第四話「決戦! 闇姫騎士ダーク・ジャンヌ!」
ルージ「闇騎士ルージ・クレインだ。WEB小説を読むときは、部屋の明るさを一定に保ちある程度画面から離れて読むんだぞ?」
「……」
余りにも信じ難くまた馬鹿げた光景はダーク・ジャンヌを混乱させ、彼女の脳は一時的に所謂『処理落ち』の状態に陥っていた。然しそこは腐っても悪の組織ワルジャークの女幹部。すぐに気を取り直し、部下達の仇を討たんと立ち上がり、愛用武器である刀を抜き払いながら怒鳴り散らす。
「……こ、ン、のっ、化け物野郎ぉぉぉぉぉ! よくもあたしの大切な部下をやってくれたねぇ! もうこうなったらあたしが直接相手してやるよ! コテンパンのギタンギタンのボッコボコのズッタズタのグッチャグチャにしてやっから覚悟しなっ!」
「……」
「ふん、言葉も出ないかい。まあ無理もないことだよ。何せあたしのノワール・カタナ・セイバー矛羅殺滅はヒンズー教の聖典アヴェスターにも名前のある妖刀……クトゥルフとの戦いに敗れたオーディンの骨をヘパイトスがオリハルコンに変えて鍛えたと言われ、世界各地で時の権力者や英雄たちの手に渡ってはその刃を血に染めたという逸話が残るのさ」
「(お前何だよその英語と日本語とフランス語ごっちゃにした頭悪いとかセンスねえとかいうレベルじゃねえ名前の刀は。そもそもアヴェスターはゾロアスター教の聖典だボケ。ヒンドゥー教の聖典はヴェーダとかスムリティとかだカス。あとクトゥルフとオーディンじゃ神話がそもそも違うから接触のしようがねえし交戦したとして多分搦め手主体の宇宙タコが北欧きっての知識バカで死も司るマジカル戦神とやり合って勝てるわけねーだろアホ。ましてそこにまた別神話のヘパイトスが現れて骨をオリハルコンに変えて刀へ鍛えたとかわけわかんねーよバカ。ヘパイトスとオリハルコンを関連付けたまでは良かったんだがなぁ、所詮はそこだけだったって奴か)」
「ジークフリート、アルジュナ、ランスロット、ギルガメッシュ、ディルムッド・オディナ、ガヴェイン、風魔小太郎、ラーマ、ベディヴィエール、カルナ、クーフーリン、トリスタン、佐々木小次郎、ロビンフッド、アグラヴェイン、ヴラド三世、坂田金時、ダビデ、ヘンリー・ジキル、ハイド、アストルフォ、アラーシュ、シャルル=アンリ・サンソン、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト、エドモン・ダンテス、シュヴァリエ・デオン、諸葛孔明……この刀を手にした英雄は数知れず、そしてそのほぼ全員がこの刀によって命を落としていると言われてるよ」
「(言われてねーだろ確実に。何だよそのいかにも適当で国籍バラバラのラインナップは。明らかに刀持ちそうにねえヤツが結構いるし一部武装すらしそうにねえヤツいるし殆どが実在したかどうかも不確かだったりそもそも架空の存在だったりするヤツばっかじゃねーか。つーか何で一定のペースで円卓の騎士混ぜて来てんだよ。その癖アーサー王とかモードレッドとかわりと重要な面子ハブってるし。他にも結構横文字の名前多いけどおめー、あいつら日本刀とは根本的に相容れねえだろ。うろ覚えだが日本刀ってのは他国の刃物系武器とはまるで別もんなんだからよ、他文化圏の武器に根本から慣れきってる奴に使いこなせるわけねぇだろうが。ったく、どこのソシャゲーに影響されて妄想拗らせてんだか知らねえが設定作るんならもうちっと勉強って奴をしとけっつんだ)」
化け物男はダーク・ジャンヌへの罵詈雑言を独白という形で口走る。決して口に出して直接言おうとはしない。この女には言葉を発するだけの価値もないと判断したからである。然し――
「……ふん、あくまで沈黙を貫くかい。まあ仕方のない事だよ。この矛羅裟滅を見た奴は恐怖の余り言葉も出なくなるんだ。血を求める妖刀のオーラに当てられて自分の無力さを思い知っちまうんだ――例えそれが幽霊やロボットであっても例外なく、ね……」
「(そりゃおめーののバカっぷりにやる気が無くなってるだけじゃねえのか……まあいいや、こいつも殺そう)」
「どうやらさしものあんたも生身の肉体を持つ以上この恐怖と絶望のオーラからは逃れられなかったようだね……普通なら見逃してやってもいい所だけど、あんたは既に許されないことをした……慈悲はないよ、この矛羅殺滅のサビになりなっ!」
かくしてダーク・ジャンヌはあまりにセンスのない名前と粗だらけな設定のついた刀を振り上げ化け物男に斬り掛かる。当然その斬撃は化け物男の発動した謎のエネルギーによって阻まれる。だが……
「ふん、やっぱりオーバーセンスで止めに来たかい! だが無駄だよ! 何故ってこの瞬間、あたし自身もオーバーセンスを発動できるんだからねぇ!」
「(あ、そっか。こいつもスケイズだから何かしらオーバーセンス持ってんのか……何だ、エロい格好でカタギどもを扇動して操る――わけはねぇよな。とすりゃあ――ぬぅっ!?」
思考を遮るように起こった異変は、それまで落ち着き払っていた化け物男を動揺させるに十分だった。
「(何だこいつぁ……すり抜けた……すり抜けたぞ……刃を止めてた私の腕を、刃が……しかもただすり抜けたってだけじゃねえ。外皮と骨を切らずに中の肉だけを断ち切りやがった……お蔭で切られた部分から先が動かねえ……)」
