第五話「出現! 思いもよらない敵!」
レドー「闇騎士レドー・ヒルだ! WEB小説を読むときは、照明器具の電源が入っていることと画面からある程度の距離が置かれていることをよく確認しておくのだぞ!」
乾いた音を立て、白刃の切っ先が地面に落ちる。続けて砕けた刃の破片がパラパラと地面に落ちては時折風に流されていく。
「何だよ。随分と脆いオリハルコンだな」
不測の事態に慌てふためき困惑するダーク・ジャンヌを嘲笑うように、化け物男は言う。
「あ、ああ……あん、った……何て、事を……これ、高かったのにぃ……」
「ぁあ? 高かった、だぁ? おいおい、神が鍛えた刀なんだろ? 円卓の騎士やら何やら世界史の有名どころに使われまくって持ち主の命奪いまくった妖刀だっつったよな? それが『高かった』ってどういうことかなぁ? そんなバリバリ伝説級、いやむしろガッツリ国宝級の刀を売るヤツが居るとは思えねえんだがなぁ……まさかネット通販か何かで買った適当な刀に設定つけて振り回してるだけってこたぁねぇよなぁ?」
「なっ! なっ、なっ、なっ、何言ってんだいあんたっ!? そそっそ、そんなことあるわっけなぁいじゃないかっ!」
「ああ、まあ、そうだよな……(図星か)。ところでお前、刀が折れたが大丈夫か? その絶対斬撃、刀がなきゃまともに機能しねえとかそういう能力だろ?」
「そ、そそ、そんなわっけあーるかぁーいっ! たた、確かに絶対斬撃ってぇ名前だけどもっ? 実際はそのー、アレよアレ! 攻撃でさえあれば別にー、ねぇ? すり抜けできるわけだから。刀使うのはあたしの趣味みたいなもんなのさぁ!」
「(また図星か……)」
「あっ、その顔さては信じてないね? 仕方ない、じゃあ特別に貫手でやってやろうかねぇ! ぇああぁぁーっ!」
追い詰められてパニックに陥ったダーク・ジャンヌは、実力もないのに大物扱いされているリアクション芸人のような声を上げながら化け物男へ突撃する。然し当然絶対斬撃の付与されていない(そもそも付与することのできない)拳が化け物男に届く筈もなく、それどころか近付くことさえ許されぬまま吹き飛ばされてしまう。
「(さて、死なねえ程度に軽く吹き飛ばしてやったわけだが……次はどう来るかな)」
ゆっくり歩み寄りながら、化け物男は思案する。あのダーク・ジャンヌのことだ、どう足掻こうと自分を殺すべく何らかの策を講じて来るだろう。無論化け物男は彼女がどんな策で来ようと瞬時に処理できる自信はあったが、それでも用心に越したことはないとも考えていた。
「(三人目の闇騎士を呼ぶか、ソルジャークとやらを出すか、上司に泣きつくか、って所か……)」
然しすぐさま起き上がったダーク・ジャンヌは、そんな彼の想像を遙かに絶する驚きの行動に出る。それはまさしく全身全霊、渾身の力を込めた――
「ほ、本当に申し訳御座いませんでした~っ!」
土下座であった。
「……はあ?」
化け物男が面食らったのも無理はない。
何せ今まで何が何でも自分を殺そうと敵意殺意を剥き出しにしていた筈の敵が、得物を壊され軽く吹き飛ばされた程度で態度が一変、泣きながら五体投地の平謝りである。面食らうな困惑するなと言う方が無茶であろう。
「……何のつもりだボンレスハム。命乞いで油断させて首狩ろうってのか? ……三流の下策だな」
「と、とんでもございません! そんなことできるわけないじゃないですかっ! これは心からの謝罪です信じて下さいっ!」
「……」
「金輪際こんなことしません! 悪事なんて懲り懲りです! 貴方様と交戦させて頂いてその事が良く分かりました! ワルジャークなんて今限りでやめますっ! スケイズを名乗りもしませんっ! 警察に自首します! どんな刑罰も受けます! だから許して下さい! 殺さないで下さい! お願いします! 何でもしますから!」
