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上げて落とさず、オトして挙げるのだ

作者: 雪人形

 鶏は決して自らの行く末がからりと揚がった姿だとは思わない。しかし、人間は違うのだ。

 ただ、生きた鶏を近くで見て、美味しそうだと思える人間は少ないだろう。臭いや鳴き声は食欲を萎えさせる。愛護を訴える者もいるのだから、やはり加工する前では生き物なのだろう。

 愛護団体はけして肉を食べるなとは言わない。せめて、屠殺までは命を尊重してあげてほしいと言う主張だ。肉を食べる人、食べない人に関わらず、だと。


 繰り返される重労働かつ単純作業、染み付いた臭いにこびり付いた鳴き声、ひしめき合った動く羽毛、侵入経路の分からないウイルスに怯える日々、自分で選んだわけではない将来という名の今。

 申し訳ない、と心の片隅で誰かが誰かに謝るが、俺の足は近くにある生き物を蹴り飛ばす。小石を蹴るようにそっと、しかし、意味はなく。

 それが、この鶏舎の中でただ唯一俺が出来る『人間らしい行動』だからだ。


 人間らしいと言うのならば、愛を注げば良いだろと思うかも知れない。最初はそうしていた気もする。今だにそう出来ている者もいる。俺には無理だっただけの話だ。

 人間としての愛は鶏には届かない。敵意の方が反応があった、そう、それだけの話だ。

 それに、ヒヨコから出荷までの4か月ほどの期間じゃ短すぎるだろうよ。ならば、人間らしく、他生物を踏み躙る方がお手軽だ。


 そう結論づけてしまった今では俺は、愛護団体のハッキリとした敵となった。一番の悪い見本だ。

 俺は愛する息子を箱に詰め、ベルトコンベアで足を吊るされる姿を良しと出来る人間ではなかったんだ。それに俺はからあげが好きじゃない。


 今日の湿度と気温と風速を見て、鶏舎の送風機をつけるか考える。頭を使うのはそこまでで、卵を集めるのも糞掃除も餌やりも無心で、或いは自動で身体がこなす。機械の一つに成り下がる。

 休憩時間には社長とパートや短期バイトの奴らが楽しげに話していたが俺はそれに参加出来ない。笑顔がいつの間にか歪になっていたらしく、近づけは怖がられた。そこから俺は『イジられキャラ』になった。輪に入ったとしても、遠くにいても俺はイジられた。

 余計に俺は給料分の働きをするだけの屍になっていった。


 飼われているのは俺か鶏か。


 人間らしい愛を捧げられる相手が居なかった訳じゃない。気が付けばいつだってちゃんと女はいた。どこで知り合ったとかそんな事は重要じゃない。相手が望む事は結局は金だろうから。

 俺は多くを持っていた訳ではないが、気前良く使う男だった。財布の紐の固い金持ちより、阿呆ほど使う貧乏人の方がいいんだ。女にとって俺の行く末などどうでもいい事なんだから。

 気が付けば、一人で酒を呑む事が多くなった。


 その時。その女は『彼女』という立場だったか覚えていない。自分が何をしていたか、数日の事はごちゃまぜで、一年前の事は昨日のような、それ程に曖昧な変わらない毎日を過ごしていたから、彼女が何者だったのか思い出せない。

 それでも彼女は俺に告げたのだ。赤ん坊が出来たと。


 俺は。毎日を生きている。

 愛嬌のある女房と、俺に良く似た息子と共に。煙草は止めたが、週に一度は飲めるほどには稼げる職もある。絵に描ける程ではないが、誰かの人生(ドラマ)の背景になれる程には幸せな毎日を。

 自堕落だったこの俺が。


 人間だって自らの行く末など想像もできない。


 これで俺が4ヶ月後、からりと揚がった姿にでもなれば笑い話だろうが、生憎その月は遅れた結婚式を挙げるつもりだ。

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