「くくく、動揺してるようだね。『どうして腕が動かないんだ傷一つついてないのに』とでも言いたげな顔だよ」
「……(反論できねぇ)」
「折角だから教えてやるよ化け物野郎。あんたは今まさにあたしのオーバーセンス『絶対斬撃』を食らったのさ! 絶対斬撃の発動中、あたしの矛羅殺滅はあらゆる物体を意のままにすり抜け、狙ったものを思いのままに斬ることができるようになる! それであんたの全てを阻み跳ね返すオーバーセンスと如何にも硬そうな甲殻をすり抜けて、柔らかいであろう中身だけを斬らせて貰ったって訳さ!」
「(やっぱりかー。然しなるほどその意味では確かに妖刀だな。鍛えたのは500年前のエジプトの刀鍛冶で、こいつもただその刀に操られてるだけだったりとか――いうようなことはまず絶対え有り得ねえだろうがよ。然しオーバーセンスでの防御が通用しねえか。ちいと面倒臭えことになっ――
「何をボサッとしてんだいっ!」
「ぬぅ!」
再び思案を遮って降り下ろされた刀は化け物男の右肩をすり抜けるように切り裂き、脳との連絡手段を断たれた彼の右腕は力なく垂れ下がる。
「さあさ、まだまだ行くよっ! この矛羅殺滅で地蔵になっちまいなっ!」
ダーク・ジャンヌは刀を振り回し、あっと言う間に化け物男を無力化してしまった。
「はぁーっはっはっはっは! どうだい、動けないだろう? 手も足も出ないとはまさにこのことだねぇ!」
「……ああ、全くだ。手足のみならず尾や体まで斬られちまったもんでこうやってただ喋るのがやっとだもんなぁ。防御もその刀で無いに等しい以上、俺に待つのは死のみということか……やれやれ、こいつはマジに最強無敵と言う他ねーなぁ」
「んふははは! もっと言いな! この世で最も強く美しく気高く高貴で尊く可愛く麗しく逞しく誇り高いスケイズであるこのダーク・ジャンヌ様に、そしてこの世のどんな組織よりも偉大で強大で他の何より世の支配者として君臨するに相応しいワルジャークに逆らったことを悔いる時間くらいはくれてやるから――
「やかましい」
「さぶごっ!?」
声高に宣う女幹部の顔面へ叩き込まれる、強烈な張り手。鍛え上げられているとはいえそれでも華奢な身体を三メートル程も吹き飛ばしたその一撃を放ったのは、実質的に腕を失ったに等しい筈の化け物男であった。
「やかましいぞ、ボンレスハムが。こっちが黙って聞いてやってりゃあ調子に乗ってウダウダと……」
「んがっ、っぐ……あ、あんた、腕を……あたしが、あたしが動けなくしてやった筈、なのに、どうして……?」
「ぁあ? 別にわざわざ説明する程のこっちゃねぇんだが……ま、お前の斬り方が悪かったってこったなぁ」
「斬り方、だって?」
「そうだ。そのオーバーセンス、邪魔な物体を透過して狙ったもんだけを斬るってなあ確かに強力だ。どんな防御も無意味だからな。だがこの場合……使い方が悪かったな。お前は私の外皮と骨を斬らず肉だけを斬った。とすると確かに筋肉も神経も血管も切れはする。だが外皮と骨へ傷一つ入ってねえが故、切られた部位は元の形を保ち続けてんだよ。つまり斬られた肉同士は密閉された外皮の中で密着状態にあるわけだ。で、生き物の身体にゃある程度の自己修復システムがあるのは当然知ってるよな? 斬られた肉同士が密着してるとそのシステムが働いて本来の形に戻ろうとするってのも勿論知ってるだろ? 外科医が患者の傷口を縫うのはその働きを助ける為、ってのも承知の上だな? で、ここまでの話を纏めつつある程度形を整えると、お前がその刀で斬った私の手足や尻尾は、斬られたと同時に縫合されていると言ってもいい状況だったわけだ」
「な、何だって……! (何なんだいこいつ! 自分が知ってることを他人も知ってるって前提でわけわかんないこと言いやがって!)」
「ともすりゃあとは簡単よ。斬られた肉が繋がるのを待ってりゃいいんだからな。まあその前に殺される可能性もあったが、お前の性格からしてそうなる確率は限りなく低いと私は踏んだ。で、その予想が当たった結果が……これだ」
「『これだ』じゃないよ。手足が再生した程度で何をそんな勝ち誇ったツラしてんだい。どう足掻こうとあたしの絶対斬撃の前じゃあんたのオーバーセンスなんて無力! 肉だけ斬ったから再生された? だったら皮や骨まで断ち切っちまえば済む話さ! 何せこの矛羅殺滅はオリハルコン製、その程度造作もないんだよっ!」
かくしてダーク・ジャンヌは再び化け物男へ切りかかる。然し――
「バラしてボットン便所にぶち込んでやるよ、化け物野ろ――
「ふん」
「お……おお?」
何とも信じ難い光景に、ダーク・ジャンヌは思わず己の目を疑った。
「な、何だい、こりゃあ……どうして、こんな……」
全力で振り下ろした筈の刀が、化け物男の左手によっていともたやすく受け止められていたのである。
「ええい、くそっ、こんな、ことがっ!」
ダーク・ジャンヌは混乱しつつもすぐさま次の攻撃に移ろうとする。同時に化け物男は刀を受け止めていた左手を握り締め――
「ふん」
持ち主曰くオリハルコン製であるという白刃を、まるで麩菓子か何かかのように軽々と握り潰してしまった。
次回、第五話「出現!思いもよらない敵!」 お楽しみに!