、授業がその先生に比べてつまらなかったから、あまり評判は良くない。

「あれ、榊さんが居ませんね。誰か事情を知っている人はいませんか?」

榊 琴音。幼馴染だ。学校へ行く道中の山の深くにある家で暮らしている。携帯の電波も、3G回線が通れば良いほうだ。

先生の問いかけを聞くと、辺りがそわそわしていた。おれは何のことだ?何か有ったのか?と考えだした。

「おい、藍原。いつも仲睦まじくしている榊はどうしているんだ?」

ニヤニヤしながら竹垣がこちらを見てくる。こいつはいつもそうだ。テニス部のエース。といえば聞こえは良いが、実際はただの女好きだ。主に被害者はテニス部の子が多い。

「知らねーよ。先生は何か連絡聞いてないんですか?」

「私も、学校も関知していない。もしかしたら追って連絡が来るかもしれない。深くは追求しないでおこう。」

そう言って、朝の学活が終わった。右隣に空いた席がぽつり。妙な寒気を感じた。





キーンコーンカーンコーン。午前の授業が終わった。弁当を取り出し、号令とともに食事を取り始める。基本的に席は移動なし。絵面では皆、黒板を見ながら飯を食うことになる。たまたま近くの席だった琴音は休みだし、前の男子はようわからんやつだし、で。結局一人瞑想に走る以外無かった。

そういえば窓際の席だったので、窓から外を見た。家から見える景色と違い、学校の最上階の教室からは、平らになった建物の輪郭が見えた。こんな長閑に過ぎるこの街に遠ねえが言ったような殺伐とした召喚士戦争なんてあるのだろうか。やっぱりバカバカしく思えてきた。琴音も昨日帰っているときには具合が悪そうに見えなかった。帰りに何か買ってお粥でも作ってやろうと思った。そういえば、白澤は気がつけば教卓から消えていた。食べかけのタッパが置いてあるのが見えた。先生も昼休みぐらいまともに取られればと思ったが、そうもいかないみたいだ。緊急の用事。まさか、そんなはずはあるまい。




キーンコーンカーンコーン。滞りなく、午後の授業が終わった。水曜日の放課後は、全学年共通で使われる部屋の掃除を行う日だ。おれのクラスは図書室の清掃。しかし、放課後の図書室に来ていたのはおれ一人だった。おれが生真面目過ぎるのだろうか。いや、班員が班員だからか?

「今週も来てくれてありがとねー、藍原くん」

いや、多分この先生が緩すぎるからだろう。おれはため息をひとつ零し、箒を手に取り、床を掃いた。掃く間に、今日の朝に聞いた召喚士の本を探した。

「あ」あった。ゴミをすぐさま集め、掃き掃除を終わらせた。

「ちょっと図書室に残っていてもいいですか?」

「うんいいよー」

図書室の佐藤先生は、あいかわらす覇気のない声だった。

『召喚士記録書』という本だった。全三巻らしい。第一巻は無かった。こんな胡散臭い本、借りる人が居たとは。おれも人の事は言えないが。

『前巻では略歴、事例、聖宝石の効力、被召喚体の概略についてを記しました。それでは今回は具体的な召喚士戦争、別名宝石戦争の参加方法について、また、召喚士としての心得から見ていきましょう』

奥付けを見ても、これは架空のモノですという文は無かった。ということは、実際に召喚士による戦争。宝石戦争はあり得るのか。いや、どうなのだろうか。次のページを捲ると

『召喚士、というのは従者を一人、或いは一匹召喚して初めて召喚士となれます。二人の従者を持つものも居ますが、召喚者のエネルギーの都合上とても稀であります。また、過去二人以上の従者を持ってして宝石戦争に勝ったものは一人もおりません。なので、如何にその召喚したものをうまく使うかで勝負が別れてきます(前巻より)。では復習はこれまでにして、従者の召喚方法について次頁より示しましょう』

