メッタメタな異世界転移
「──というわけで異世界だギャ」
「何が、『というわけ』なのよ!」
カラスの姿のマスコットがのっけから雑なことを言ったので、思わずツッコんでしまった。
私のツッコミも雑だが、人付き合いの苦手な私に、高度なツッコミ能力なんてものを期待されても困るので、その辺は勘弁してほしい。
深呼吸をして、気を取り直す。
それから、周囲を見渡した。
あたり一面は、木ばっかりだった。
あちこちに木漏れ日が降り注ぐ風景は、ちょっと幻想的。
そんな中に、私とカラスのマスコットが、ぽつんとたたずんでいる。
どこかの森の中だと思うけど、どこの森だかはわからない。
そもそも都会っ子の私に、森の違いなんて分かるわけもなく──
「だから異世界だって言ってるぎゃ」
「モノローグ読まないでほしいな!」
私は再び全力でツッコミを入れる。
すごく疲れる。
そもそも私はもともと本の虫というやつで、人と喋るのなんて苦手なのだ。
私が今相手にしているカラス状の生き物が、どう見ても人じゃないとかは置いといてほしい。
このカラスの姿をした何かは、どうも神様の遣いか何からしい。
で、なんだっけ……確か子どもを助けようとしてトラックに轢かれた私は、真っ白い世界で、神様とか名乗るお爺さんに出会って──
「まったく、空気の読めない主人公だぎゃ。そんな転移前のことなんか、今どきの読者は誰も求めてないぎゃ。さっさと本編を始めるぎゃ」
「だあああから、そういうメタい事言うのやめろ! 読者舐めんな!」
──そう、まあ、大方の想像はつく。
ここは、ライトノベルとかでよくあるような、異世界というやつなんだろう。
異世界に転移してきた現代人が、持ち前の現代知識とか、神様からもらったチート能力とかを使って、現地人を相手に主人公TUEEEE無双するような物語。
そういう世界の主人公として、私が選ばれたとかなんとか、まぁそんな話っぽい。
だとするならば──私にもあるんだろうか。
その、何ていうの?
チート能力、みたいな?
「何だぎゃ? さっきからちらちらあっしのほうを見て。さてはあっしに惚れたぎゃ?」
「どうして突然、察しが悪くなるかな! さっきまで私のモノローグ読んでたよね!?」
「まあ分かってるぎゃ。チート能力が欲しいぎゃね?」
「うっ……だって私、現代知識とかほとんど持ってないし……」
所詮は一介の高校生である。
そして本の虫といっても、物語の虫であり、そこから実用レベルの知識を得ているわけでもない。
別に、この世界の人たち相手に、好き放題したいというわけじゃない。
でもだとしても、現代日本のもやしっ子である私が、何の能力もなしに異世界をふらふらしていたら、あっという間に第二の人生が終わっちゃうに決まっている。
だから、自衛能力ぐらいはないとやっていけないと思うのは、仕方のないことだと思うんだ。
チートという言葉の本来の意味は不正だとか、そういうことは言わないでほしい。
「しょーがないぎゃねぇ。じゃあチート能力を授けるぎゃ。ちちんぷいぷい」
カラスがものすごく古典的な呪文を唱えると、私の体がきらきらした光に包まれた。
「こ、これが……私の力……? 一体、何ができるの?」
「身体能力と魔法能力がこの世界で最強になったぎゃ。古竜もパンチで倒せるぎゃ」
「……はい?」
ワン●ンマン?
「え、いいの、それ? 物語成立しなくない?」
「いいんだぎゃ。むしろ主人公が最強じゃないと、読者に安心して読んでもらえないぎゃ」
「……だとしてもそれ、口に出しちゃダメじゃない?」
「日常系作品だと思えばいいぎゃ」
「日常系」
「日常系だぎゃ」
『●き☆すた』とか『旦那が何●っているか分か●ない件』とかが浮かんだ。
そうなのかー。
「ちなみに普段はリミッターが掛かってるから、眼鏡とセーラー服の普通の地味系女子高生にふさわしい能力しかないぎゃ。望んだときに、望んだだけ能力が出る仕様だぎゃ」
「私の外見説明まで、不自然に台詞に混ぜてくれてありがとう」
「というわけで、さっさと街に行って冒険者ギルドに行くといいぎゃ。読者はいい加減、しびれを切らす頃だぎゃ」
「さっきも言ったけど、あんた絶対読者のこと舐めてるよね?」
私もラノベ愛読者だから、その辺には敏感だよ?
