第二話「決闘! 神速の闇騎士ルージ!」
エンジェルピーチ「エンジェルピーチです! WEB小説を読むときは、部屋を明るくして、画面から離れて読んでね!」
「これが"最新最強"か? 聞いて呆れるぜゴミカスよ」
ふとどこからか、嘲りの言葉が投げかけられる。ダーク・ジャンヌは最初それが墨に捕らえられた衆人の一人によるものかと思ったが、どうやら違うらいしいと察知する。
(となるとタコダゴーンを殺した不届き者の言葉で間違いないねぇ……)
その推察を裏付けるかのように、女幹部の視界へ人影が映り込む。早歩きで近寄ってくるその人影は、一見普通の人間に見えた。
故にダーク・ジャンヌはその男――恐らくはタコダゴーンを殺した挙句嘲ったであろう不届き者――を腹癒せに叩きのめしてやろうと考えていた。
然し……
「ひっ」
目の前で立ち止まったその男の、余りに異様過ぎる――最早異形とか怪物という言葉が相応しいほどの――風貌に、ダーク・ジャンヌは一瞬怯んでしまっていた。
(背丈はあたしと同じか少し高いくらい。身体つきだって男にしちゃそこまでがっしりしてるわけでもない……けどこれもう全体的に怪物じゃないかい! うちのジャークモンスターだってもっと可愛げのあるデザインだってのに! こいつったら、一体全体何だってんだい!?)
ダーク・ジャンヌの前に佇む男。その怪物じみた風貌を簡単に言い表すなら『肉食獣と蝿とを混ぜ合わせて人間の形に整えたようなもの』といった所か。
その余りの恐ろしさにボンテージ姿の女幹部は再び怯みかけるが、ここで臆してばかりではワルジャーク幹部としてのプライドが許さんとばかりに恐怖を押し殺し、あくまで強気な大物として振る舞おうとする。
「や、やい! やいやいやい! あんた一体何者だいっ!? 名前とここに来た目的を言いなっ! 返答次第ではおぶらげっ!?」
瞬間、ダーク・ジャンヌは盛大に吹き飛んでいた。
「が、うぐふっ!」
彼女は一瞬自分に何が起こったのか、その詳細を殆ど理解できずにいた。
理解できていた事と言えば、少なくとも自分の顔面に凄まじい衝撃があり――然しその割に何かに触れられたという感覚は一切なく――距離にして十メートル近くも吹き飛ばされたということと、もう一つ。
(あたしにこんなことを仕出かしてくれたのは、多分あいつ……あの化け物野郎だってことよ! 確証があるわけじゃないけど、そういう気がするのさ。デキる女の剣より鋭いカンって奴だよ。間違いない……となりゃあ、やることは一つしかないわよねぇ?)
垂れる鼻血も気にせず立ち上がったダーク・ジャンヌは、何処からか黒い粒状のものを一掴みばかり手に取り空中にばら蒔き呼び掛けるように叫ぶ。
「ソルジャーク!」
ばら蒔かれた黒い粒は紫色に妖しく発光し、一斉に膨れ上がり瞬く間にシンプルな異形の亜人に姿を変える。
「さあお行きソルジャーク! あの不届き者をギタギタのコテンパンにしてやるんだよっ!」
「「「「ジャーク!」」」」
ダーク・ジャンヌに命じられるまま、ソルジャークは謎の化け物男へ襲い掛かる。然し……
「ジャーック!?」
「ジャクッ!」
「ジャアアアア!」
「ジャクー!」
ソルジャーク達は化け物男に攻撃どころか指一本触れることさえ出来ずないままあっさり吹き飛ばされていく。その様子はいっそ滑稽ですらあったが、当然ダーク・ジャンヌにしてみれば腹が立つ一方であった。
(なっ……ソルジャーク達があんな簡単に……確かにエンジェルピーチにもわりとあっさりやられるっちゃやられるけど、それでも全く動いてない相手にろくすっぽ近付けもせず吹き飛ばされるとは……あいつめやっぱり何かおかしなオーバーセンスを持ってるようだね……)
ソルジャークが全滅したのを確認したダーク・ジャンヌは、続いて二人の部下の名を呼ぶ。