「……ほーお、『何でもします』ってか……なら」
「あがっ!」
ダーク・ジャンヌの後頭部を踏み付けながら、化け物男は冷酷に言う。
「……死ねや、今すぐにここで」
「なっ、あ、そん、な……」
「んだぁ? 『何でもする』んだろ? だったら死ね。いや寧ろ殺されろ、この私にな……そうしたら許してやるから、ぃよっ!」
「がっ!」
言いつつ化け物男はダーク・ジャンヌの胴体を蹴り飛ばし、その後も殴る蹴る投げる締め上げる叩き付けるといった暴行を加え徹底的に痛め付けていく。その苦痛は凄まじく、早くも限界に達した女幹部は泣きながら叫ぶ。
「あぅ、うあああ……ど、どうしてっ……どうしてこんなことするの!? 何であたしがこんな目に遭わなきゃなんないのよ!? あたしが、あたしが何したって言うのよぶげっ!?」
「……やかましい、一々騒ぐな。そんなもんお前がスケイズだからに決まってんだろうが」
叫ぶダーク・ジャンヌを踏み付けながら放たれたのは、実に身もフタもない冷酷非情な言葉であった。
「それも大規模組織で幹部やってんだからこの程度はまだ普通。寧ろもっと惨たらしい目に遭ったって文句は言えねえ。例えばそうだ、お前くらい見目麗しい女ならこの場で全裸に剥かれて人権もクソもねえ性玩具にされたって可笑しかねえだろうよ……私にそんな最低でクソダセぇ趣味はねぇし、あった所で誰かに代行して貰わなきゃならねえがな……」
「そん、な……」
「理不尽だと思うか? 不条理だと思うか? 納得いかず不満でしかねぇか? だが残念だったな、それがお前らスケイズの避け得ぬ現実、逃れ得ぬ宿業、社会に刃向かう上で負うべきリスク、伴う責任てぇもんなんだよ」
「うっ、くぅぅ……」
「泣いてんじゃねえよ。お前は自ら憎まれ役、嫌われ者になることを選んだんだ。誉められず、称えられず、愛されず……苦にされ、貶され、罵られ……それがスケイズの立場ってもんだ。人権だの尊厳だの、そんなもんお前らに認められる筈がねえんだよ。愛して欲しい、誉め称えられたいと思うんならアビターにでもなるんだったなぁ」
「っが、あ……!」
踏み付ける足に力を込めながら、化け物男がそろそろ止めを刺すかと思い立った、その時。
「待ちなさいっ!」
ふと、勇ましい叫び声が上がる。化け物男がその方向へ目を遣れば、怒りの形相で此方を睨み付ける一人の少女――アビター"エンジェルピーチ"こと桃葉桃知である。
「(……何だ、まだ居たのかあいつ。とっくに逃げ出したかと思ってたっつうかいっそ存在自体忘れかけてたわ。あと出てくんの遅えなオイ)……はあ、何か御用でしょうかねぇ?」
「何か御用でしょうかねぇじゃないわよ! 貴方、自分が何を言ってるか理解できてるの?」
「勿論、理解し尽くした上でもの言ってますがねぇ。何か妙でしょうかねぇ、スケイズとは読んで字の如くまさに害悪、故に如何なる手段を講じてでもこれを排除し民衆へ害が及ぶことを未然に防ぐべし……貴女方アビターの皆様が活動理念の根幹に据える大原則ではありませんか。私はスケイズでもアビターでもないただのトランセンデンスですが、何方かと言やあアビター側なんでそれに従ってるに過ぎんわけですが」
「それは確かにそうね。けど貴方さっき言ったわよね? 『スケイズに人権はないし愛されない。スケイズは害悪なんだから何をしたって許される。痛め付けられて当然だ』って。はっきり言わせて貰うけど、そんなの間違い以外の何でもないわ。スケイズだって人間である以上人権はある。あくまで人間として扱い、人間として裁くべきだわ。暴力的手段で私的な制裁を加えるだなんて烏滸がましいし、そういった行為にオーバーセンスを使ってるようじゃトランセンデンス失格よ。ましてスケイズだから何をしてもいいなんて、そんな考えを持ってる奴も実質的にスケイズみたいなものじゃない。それに世の中には義賊的な活動から人々に支持されるスケイズだって大勢いるのよ? スケイズだから愛されないなんて見当違いも甚だしい的外れで馬鹿げた理屈なんじゃないかしらね」
