第六話「驚愕! 隠されていた衝撃の真実!」
ダーク・ジャンヌ「ダーク・ジャンヌだよっ! WEB小説を読もうってんなら、なるべく楽な姿勢で身体を労わりながら自分のペースを維持するってことを最優先に考えなっ!」
どこの誰だそんな漫画を描いたルポライターは。
というか、そんなことをルポライターに吹き込んだのはどこの誰だ。
エンジェルピーチの心中を代弁するとしたらば、恐らくはこんな所であろうか。
然し元々正義感が強く直情的な彼女はこういう時に限って嘘が吐けない性格であり、化け物男の発言を『そんな事実はない。それは執筆者が売り上げを伸ばす為に書いた出鱈目だ』などと否定することも出来ずにいた。
「詳細は長引きます故口頭での言及は控えさせて頂きますが……まあ何と言いますやらやたらと過激な行為も少なくなかったそうですねぇ。オーバーセンスまで使っておられる……しかも取材に応じた中には複数人『読心』のオーバーセンスを持つ方が居られたようで、それら行為の理由までもが詳細に記してありますねぇ……ある一件では『口説き文句に聞こえるような言葉を受けての照れ隠し』、またある一件では『妖艶な女性からの色仕掛けに鼻の下を伸ばしていたため』、『事故で転倒した際偶然にも押し倒すような姿勢になってしまったため』、『自身が抱く恋愛感情を必死でそれとなく仄めかしているにも関わらずそれに全く気付かず都合のいい反応を示さなかったため』……こりゃあくまでも私めの個人的な意見に過ぎねえ話なんですがねぇ桃葉様ぁ、こりゃどれもその幼馴染の男性にゃさほど非はないんじゃないでしょうかねぇ。寧ろ殆どの件じゃ幼馴染の男性こそ被害者と言ったって筋通りますよこんなん。いや本当冗談抜きで、凡そ文化的で真っ当な法規を有する国家のトランセンデンスがやっていいことじゃないと思いますがねぇ――いやこりゃもうトランセンデンスとかそういうの以前の問題とも言えますがねぇ」
エンジェルピーチが黙っているのをいいことに、化け物男は話を続ける。
「しかも貴女様のこうした暴力行為は幼馴染の男性以外の方にも振るわれておられるとか……その中には確かに『そうなって当然』と思える不届き者も存在しますが、殆どは貴女様がご自身で勝手に腹を立てて暴行を振るわれた被害者ばかりと来た……で、えぇ、まぁ、話を戻しますとですねぇ。貴女様先程仰有いましたよねぇ、『スケイズも人間である以上人権はある。あくまで人間として扱い、人間として裁くべきだ。暴力的手段で私的制裁を加えるなど烏滸がましく、そのような正当性と良識のない暴力行為にオーバーセンスを用いる者はトランセンデンス失格だ。ましてスケイズだから何をしてもいいなどという考えの持ち主など実質的にスケイズの同類だ』と……素晴らしい言葉です。実に感動的だ。私は元来さほど涙脆い性格でなくそもそも身体の構造上涙腺がないので涙が出ませんが、もしこの場に涙腺を持つ涙脆い者が居たならば、身体が干乾び喉が潰れるほどに泣き叫んでいたことでしょう。更には己が身を以てその最たる範例を示されるとは……まさにアビターの鏡と言うに相応しき献身……」
直情的な反論できない。エンジェルピーチの怒りは既に限界へ達しつつあった。そして――
「まあ、鏡だけに反面ですがねぇ」
どす黒く粘りに粘った悪意に満ちたその一言が、彼女の堪忍袋を破裂させる。
その怒りは凄まじく、その余りの激情は一周回って彼女の心を落ち着かせた。
「……ありがとう。貴方のお蔭で思い出せたわ、世の中には何を言っても通じないクズがいるって事をね……!」
怒りに打ち震えるエンジェルピーチは、複数保有するオーバーセンスの一つで作り出した専用武器"エンジェルセイバー"を抜き払い化け物男を静かに睨み付ける。