「全く、どれだけ踏ん張ろうともソルジャークは所詮ソルジャークかい……だったらこいつらを呼ぶまでさね。ルージ! レドー!」
「神速の闇騎士ルージ、御身の傍に」
「剛力の闇騎士レドー、御身の前に」
呼びかけに応じて虚空へ生じる、二つの黒い裂け目。その中から姿を現したのは、幻獣のような意匠のある甲冑を身に纏う二人の男達だった。
一人は猛禽類を思わせる飾り羽根が特徴的な甲冑を纏う細身の男『神速の闇騎士』ことルージ。
通り名通り俊敏な動作が持ち味の色男で、口の上手さと色気の溢れる美貌から組織の内外を問わず女性や同性愛者の男性から圧倒的な支持を集めている。
もう一人は金属製の象を思わせる重厚な甲冑を纏う大柄な男『剛力の闇騎士』ことレドー。
ルージとは対照的に怪力と頑強な肉体を売りにする豪傑で、ある理由から組織内は勿論別組織のスケイズやアビターからも大変に恐れられている人物である。
これら二人の『闇騎士』は共にダーク・ジャンヌ専属の構成員であり、純然たる戦闘能力だけならば一部の幹部にも匹敵する彼らは言わばダーク・ジャンヌにとって切り札のような存在と言えた。
「ルージ、レドー。あそこに突っ立ってる君の悪い化け物野郎にあんたらの力を思い知らせておやり!」
「畏まりました、ダーク・ジャンヌ様。我ら闇騎士、必ずやあの者を討ち取って御覧に入れましょう」
「されど我らは騎士。あの者が如何にワルジャークへ歯向かう悪であろうとも、一人の敵に二人で挑むことは騎士道精神に反する行いに御座います故……」
「ああ、わかってるさ。同時に戦うのは一人ずつ、正々堂々一騎打ちで仕留めてやりな」
ダーク・ジャンヌの言葉に、二人の闇騎士は無言で頷く。
「ならまずは……ルージ、あんたの出番だよ。ワルジャークでも一二を争う超スピードと抜群の切れ味で、あいつを切り身にしてやりな」
「はっ、仰せのままに……」
命じられるまま進み出た闇騎士ルージは、自慢のレイピアを抜き胸の前で構えつつ高らかに言う。
「我が名はルージ・クレイン。『神速の闇騎士』ルージ……名を知らぬ異形の者よ。名を聞こう」
「……名乗るのが面倒だ。好きに呼べ」
「『好きに呼べ』か……ならば『異形』よ。これより私は貴様に決闘を申し込む。神速と称えられし我が剣を受け、己の罪を悔い改め――
「喧しいぞ。要は俺を殺すって事だろうが。鉄クズのサンバ衣装着たカイワレ大根みてえな社会害悪の分際で正義の騎士なんぞ気取りやがって。てめえみてえな勘違いカスはやたらと腹立つぜ。神速なんだろ? だったらウダウダ言ってねえでさっさと殺しに来ゃあがれってんだ。てめえらは俺一人殺りゃいいんだろうが此方ゃあてめえとあと二人、そこな一斗缶で焼いたジャンボ今川焼と安いエロ漫画みてえなボンレスハムの相手もしなきゃなんねぇんだからよー、その辺察しろよな全くよー」
「ふん……言いたいことはそれだけか」
「ああ、まあ。今ん所は――
「ならばその言葉を最後に死ねいッ! 暗黒剣術神速奥義、炎斬剣!」
言い放つと同時に、ルージは持ち前のスピードを生かし化け物男へ切りかかる。
人間の肉眼では捕捉し得ない超スピードの斬撃は化け物男の外骨格の関節部――堅固な外骨格にあってほぼ唯一刃が通る脆弱な部位――を確実に捉え――
「まずは右腕を貰うぞ、異ぎょ――う?」
――こそしたが、切断には至らなかった。
(な、何故だ……? 音速をも超える鋭い斬撃により刃の周囲へ真空を生み出し、炎をも断ち切る我が秘伝の炎斬剣が……何故……というか、刃すら届いていないっ!? 何だこれは、どういうことだ!? まるで見えない壁に阻まれているかのような……否、違う! 刃を阻むのは壁ではなく、力だ! 何らかのエネルギーが刃を掴んで離さず、そのまま押し返そうとしているっ! これがこの異形のオーバーセンスなのかっ!?)