エンジェルピーチは確信していた。自分の発言に粗はない。自分はこの男を完全に論破できたのだ。反論の余地などない筈だと。
「はあー……いやぁ全く仰有る通り、あなた様の理屈はまさに正論で有らせられる。流石は時代を担うフリーランスアビターの頂点と名高き星光少女エンジェルピーチ、もとい桃葉桃知様と言った所でしょうかねぇ。然しながら……何ぼか申し上げさせて頂いても宜しゅうございましょうかねぇ?」
「ええ、いいわよ。何でも言いなさいな(どうせ何を言われようと余裕で論破できるし)」
「では僭越ながら……全く己の無知無学無芸無能をひけらかし、余りにも救いようのない程に汚らわしく愚劣極まりない腐りきった本性を露見させるかのような、泥にも塵にも糞尿にも劣る無価値な発言であることは百千万億兆京垓秭穰溝澗正載極恒河沙阿僧祇那由他不可思議 無量大数程も承知の上なんですがねぇ」
「遜り過ぎぃ! 幾らなんでも遜り過ぎでしょ貴方っ! もう謙虚どころか卑屈すら通り越していっそウザいくらいなんだけど!?」
「んやあ、これが普通でしょう。んで本題なのですがね……まず第一に、貴女は『義賊的活動から人々の支持を集める良心的なスケイズも居る』と仰有いましたが……昨今は国連や各国政府もその辺りを考慮してか、スケイズにも細かい区分を設け、その活動にある一定の正当性や良識が認められる場合実質的にアビターとして扱うような法制度を設けたんじゃありませんでしたかねぇ。有名どころじゃ征服による世界救済を掲げる『クロー・オブ・ホーク』やら、既に壊滅しちまいましたが『墳墓7369』の通称で呼ばれた組織『GOA』の生き残りとかでしょうか……思うにそういうのはスケイズとして扱わないと思うわけでありまして、世間一般でもそんな感じとよく聞き及んどるわけなのですがねぇ……」
「……た、確かにそうね……そう考えるなら、貴方の言う『スケイズは愛されない』という主張も間違いじゃない、わね……」
「いいえぇ、悪いのは誤解を招きかねない物言いをした私ですんでぇ……で、もう一つ。これは桃葉様、貴女様に関することなんですがね……」
「な、何、かしら……?」
「いやまあ、大したこっちゃないんです。本当、些細な事なんですがね……以前、些細なきっかけで貴女様について調べさせて頂いたことがあるんですよ。そうしたらまあ、ある記事を見付けちまいましてねぇ……」
「(あ、ある記事……? 何のことかしら……)」
「その記事はあるルポライターが貴女様の身の回りの方々からの証言を元に書いた実録漫画だそうでして……その漫画によりゃ貴女様には同い年の幼馴染の男性が居るそうで、ご自宅が隣同士なら付き合いも家族同然、学校からクラスまで今の今まで同じだそうですねぇ」
「え、ええ。そうね。でも彼はトランセンデンスでも何でもないし、そりゃ私生活では世話になってるけどアビターとしての活動には何ら関わってないただの一般人で――
「然し貴方様はそんなただの一般人である幼馴染の男性にしばしば暴力を振るってらっしゃる……と、実録漫画には描いてありましたねぇ」
「んなっ!?」
思わぬ言葉にエンジェルピーチは口籠る。その反応は、化け物男の発言が紛う事無き真実であることを示していた。
次回、第六話「驚愕! 隠されていた衝撃の真実!」 お楽しみに!