「お礼にあんたを殺してあげる。アビターの力、思い知るがいいわ」
「……」
明確な殺意の籠ったエンジェルピーチの言葉に、化け物男は沈黙と言う形で返答する。刹那、耳まで及ぶ化け物男の口角が微かに釣り上がったのを見た者は恐らく誰も居らず、戦いの火蓋は静かに切って落とされた。
「エンジェルスライサー・レベル4!」
エンジェルピーチの降り下ろした剣の切っ先から、斬撃がそのまま実体化したようなエネルギー体が飛ぶ。エネルギー体は銃弾の如く標的へ向かっていったが、然し化け物男はこれを片手で振り払う様に掻き消してしまう。
「なっ、ダーク・ジャンヌでさえ防御を躊躇い回避で対処するエンジェルスライサーのレベル4を片手で打ち消した……? だったら……ふんっ!」
エンジェルピーチは全身のバネを余すところなく活用し跳躍すると同時に剣を振り上げ、化け物男目掛けて斬り掛かりながら叫ぶ。
「天空一刀斬!」
天空一刀斬――それはエンジェルセイバーの刃にオーバーセンス由来のエネルギーを纏わせ相手を切り裂く大技だった。エネルギーを纏い切れ味の増した斬撃はあらゆる防御を無視して刃の触れた者を切り裂き内側から焼き払い消滅させる無敵の一撃と化す。これならばルージやレドー、ダーク・ジャンヌさえ太刀打ちできなかった化け物男の防御を突破し一撃で葬れる。エンジェルピーチはそう確信し刃を振り下ろした。
然し――
「うおっ、危ねっ」
「あがっ、ぐっ、ごああああああ!」
化け物男はその一撃が自分に取って致命傷になりうるかもしれないということを瞬時に察知し、後退すると同時に足元へ転がっていたダーク・ジャンヌを拾い上げエンジェルピーチの真正面へと投げる。結果、天空一刀斬はダーク・ジャンヌを切り裂き消滅させた。攻撃技としての役目は果たしたと言えなくもないが、実質的には不発に終わってしまった。
「くっ、外した! 自分が助かる為に他人を何のためらいもなく身代わりにするなんて、どこまでもクズの極みね!」
「ふん、悪いのは意識ある癖に逃げねえそのボンレスハムと技外したてめえだろうが。戦場での失敗を他人の所為にしてんじゃねえよ、クズが」
「うごっ!?」
言い返しつつ化け物男はエンジェルピーチの腹を殴り付ける。その一撃は強烈で、また何らかの強烈なエネルギーが働いていたためかエンジェルピーチはかなりの遠距離まで吹き飛ばされてしまった。
「っぐ、くう……強い、強すぎる……シャインライトスターじゃ太刀打ちできない……こうなったら星光変換するしか……」
星光変換とは、女子高生・桃葉桃知をアビター・星光少女エンジェルピーチたらしめる最重要オーバーセンスの『任意変身』――自身を理想的な姿に変身させるというもの――が有する機能の一つであり、言わば特撮番組のヒーローが行う『フォームチェンジ』に相当するものである。平素彼女は基本形態である『シャインライトスター』で戦うが、場合によっては星光変換を発動し三種の亜種形態となって様々な戦況に対応するのである。
「宣言、星光変換『ハウンド』!」
宣言へ応じるように、胸元の宝玉がその色をピンクから赤に変え、彼女の全身は何処からともなく湧き上がる炎に包まれる。数秒燃え盛った後炎は跡形もなく消え去り、星光変換は完了する。
「完成、エンジェルピーチ・フレイムハウンドスター!」
元々白やピンクだったスーツのカラーリングは赤やオレンジへと変化し、ツインテールを解かれ逆立つ長髪は金属光沢を放つ朱色なのも相俟ってまさに炎の如く。頭には尖った獣の耳、腰から尻にかけては獣の尾を思わせるパーツがそれぞれ生じ、手足には肉球の描かれたグローブやブーツが備わる。愛用武器エンジェルセイバーは物理法則を無視して炎を纏う獣のような意匠のあるハルバード『ハウンドハルバード』に変化していた。
