第八話「絢爛! 煌めきの聖光転神!」
プリンスサタン「WEB小説を読むとk――」
蠱毒成長中「だからその前書きはもういいって! あとお前の出番はまだ先だろうが!」
「聖光転神!」
腹の底からの叫びへ応じるように、エンジェルピーチの全身は虹色の光に包まれる。程なくして光は弾け飛び、変異は完了した。
「完成、聖光麗嬢ゴッデスピーチ!」
白金のドレスにピンク色の装甲版を付け加え、背には純白の翼が四枚、輝く黄金色となりボリュームが増しに増した頭髪は中世西洋の王族を思わせる複雑な髪型に整えられていえる。これぞエンジェルピーチが『任意変身』をより高度化させた結果独自に生み出した彼女専用の技能『聖光転神』を用い変身した最強の形態『ゴッデスピーチ』である。
「さあ、覚悟なさいっ! 女神聖剣ゴッデスカリバーアタック!」
エンジェルピーチは虚空から虹色の光でできた長剣を抜き払い、化け物男目掛けて振り下ろす。然し二者はかなり離れており、どう見ても剣の届く距離ではない。
「『こんなの意味ない攻撃だ』――って、思うでしょ?」
然し次の瞬間、驚くべきことが起こる。何と振り下ろされている剣の刃が驚くべきスピード――一秒と待たずに数メートル以上のペース――で伸びているのである。化け物男は逃げようとするが間に合わず、頭から真っ二つに切り裂かれてしまう。
「フッ、勝った……今度こそ勝ったわ……ゴッデスエナジーに、ゴッデスピーチに敵はない! 女神の捌きはあった……天罰により全ての悪は滅び、悲劇は終わったのよっ!」
落ちていく化け物男を嘲笑いながら、エンジェルピーチは勝利を確信する。これで全ては終わったのだと、そう安堵していた。だが――
「残念だがまだ終わっちゃいねぇぜ」
「――!?」
エンジェルピーチは絶句した。今度こそ、今度こそ完全に殺した筈なのに、何故あいつの声がするのか。
「(何で!? どうしてっ!? 何ゆえにあいつ生きてるのよっ!? 仏の顔も三度まで、同じことばっかそう何度も続くもんじゃないならあいつも今度こそは死んだんじゃないの!? だって頭から真っ二つよ!? 普通死ぬでしょ!? 寧ろ普通じゃなくても大概死ぬと思うんだけど!? ダーク・ジャンヌみたいに肉だけ斬ったわけでもない、皮も骨もちゃんと斬ったのにぃぃぃぃいいいいい!)」
わけのわからない状況に苛立ち自棄を起こしたエンジェルピーチは、それでも何とか化け物男を殺そうと刃が伸びる光の剣を狂った様に振り回す。
「あああああぁぁぁぁぁあああああああっ! がああああああぁぁぁああああああああっ!」
気配ははっきりと感じられる。何を思ったか逃げもせず此方の視界に入らないよう逃げ回っているらしい。何て鬱陶しい、どこまえも生意気で嫌らしい奴だ。こうなったらもう絶対に殺さなければ。下賤で低俗で、気に食わない相手や物事には暴力を振るう以外の対処法を知らないトランセンデンスのクズ如きに手柄を横取りされた挙句殺し損ねて逃げられたなどということは、彼女のプライドが許さなかった。
「っだぎゃらあああああああああああああああ! しゃっどらっばああああああああああ!」
雲が、地面が、瓦礫が、遠く離れた建造物が、どこまでも伸び何をも切り裂く一筋の光によって断ち切られていく。だがどれだけ剣を振り回そうと、少女の望む結果は訪れない。
「ぬっがあああああああああっ! もうこんなもん要るかあああああああっ!」
当たらない。どれだけ振っても掠りもしない。益々自棄になったエンジェルピーチは遂に光の剣を投げ捨て、代わりに両手を覆う機械的な籠手を召喚する。
「デストロイキャノンレーザぁぁぁぁぁぁぁあああああああ! 滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べええええええっ!」
籠手からはやはり虹色の極太レーザー光線が照射され、刃の伸びる光の剣などとは比べものにならないほどの広範囲を焦土に変えていく。最早当初の目的など完全に失念してしまったエンジェルピーチは、そのままレーザーを照射しながら暫く空中で時計回りに回転。自身の半径二十キロメートル近くもの広範囲を焦土にした所でエネルギー切れを起こしてしまう。
「あっ、は、ああ……」
エネルギーの枯渇に伴いガントレットは消失。姿も基本形態であるシャインライトスターに戻っていく。
これでもう大丈夫だ。今度こそあいつを完全に倒せた筈だ。そう確信したエンジェルピーチは、ゆっくりと地上に戻っていく。
「もう、ゴールしたって、構わない……でしょ……?」
「ああ、構わねえとも。見事だったよお前のゴールは」
ふわりと地上に降り立つエンジェルピーチの耳に、低く荒っぽさが見られつつもどこか優しさを感じるような男の声が入ってくる。顔は見えないが、きっと醜くとも穏やかで親しみ甲斐のある男だろうと思えるような声だった。
