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7.出演


 結局、その日は色々と呆気に取られることが多かったものの、大輔の代わりに香を交えて小学校の頃によくやったゲームをしたり、麻雀をしたりして過ごした。

 

「はっはっは! どう? 元キャバ嬢をなめないでよね!?」


 陽が落ちて酒を飲み始めると、何故か香と飲み比べとなり、僕らは香一人にヘコまされた。酒は尾瀬家に隣接する工場内の業務用冷蔵庫に、唸る程にあった。巨漢を誇る大輔の父親が、酒が飲めない癖にやたらと人から貰っていた為だ。


 また、彼は僕らが大輔の家でゴロゴロし始めると、何処からか酒と乾き物を小型トラック一杯に運んで来た。その中を、僕と竜也が狂喜乱舞して泳ぐ。


『だっはっは! 全部、好きにしていいからな』


 そんな風にして笑うのが似合う、豪快な人でもあった。


 何処から運んできたのかは、本当に謎だ。しかしその父親はある日、「釣りに行ってくる」と、フラッと出て行ったきり帰ってこない。


『どっかでのたれ死んでるのかねぇ? あっはっは』 


 大輔の母親も気持ちが良い人で、幼馴染の僕たちにそう言って笑った。

 突然、我が息子が消えたことに関しても――


「あれ? そういえば大輔は?」

「あ~~、大輔な。中東人に拉致されたよ」


「ふ~~ん」


 タカちゃんの言葉にそう言って応じる人だ。奇妙に達観している。

 その母親の部屋に、酔っ払って帰れそうにない香はその晩に泊まっていった。


 翌日から、僕たちは大輔がいなくなったことを忘れたかのように、再びダラダラとした日常を開始した。ゲームをしたり、酒を飲んだり、運動がてら物干し竿を振り回したり、配給を受け取りに行ったり、町の警備を手伝ったり。


「大輔、どうなったんだろうね?」


「わからん」

「本当、分かんないよね」


 竜也とタカちゃんは、大輔のことを判断停止状態に置いているようだった。


 悩みを抱えるとは、ある事象に対する納得の数値を脳内で設定出来ない状態だ。そんな中、「分からない」と割り切ることは正しい判断ともいえる。

 

 答えを得られない問題に思い煩うよりも、新しい情報が得られるまで判断停止した方が建設的だからだ。


 はっきりと言えば、大輔が突然いなくなったことに対して寂しさは募った。


 考えてもみて欲しい。いきなり訳の分からない人たちがやってきて、訳の分からないことを言い、旋風のように僕らを巻き込んで、大輔を浚って消えたのだ。


 だが大輔の不在を、僕らは殊更に意識しまいとした。終末の世界では、突然消える人間もいる。そういうことに僕らは慣れていた。それが悲しいことなのかどうかは、嘗ての感覚を忘れてしまった今では分からない。


「あの秘書の人、綺麗だったよね。大輔、童貞捨てられるといいな」

「そだな~」

「そうだね~」


 秘書の女性の話は、正直言って荒唐無稽が過ぎた。笑って隕石を迎える。大輔を英雄に仕立て上げる。詳細なことはよく分からないが、あまつさえ大輔がブラスターホームランをする為の、最高のスタジアムを用意するとも言っていた。


 どう考えても、常軌を逸している。正気の沙汰とは思えない。だが個人所有と思われるターバン男のヘリや、少ない情報で大輔の居場所を突き止める等の現実を見せつけられると、相対的な世界にいる自分の足場が不安にもなった。


 ――何が正しくて、何が間違っているのか?


 その境界線が酷く曖昧になっていることを知る。言うならば、人類が積み上げてきた経験則が、常識が、共通認識が、終末の世界では連続的に存在していない。世界中の誰もが経験したことのない、全く新しい世界が僕らに開かれている。


 何かの名残に揺れるように、僕らはタカちゃんの部屋ではなく、主不在の大輔の部屋でゴロゴロした。奴が帰ってくることはないのかもしれない。その考えを決して言葉にしないよう努めながらも、共通認識として持ちながら。


 その日々の中、僕は寺に赴いて座禅を組んだり、掃除をしたり、遊びに来る香と話をしたりした。香を連れて大輔の部屋で遊ぶことも。その後は決まって皆で酒を呑む。それなりに賑やかで、愉快な日々を過ごしていた。


 ただ時折、隙間風のような寂しさが通り抜けるのは、どうしようもなかった。


 そうして、大輔がいなくなって一週間後のその日の夜。僕たちはあの秘書の女性の言葉が、本気のものであったと知ることとなる。


「ちょ!? お、おい、イサム! これって大輔じゃないか?」


 ネットを徘徊中のタカちゃんが、ニヤニヤ動画で再生数が爆発的に伸びている動画を見つけた。ランキングは二位と大きく差をつけ、ぶっちぎりの一位。


 『【TOP SPEED特別編】ブラスターホームラン、人類の救世主現る!』


 そんなタイトルと共に、動画選択画面には大輔に良く似た姿の男が映っていた。

 