ルージは困惑しつつも何とか平静を保ち、距離を取るべくレイピアへのエネルギーに抗うのをやめ跳躍し後退する。
「……フッ、まさかこの私を退かせるとは……畏れ入ったぞ、異形よ。つい先程まで私はお前の実力をカテゴリB-程度と考えていたが、どうやら見くびっていたようだ。この魔剣アロンダイトを阻むともなればお前はカテゴリA+が妥当と見るべきだったな」
「はあ、そうかよ。そいつぁまあどうも(カテゴリって何だよ。AとかBつってっけどどこが最高でどこが最低なんだよ。つうかアロンダイトって何だよ。上司の名前からしててめえの元ネタはフランス人だろ。何で武器の名前はイギリスの伝承から取ってんだよ。そもそもアロンダイトってレイピアにつけるような名前なのかよわた、俺もその辺詳しかねえけどよ……って思ったけど口にすんのやめとこ。どうせアプリゲーに影響されて適当に言ってるとかそんなんだろうし――
「暗黒剣術神速奥義、一身突矢!」
「ぬ、うおっ!?」
気の緩んでいた化け物男の体をルージの突きが掠める。間接を狙ったそれを彼は間一髪で防ぐが、外骨格への接触は許してしまう。
「フッ、やはりそうか……異形よ、お前の不可視防壁は確かに堅牢、まさに難攻不落と言えよう。然しそれは常時永続的に展開されておらず、自らの意思で能力を発動せねばならんのだろう? ならば発動の隙を与えぬ程の、まさに神速の斬撃を間接部に放たれればお前はひとたまりもないというわけだ……違うか?」
「一々答える義理はねえ……と言いてえ所だが、まあ凡そてめえの言う通りだろうな。だがいいのかよ、不意討ちは騎士道に反するんじゃねえのか?」
「勝利のために尽力してこその騎士。戦場の義は勝者にあり。高潔な意思による行いに汚点無し……それが闇の騎士道というものだ」
「へえ、そういうもんかよ」(だったら二人同時にかかってこいってんだ面倒臭え。つーか隙突くんなら一々こっちに向かって言うなっつんだよ不意打ちにならねえだろうが……)
「というわけでここからは本気を出させて貰おう……」
(今までは本気じゃなかったのかよ。つーか舐めプは騎士道的にいいのかよ)
「……暗黒剣術神速奥義、幻影の舞!」
(なにそれ)
何やら奇妙な構えを取り出したルージに、化け物男は呆れた様子で白けた目線を向ける――とは言ってもこの男は蝿の化け物であるため両目は複眼で眉や瞼もなく、傍目からは常時無表情に見えるのだが。
対するルージはそんな化け物男の目線など当然気にも留めず、いつの間にか二本に増えた剣を振り回しながら暫く舞い踊り、そしてピタリと静止する。
「いざ――暗黒剣術神速奥義、億千万残影斬!」
掛け声が上がるのと同時に、ルージの姿が消える――否、消えたのではない。肉眼では捕らえられない程のスピードで跳躍したのである。
(幻影の舞で気血の巡りを整え我がオーバーセンスによる加速力を強化、これによって得た抜群の早さと鋭さを最大限活かせるよう設計された億千万残影斬で敵を切り刻み仕留める……これぞ我が暗黒剣術神速究極奥義、刹那夢幻斬! さあ異形よ、我が必殺の剣を受け、己が身に何が起こったのかさえ認識せぬまま果てるがい――
「ようカイワレ、何やってんだよこんな所で?」
「い゛ぃっ!?」
切り掛かろうとしていたルージの眼前に、突如どこからともなく化け物男が迫ってくる。
ルージが面食らったのも無理はなく、また思わず声が漏れたのもほぼ必然と言えた。
(ば、バカなっ! 幻影の舞を経て強化された私の動きを肉眼で追ったばかりか、全く同じスピードで追い掛けてくるなど……有り得ん……有り得るはずがない……有り得る筈がなぐごわがっ!?」
再び独白を遮るのは、背中への強烈な衝撃。
それがルージの背後へ素早く回り込んだ化け物男の回し蹴りによるもので、不意打ちによりバランスを崩された彼は俯せのまま地面に叩きつけられる。
「ぶばっ! ……っぐ、うう……お、おのれ……おのれ異形め、何のトリックを使った!? 貴様如きのオーバーセンスで我が超神速の領域へ入門してくるなど有りえんのだ! どうせ何かの小細工を使ったのだろう! 言え、言わねばこのアロンダイトとレーヴァテインが貴様をぼごばっ!?」
ルージはすぐさま起き上がって化け物男へ大声でがなり立てんとするが、どこからか飛んできた廃材が後頭部を直撃。
うつ伏せに倒れ込んだルージは意識を失ったのかそのまま起き上がる事はなかった。
「……トリックなんてねえよ(然し追加で出てきた方はレーヴァテイン……今度は北欧神話かよ)。……で、次はどっちだ?」
次回、第三話「激突! 剛力の闇騎士レドー!」 お楽しみに!