「へぇ~、藍原くんオカルト信じるタイプ?」

うおっ、全く気が付かなかった。

「この目で見てみるまでは信じないですけど、聞いている分には面白いと思います。あ、あとこの本借りていっても良いですか?」

「いいよぉ~、このカードに名前と今日の日付、そして返す日を記入しといてね」

まっさらな貸出カード。そういえば掃除は週一でしていたけど、ここで本を借りるのは初だ。

「はい」

記入したカードを佐藤先生に提出した。

「はいよぉ~。おっけーおっけー」

「そういえば、これの一巻って貸出中ですか」

「そうだよ~。確か藍原くんと同じクラスだったはずだよ~。あんな本借りるような柄じゃない子だったんだけどね~」

まさか物好きが同じクラスにもう一人居るとは。

「まぁ、ありがとうございます。じゃあ、これで失礼します」

「はいよぉー」


ガタン。図書室の部屋の戸を閉め、廊下に出た。結構な時間を掃除と本探しに使ったらしい。今日は六時間目まで授業が有ったことも重なって、夕方前の、長い影が、廊下の至る所を寝そべっていた。教室に戻り、荷物を詰め、階段を下った。おれの教室の階は四階。四階と三階の踊り場から、また下ろうとした時、空いていないはずの屋上方向から、足音が聞こえた。その足音は甲高い足音だった。上履きじゃない。ヒールの音だ。足音は二人分。もう一人は上履きのようだ。

「怪しい事は有ったか?」

この妙に他人を見下しているような声は竹垣の声だ。あいつ今日部活サボってんのか?

「いいえ。この学校にはございませんわ」

その声は明らかに大人の女性の声だった。冷淡な声は身に寒気を走らせた。

「この学校には?なら、外に危険が潜んでいる。ということだな。」

「ええ。今日の朝に一人。召喚座に従者を仕舞って居るようですが、距離が近かったので魔力を検知できました。」

「それで、どんな奴だったんだ?」

「見た目は二十歳ぐらい。メガネを掛けていて学校西にある山の方から東の市街地へと向かって行きました。それと、ここの学校の生徒を連れていましたわよ」

「その連れの奴は男だったか?女だったか?」

「男でしたわ」

見られていたのか!全然気が付かなかった。どうやら遠ねえが言っていたこと。宝石戦争は確かに存在するようだ。それに、今もこうして水面下で動いているとは!体に巡り巡った寒気が一気に至る所から放出され。今この場に居るのがおかしくなりそうなくらいだった。逃げよう。ここに居たらマズイ。勘はそう指し示していた。そういえば今日琴音が欠席だった。まさか。いや、急いだほうが良い。

階段を走って下り、下駄箱で靴に履き替え、逃げるように学校から飛び出した。まずは琴音の家だ。まさか、死んでるとか無いよな。



「そうか。なるほど。他に、違和感は無かったか?」

「そうですね。その女性が下ってきた山の中から僅かな魔力を感じました。もしかしたら」

「居るかもな。魔力は僅かなんだろ?」

「ええ。観測した限りでは」

「なら、今から行こう」

「座標も決まっていないのに。無駄足になるのがオチですよ?」

「いや、導いてくれる人が居る。今俺らの話を盗み聞きしていた奴。わかるか?」

「ええ。私達の話を聞いて一直線に山の方へと向かいました」

「追いかけよう。俺らの話を聞いたお代を頂くとしよう」

「承知しました」






息切れをしながら、山の道を登り、立て札もなく、舗装もされていない道を横切った。土の緩い上り坂を駆け上ること三分。一つの木製の。古錆びた民家が見えてくる。あれが琴音の家だ。住んでいるのは彼女だけ。琴音の家の扉を威勢よく開いた。すると玄関に琴音が立っていた。ミドルヘアーの茶髪が西日に反射する。

「あ......」

眼と眼が合い。沈黙が走った。

「ごめんね。何も言わず休んで、心配した?」

おれは黙って頷いた。

「だよねー。ただ、」

玄関奥から足音が聞こえてくる

「どちら様です?こちらの方は」

顎が外れそうなくらいおれは驚いた。鎧を着た西洋の騎士が、ブロンドのイケメン騎士がどうして琴音の家に。

「ああ、この人は優希。私の小さい頃からの友達よ」

「左様でしたか。こんにちは優希。私昨日から()従属者(従者)こと、オリヴィエと申します。以後お見知りおきを」

「あ、はい。よろしくお願いします。」

満点とも言える美男子の笑顔だった。今日は色々とインプットに脳ミソが追いつかない。何だ?おれは平行世界にでも来てしまったのか?