さて、そんなこんなしながら私たちは森を歩き、やがて街道へと出た。
すると街道の前方で、何やら停まっている馬車を見つけた。
馬車の周囲には、十人を超える粗野な男たちが取り囲んでいて──
「お姫様の乗った馬車が盗賊に襲われているイベントシーンだぎゃ」
「せっかくモノローグで描写してるのに、台無しにするのやめてもらえるかな!」
「描写とか回りくどいぎゃ。読者はそんなもの望んでないぎゃ。スパッと事実を伝えたほうがまだるっこしくないぎゃ」
「あんたそろそろいい加減にしろよ」
私の怒気が本気だと分かったのか、カラスは器用に首をすくめた。
読者読者って、ひとくくりにすんな。
少なくとも私は、描写がほどほどにしっかりしているラノベは好きだし。
「それより、助けないと」
「本当はどっちが悪人か分からないぎゃよ?」
「さっきあんた盗賊がお姫様を襲ってるって言ってたでしょうが」
「それ結局採用するのぎゃね……。でも、だとしてもお姫様が善人とは限らないし、盗賊が悪人とは限らないぎゃ」
「ぐっ……そんなのは、分かんなくても放っとけないでしょうが!」
私はリミッターを解除すると、馬車の周りを取り囲む盗賊たちのもとに駆け込んで、彼らを素手でばったばったとなぎ倒していった。
もとの世界では、体育の授業でもどんくさい運動能力で恥をかくばかりだった私にとっては、なかなかに気分のいい体験だった。
そうか……これが無双っていうものか。
こういうのにハマっちゃう男子の気持ちが、ちょっと分かってしまった気がした。
そうして数秒後には、盗賊たちはみんな地面にのびていた。
私は少しドキドキしていた。
……た、楽しいかも。
なんて思っていたら、カラスが器用にニヤニヤした顔を作りながら、ばっさばっさと近寄ってきた。
「ぎゃっぎゃっぎゃ……俺TUEEEE!の良さが分かってきたみたいだぎゃね」
「う、うっさい! 別に最初から嫌いとか言ってないし! あと私だから俺TUEEEE!じゃないし!」
「女主人公ならではの良さもあるぎゃよ。この作品がアニメ化したら、ハイキックしたときにセーラー服のスカートが翻ってパンチr」
「わああああっ! 黙ろうか! それ以上喋るのやめようか!」
私はカラスのくちばしを両手で引っつかんで塞いだ。
余計なことを喋られただけで、何かが汚される気がする……。
これが作品世界……お、恐ろしい……。
「──そ、そんなことより、馬車の中のお姫様に会わないとね。うん、それがいい」
私はそう言って、馬車の中をのぞき込もうとする。
しかし──
「あっ、まだダメだぎゃ」
くちばしを解放されたカラスが、私を止めようとして──ぶつん。
私の視界は突然、真っ暗闇に落とされた。
……あれ、何これ?
「あーあ、ダメだぎゃ。まだその先はできてなかったぎゃ」
真っ暗闇にカラスの姿だけが浮かび上がり、そんなことを言ってきた。
「しょうがないぎゃ。ひとまず別の異世界で待ってるといいぎゃ。ちちんぷいぷい」
カラスがまた例の呪文を唱えると──次の瞬間、私の視界には瀟洒な雰囲気の庭園が映し出されていた。
何やら貴族風の服装のイケメンと、平凡な容姿と形容されそうな美少女が、私の前にいる。
そしてそのイケメンが私に向かって、誰それを虐待したという話を聞いた、などと問い詰めてきている。
私はと言うと、さっきまでと違って姿が変わっていて、ドレスを着た金髪縦ロールのお嬢様姿。
ああ、これは……
「さ、思う存分に婚約破棄してざまぁするといいぎゃ」
頭上にいたカラスが言って、私の肩にばさばさと止まる。
そう、もう何でもありなのね……。
私はげんなりしながら、その王太子殿下だのいうイケメンを、何となく論破してゆく。
もうどうにでもしてと思いながら、それでもちょっと楽しんでしまう自分に、私は心の中で涙していた。