「あ、ああ……ありが、と――ぅわったた!?」
「おっと、大丈夫か?」
どっと出た疲れに足元がふらつき、一瞬倒れそうになった所を男に支えられる。
「随分と疲れてるようだな……まあ無理もねえ。あんな激戦だったんだ、意識保ってられるだけでもすげぇよ。お前は本当によく頑張った」
「はは……そう、かな……」
「おう、そうだとも。お前は全く大したヤツだよ。自棄起こして街中こんなにして、それでもこんなハエ一匹満足に殺せやしねぇんだからなぁ」
「はは……は――おぶっ!?」
悪意と敵意に塗れた一言を聞き、エンジェルピーチはまさかと思い今にも倒れそうな自分を抱えている男の顔を確認しようとする。だが確認するより早くに何かの黒い塊が彼女の顔面を殴り付け、そのまま数メートルほど吹き飛ばす。
もう読者諸君はお気付きであろう。疲れ果てたエンジェルピーチを助けた介抱者とは、つい先程彼女がレーザーで焼き殺したのだとばかり思っていた化け物男その者だったのである。
「んがっ、お、ぐご……な、なん、でっ……次こそ……次こそ死んだと、思ってたの、にぃ……」
「バぁーカが、あの程度の粗だらけの攻撃で死ぬわけねえだろ。ただでさえ無駄に頑丈でしぶてぇし、大抵の攻撃はこの複眼で避けられるってのによー。最初の光の剣は刃が伸びるって特性こそ驚いたが、そこを逆手に取って斬られるフリだけしといただけの話だ。確かにあの斬撃は私の全身を真っ二つにこそしたが、斥力ですぐに密着させちまえば実質斬れてねえのも同じになる。避けても良かったんだが、お前はこっちの方がより油断してくれるだろうと思ってなぁ。お蔭で軽く挑発しただけで無差別斬撃や極太レーザー大回転が格段に避けやすくなったぜ……果たしてそこまでやる意味があったのかどうかは謎だがな」
嘲笑うように吐き捨てた化け物男は、殴り飛ばされたまま動かないエンジェルピーチに背を向け歩き出す。
「ちょ、ちょっと! 待ちなさいよ!」
「……何だ?」
「何だじゃないわよ! どこへ行こうってのよ?」
「どこと言われてもな。まだこの場から立ち去ろうって事しか考えてねえからな。それがどうした?」
「いや、それがどうした、って……私はこの通りまだ生きてるのよ!?」
「おう、そうだな……だが、だから何だ? それがどうした? まさか動けねえから助けろとでも言うつもりか? 生憎と、自分を本気で殺しにくるような奴を助けるほど人格者でも聖人ねぇんで――
「そうじゃないわよ! 逆よ逆! 私とあんたは敵同士なのよ!? 敵をここまで追い詰めたんなら、何かしなさいよ! 殺すとか、殺さないまでも再起不能にするとか、他にも色々あるでしょ!?」
「追い詰められた状況で敵に向かって『自分を殺せ』たぁ……妙な事を言う奴だな。知り合いのアビター連中はどいつもこいつも『社会と民衆をを守る責任がある以上簡単に死んじゃいけねぇ』などとよく言ってるんでそれが共通認識だと思ってたんだが……」
「そんなのは組織に依存する弱者の理屈よ。私みたいなフリーランスアビターは敵の情けなんて受けないの。悲惨な生より高潔な死を選――
「お前、まさかその歳で麻薬でも乱用してんのか? その所為で所々気の狂ったような事を言ってたと?」
「失礼ね! 私は麻薬なんてやってないわよ!」
「……有り得なくはねえか。まあ日本だしコカインは有り得ねえとして覚醒剤かMDMAか……どの道てめえ如きカタギのガキが手に入れられるとなるとストリートもんだろうが、兎に角オススメはしねぇぜ。ああいうのは塩だのカルキだの何だのカサ増しに適当なもん入ってっから高純度のとは危険度が段違いなんだ。扱ってる売人連中が大概てめえ自身もヤク中で、クスリ代欲しさにヤクザやスケイズへ顎で使われてっから――
「聞きなさいよ! 麻薬なんてやってないって言ってるでしょ!?」
「何だよ、やってねえなら最初っからそう言えよ」
「最初っからそう言わなくても普通そんな勘違いしないわよ……とにかく、私としてはあんたに負けた以上ここで何らかのトドメを刺されないと気が済まないの。わかった?」
「ああ、わかったよ。なら特別に刺してやるよトドメを。ここで待っといてやるから、準備ができたら向かって来い。いいな?」
「わかったわ。なら今から言っても?」
「どうぞ」
「じゃあ、お言葉に甘えて……でああああああああ――
「ふん」
「おぶばーっ!?」
果敢に向かってきたエンジェルピーチは、さほど進みもしない内に化け物男の放った斥力の波動を受け吹き飛ばされる。その一撃は彼女を絶命こそさせなかったが気絶させるには十分で、それと同時に変身も強制解除された。
「……殺しはしねぇよ。お前も一応アビターだ。どんだけ腐ってようが、一応表向きは社会の為に働いてんだからな」
仰向けに倒れ伏す少女を一瞥した化け物男は、そのまま荒れ地を後にした。
次回、第九話「収束! 大激戦の果てに!」 お楽しみに!