「別にそんな固くなんなくてもいいのよ。わたしだって混乱しているのは一緒だし。こいつすっげーマトモそうだけど、『学校には絶対行くな』とか『学校へ行こうものなら俺が全力で止めろ』だとか、会って初日なのに酷く束縛するのよ。さっき優希が登ってきたときも、『敵かも知れない、隠れろ』とか。もーわけわからない居候だよ。」

さっきまでのオリヴィエのスマイルがグラグラと揺れている。強く生きろ。オリヴィエ。

「ね、敵じゃないことだってわかったんだし、部屋で休んでていいわよ。」

「しょ、承知しました」

少しショックを受けたような足取りで、オリヴィエは廊下の奥へ歩いていき、どこかの部屋に入っていった。

「やれやれ、変な人がやってきたものよ。」

オリヴィエのことを迷惑そうに琴音は呟いた。琴音も一般人だ。いきなり召喚士戦争に巻き込まれているんだから大変だろう。

「ま、でも学校に来なかったのは正解だったよ」

「え?何でよ」

「どうやら、八王子市内で戦争が起きているみたいなんだ。」

「え?戦争?ここは日本なのに?」

「日本だけど、起こっているんだ。その名も宝石戦争。一人の召喚士が七つの宝石を集めると、何か良いことが起きるらしい。」

「優希にしては面白い冗談ね。それで?」

「......学校の中にも召喚士が居るんだ。それも召喚士を探して見張っている。」

「それが何かわたしに関係するの?」

「メッチャ関係してるわ!琴音は召喚士に選ばれたんだ。その証拠にオリヴィエが居るだろ?」

「あーそういえば。あいつって召喚されたのか」

「そう。だから琴音が学校に行ったら狙われる。」

「うわー。物騒ねー。世の中。因みに学校に居る召喚士って、誰よ?」

「竹垣」

「竹垣!?あんな部の後輩引っ掛けている女ったらしが?」

「そう。今日たまたま聞いちゃったんだ。だから。おれからも、学校には来ない方が良い。」

「......そう。優希が言うなら、信じるわ。」

「勉強に関してはおれで良ければ教えるよ。自分のためにもなるし」

「そう。ありがと」

琴音は微笑んだ。琴音は内輪贔屓を抜いても可愛いと思っている。その笑顔で何人の男を勘違いさせたことか。恐ろしい恐ろしい。

「そういや、」昨日の夕方、琴音の家で作った夕食をちゃんと食べたか聞こうとした時、後ろから何か、殺意を帯びた何かを感じた。おれにじゃない。琴音に。

「危ない!」

「キャッ!」

おれは琴音を咄嗟に突き飛ばした。すると琴音がさっき居た場所を黒い球が通り、おれの右の二の腕をかすめていった。

「何するのよ急に......」

と琴音が言った後、彼女はおれの方を見て絶句していた。ああ、すごい血だ。制服からもにじみ出ている。その琴音の反応から少し遅れて、強い痛みが迸る。

「ミズ・サカキ!ここは私にお任せを!」

オリヴィエが部屋から飛び出し、玄関の戸を勢い良く開け、剣を抜いていた。一本の西洋騎士の長剣だ。玄関の開きっぱなしの戸から西日が再び刺した。そして、西日を背に、竹垣とローブを着た女性が一人立っていた。

「やぁ藍原。女の子庇ってイケメン気取りか?フッ。俺に取っちゃ迷惑だよ。おとなしく榊が貫ら抜かれるのを見ていれば良かったのに。」

「竹垣......。お前何を考えているんだ」

「それを藍原に話す義理はない。ただ、俺に取って榊は障害と化した。ここで死んでもらう。.......流れ弾で殺ったらゴメンな。そんときゃ死体を片付けてやるよ。さ、さっさと片付けようか、リリス。」