これぞエンジェルピーチの三種ある亜種形態が一つ、炎の力を宿し攻撃力を高めた『フレイムハウンドスター』である。
「ファイアーオン!」
腹の底からの叫びと獰猛な肉食獣を思わせる構えに呼応するかのように、ハウンドハルバードの矛先が炎に包まれる。
「行くわよ化け物……『ゴッドファイア・ビーストバイト』!」
炎のハルバードを構え、エンジェルピーチは化け物男目掛けて突進する。その勢いは人間サイズの銃弾、或いはジェット戦闘機とも言うべき程に凄まじく、少し掠っただけでも重傷は免れまい。ともすれば回避こそ妥当な選択肢であることは明確だが、然し化け物男は微動だにしない。
「はんっ、怖くて動けなくなったのかしら!? ならそのまま粉微塵に砕け散りなさあぁぁあ――
「ぬんっ」
「ぁあっ!?」
そのままこの大技の餌食にしてやろうと考えていたエンジェルピーチだったが、化け物男はハウンドハルバードの切っ先が自身に接触する数十センチ手前の所で右方向へ身体をくねらせ回避すると同時に自身の周囲にオーバーセンス由来の防御壁を展開。掠っただけでも危ない一撃の軌道を無理矢理捻じ曲げ、掠りもしない程度に抑え込み逸らしてのける。
「(ご、ゴッドファイア・ビーストバイトが、こんなギリギリの所で、避けられ――ったぐばっ!?」
続けて化け物男の蹴りが叩き込まれる。やはり強烈かつ何らかのエネルギーを伴うその一撃はまたしてもエンジェルピーチを吹き飛ばすが――
「(二度も、同じ手ぇ食うわけ、無いでしょうがああああああああっ!)」
彼女は凄まじい殺意と執念により吹き飛ぶ身体を空中に留め、虚空を踏み台に跳躍する事で再度化け物男へ突進。炎を纏うハルバードによる刺突や斬撃の連打を繰り出し眼前の異形を殺しにかかる。
「っらあああああああああああああ死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!」
「ふん。ほっ。へいっ。おし。ぃよっ、とぉ。あっ、そーれぃ」
ハウンドハルバードの連打は、その一発一発が並の戦闘型トランセンデンスを一撃で葬りかねないほど強烈なものだった。然し化け物男は自身の防御壁を美味い具合に調節し、その全てを華麗に受け流してしまう。
「何で……何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何でぇっ!? 何で攻撃が通らないのおぼっ!?」
「……さあ、今度はこっちの番だ」
喚き散らすエンジェルピーチをショルダータックル一発――何の小細工もない、ただ己の怪力と外皮の頑丈さに任せて放った純粋な打撃――によって黙らせた化け物男は、歯を食い縛り息を止めながら殆ど無言で正拳突きの連打――ショルダータックル同様何の小細工もない打撃だったが、威力はハウンドハルバードのそれを格段に上回っていた――をエンジェルピーチに浴びせていく。そしてある程度――正確に数えた者は居ないが恐らく数十発程度――打ち込んだ辺りで、化け物男はトドメとばかりに例の特殊エネルギーを纏わせた拳を叩き込み、エンジェルピーチを十数メートルほども吹き飛ばす。
「(……さて、これで戦意喪失敵前逃亡してくれりゃいいんだが……)」
そんな化け物男の細やかな願いも虚しく未だ戦意喪失に至っていないエンジェルピーチは、二度目の星光変換を実行。黄色と淡い緑色のカラーリングが特徴的な亜種形態に変身、剥き出しの殺意を隠す気もなく三度化け物男へ向かって来るのであった。
「……やれやれ、まだやんのかよ」
次回、第七話「発動! これぞ星光変換だ!」 お楽しみに!