「承知しました」

オリヴィエはリリスを睨み、剣を構えている。オリヴィエの魔力が杖に溜まっているのが、おれの目にもわかった。しかし、その瞬間、リリスと竹垣は姿を消した。

「小癪な」

オリヴィエの背後から、弧を描くようにして黒紫色の球が飛翔する。オリヴィエはそれを一つ一つしっかりと、剣で落としていった。その姿は誰が見ても腕の立つ人間だとわかるさまだった。

「はい、救急キット」

琴音が戦闘の間に持ってきたようだ。病院の遠い琴音のためにと置いたものに助けられるとは。

「ありがと。いたたた」

少し気が抜けると痛みがぶり返す。とりあえず傷は浅かった。すぐさま止血し、ガーゼと包帯を使って傷を塞いだ。

「傷は大丈夫?」

「なんとか。足じゃない分まだマシってとこ」

「そう。そしたら裏口から逃げて。」

「......逃げてって、琴音はどうするんだ?」

「わたしはここに残って戦うわ。召喚士戦争に巻き込まれたのはわたしなんだから、優希が巻き込まれる筋合いは無い」

外からは、剣が何かを弾く音が絶えず響いていた。

「まだオリヴィエも持つわ。だから、今のうちに。」

どうする、おれ。このまま女の子を置いて逃げるのか?

「迷っていないで早く!」

結局、琴音の強い意志に押されておれは裏口から逃げた。道は急だけど、よく使ってたし、慣れている道だから、片腕使えないくらいなら帰れる。

「そうだ」、遠ねえ。遠ねえを呼べば二対一で優位に立てるはずだ。裏口から出られるのは山の学校側。家は反対側だけれども、一時間あれば呼べるはずだ。西日は赤い日を煌めかせている。今日最後の輝きなのだろう。すぐさま走った。今日はずっと走ってばっかだ。運動部をやめてはや半年。結構上り坂も足に来るが、下り坂のほうがダイレクトに堪えた。

山を降りきった時、日は殆ど沈んでいて、街灯が点灯し始めていた。しゃがんで息を整えている頃。背後から気配を感じた。


そこには、


背後5メートルほどに、リリスが立っていた。体の全ての毛穴が開き、全ての細胞が非常事態宣言を発令した。逃げろ、逃げ切れなければ......殺される!確かに悟った。

「無駄です」

急におれの行先にリリスが現れた。瞬間移動(テレポート)か!どうなっているんだこの世界は!彼女の杖から魔力が発せられ、黒い影玉のような玉が、おれに目掛けて空から弧を描き、降ってきた。おれは咄嗟に反対方向へ逃げた。運良く玉は当たらなかった。けれども、後ろからリリスが追いかけてくるのが確かにわかる。この時、初めて真の恐怖を味わった。日常でも、お化け屋敷でも味わえない恐ろしさを。

おれは曲がり角を曲がり、そこからすぐの家の、車の無いガレージの角へ隠れた。追っかけてくるリリスの足音が聞こえる。どうか......見逃してくれ!

「そんな稚拙な逃げ方で私の目を誤魔化せると思いで居ましたか?」

ガレージの前の道路に、リリスがおれの方を向いて立っていた。そして、この家の屋根からか、竹垣が天井から降りてきた。リリスの魔法で降下速度を相殺し、スタッっと、難なく着地をしていた。

「終わりだ。藍原。召喚士戦争ってのは、あくまでも隠れてやるべきものだ。」

「それなら、おれを殺したりなんかすれば、話が大きくなるじゃないか!」

「別に、リリスの魔法には、人の記憶を弄る力がある。それでお前は自殺した事にしておくよ」

「......琴音は......琴音はどうしたんだ?」

「さぁな。ま、残念だった。とだけ言っておくよ」

「てめぇ......」

「リリス」

「承知」

リリスの杖から弾が飛翔する。......避けられない。けれど、これは実弾じゃないようだ。命中部位を麻痺させる弾のようだ。両足が......動かない......。

「おい、どういうつもりだ」

「一つ聞いておきたい事が有ってな。お前が今日朝乗せてもらっていたバイクの女性の事だ」

「それがどうした」

「そいつの住所を教えてほしい。この辺の土地勘は俺には無い。探索を馬鹿正直にやっては殺される。だから教えろと言うんだ」

「それで、どうするつもりだ」

「それは言わなくてもわかるだろう?藍原クン足に脳ミソでも持っていたっけ?」

「そんなら教えない」

「ほーう。お前は今自分の命を秤に掛けられていることをわかっているのか?」

「そうだな。そんな、従属者(従者)が無いと脅迫できない奴にな」

竹垣は舌打ちをしていた。そりゃ癪にさわるだろう。でも、おれだって家族のような人を殺すから、場所を教えろなんて質問、怒りがこみ上げないで済む訳がない。

「リリス!」

「承知しました」

弾が、おれの体の至る所をかすめた。

麻酔解除(スタン・オフ)

全身に痛みが走り、血が地面へと滲み出した。

「これでもか。素直に答えろ。そしたら生きて帰してやる。ま、五体満足とは言わないが......」

「やだね。てめぇなんか教えるものか」

腹に思い一撃。リリスから放たれた衝撃弾のようだ。ガレージのコンクリに打ち付けられ、痛みのあまりに、腹を抱えてうずくまった。その時。死を悟った。どうやらこれはどうしようも無いみたいだ。

「お前の意志はわかったよ。それでも、時間を掛ければ済むことだ。そこまでやって耐えたんだし。ちゃんと殺してやるよ。リリス。とどめを刺してやれ」

「承知しました()

顔を見上げると、キーンという高い音とともに 魔力が、リリスの生み出す弾丸に集約されているのがわかった。

「チェックメイトだ藍原。大切なクラスメイトが減って俺は悲しいよ」

リリスがおれに弾を放った時。おれは目を閉じた。

そして祈った。これは夢であれ、と。次に目を開ける頃には、何気ない一日が始まる朝になっている、と。



......誰か、誰でもいい。助けてくれ、と。......



痛みは無かった。というか感じなかった。リリスはおれに気遣って楽に殺してくれた。そう思った。次第に感覚が戻ってくる。日が落ちて感じる薄寒さとか、瞼を閉じている力とか、切り裂かれた痛みが。

おれは目を開いた。すると、そこには一人の白髪の少女が。氷のシールドを張り、おれの方を背にして、立っていた。そして、小さく振り向き、




「__私の名はフェンリル。主の願いを受け、ここへ参上した。」




<キャラ紹介>

・藍原優希 ・・・・・・ ごくごく普通の中学三年生。帰宅部。頭はそれなりに良く、根は真面目。


・遠野山仁美 ・・・・・・ 今年で大学二年生。優希の母親同士の仲が良く幼少期からよく優希もお世話になっていた。公立大学へ行ける程頭がいい。一人暮らしがしたいといい下宿をしたのはいいものの、召喚士戦争のために疎開の如く戻ってきた。愛車は貯めたバイト費で買ったフォルツア。


・藤村匠 ・・・・・・ 宝石戦争とは無縁の真の一般人。元々部活が一緒だったので仲がいい。そもそも優希が部活を辞めた理由が理由のため、特にそれに関しては咎めるものは居ない。合唱部。


・竹垣龍也 ・・・・・・ 召喚士の一人。魔術を操るリリスと契約し、学校を一つの拠点にしている。硬式テニス部副部長にして硬式テニス部最高戦力。しかし、女ったらしで皮肉屋。成績は学年五位(全120人)。頭もそれなりに良い。


・榊琴音 ・・・・・・ 優希の幼馴染。幼少期から仲がいい。しかし家事力皆無のために、心配した優希が通い主夫みたいなことをしている。召喚士の一人、気がついていれば西洋剣騎士オリヴィエと契約していた。家は山奥で近くの神社が魔術結界(弱)を張っている。なのでリリスが観測したよりも数倍の魔力をオリヴィエは有している。


・佐藤先生 ・・・・・・ 図書室のゆるーい先生かつ中一の国語教師。大半の生徒からナメられている。


・白澤先生 ・・・・・・ モブ教員(殴


初めましての方は初めまして。今回はご購読ありがとうございました。ゆっくりながらの更新となると思いますが、どうぞよろしくお願いします。


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