 僕と竜也、タカちゃんはそのキャプチャー画像を眺め、茫然としたり唖然としたり、馬鹿みたいにお互いの顔を見合うのに忙しかった。が、不思議な静寂の中で息を呑み、覚悟を決めて動画を再生してみることにした。


「いや~~中東の女性は実にいい! どうも皆さん、お久しぶりです。各国の大使館から直ぐに苦情が来ることでお馴染み、大! 人! 気 ! の車番組。車業界を大いに盛り上げるジョンソンの団こと、” TOP SPEED ”が戻って参りました。そして我々は今日、スポンサー命令で番組史上、最も大切で、最もCRAZY! 最もPOWERFULL! なゲストをお迎えしております」


 それは自動車を紹介するイギリスの国民的な人気番組のようで(後で調べたところによると、自動車番組とは名ばかりの、変なことばかりしているバラエティ番組らしい。色々な車を天国に無償で輸出しているとか)、スタジオ内では壮年らしき大柄の白人男性が一人で映っていた。


 ご丁寧にも、日本語訳が字幕として画面下部に表示されている。


「多分、皆さんは彼のことをまだ知らないと思います。車に関係するかって? えぇ、彼はあの耐久性は抜群の車を作るTOYODAの国、JAPANからやってきました。それでは紹介します。人類のメシア、DAISUKE!」


 その言葉に僕らは目を剥く。すると本当に大輔が、僕らの前から姿を消した時の格好のまま、スタジオに現れた。Tシャツは更にヨレヨレになっている。一見、不審者がその場に闖入(ちんにゅう)したようにしか見えない。


 大輔は司会者に招かれると、中央に歩を進め、恥ずかしそうに挨拶した。


「あ、どうも」


 まさかの日本語だった。


「さぁD-SUKE、気を楽にしてソファに腰掛けてくれ。座り心地抜群だろ? 皆、決して不審者がスタジオに闖入した訳じゃないからね。最初に言ったけど、彼は我々の救世主になる男なんだ。そうだよね、D-SUKE?」


「えっと、まぁ……なんか、そうらしいです」


 大輔の言葉は瞬時に通訳され、司会者が耳に装着したイヤホンに届いているようだった。大輔の耳にも同じものがある。頷く長身の司会者。


「どうだい! この自信満々の顔! 我々も散々、今まで訳の分からないことをやってきました。英国の救急車の現場到着時間の遅さに腹を立て、粋なジョークで霊きゅう車を改造して救急車にしてみたり。何かむしゃくしゃしたので、とりあえず車を一時間、延々とハンマーでぶっ叩いて壊したり。しかし、それ以上に今、訳が分からない事態に遭遇しています。この終末の世界で! ですが……ご存知のように、我々はそういうことが大好きです! 中東の女性も勿論大好きです!」


 ちょくちょく出てくる「中東の女性」という単語に、変な想像をしてしまう。だが司会者はふざけながらも到って厳粛な様子で、続いて大輔に尋ねた。


「それじゃ、D-SUKE……え? D-SUKEじゃない? あぁ、DAISUKEだったか、失礼。それでDAISUKE、君が人類に何をしてくれるのか、教えてくれないか」


「あ、はい……えっと」


 司会者の言葉も瞬時に通訳されているようで、少し間を挟んで大輔が答えた。


「地球に落ちてくる隕石を打ち返します」と。


 その返答に大盛り上がりの司会者。 


「わぉお! 聞いたかい! 隕石を打ち返す! 有史以来、最悪といわれる隕石落下事故がツングースカ大! 爆! 発! 1908年6月30日朝7時。シベリアのツングースカ川上空で巨大な火の玉が爆発! EXPLOOOOOSION! 周辺に広がる無人の森を、約2,150平方キロメートルにわたって破壊しました」


 その説明と合わせ、スタジオ中央の巨大モニターに「ツングースカ大爆発」に関係すると思われる、古ぼけた資料などが次々と映し出されていた。


「その際の隕石の大きさが、直径50メートル前後といわれています。50メートルの隕石でさえ、そんな大惨事を招くのです。そして、現在地球に接近中の難いアンチキショウである巨大隕石は、その二百倍はあると目されています! その隕石をDAISUKEは打ち返そうと言うのです! ちなみにどうやって?」


 一人ヒートアップした司会者の長広舌に対し、シンプルな回答をぶつける大輔。


「ブラスターホームランです」


 直後、巨大モニター内の映像がザンブラスターのアニメに代わる。それを背景に、一度両手を擦り合わせた司会者が説明を始める。


「皆さん、落ち着いて下さい。BLASTOR HOME RUNとは、日本のANIME『ザンブラスター』が用いる必殺技の一つです。耐久性に世界的な定評のあるMADE IN JAPAN。全長何百メートルもあるROBOTが、敵の宇宙怪獣が放つ隕石を、これまた巨大なバットで打ち返す。その技の名前が、BLASTOR HOME RUN!」


 司会の男は大仰なジェスチャーで、抑揚をつけて話す。会話の緩急の着け方が巧みで、字幕を通じても思わず聞き入ってしまう話術だった。


「勿論、DAISUKEは巨大ROBOTではありません。ですが、彼はそれをやろうとしています。それで肝心な点になるが、DAISUKE、君は隕石を打ち返す自信があるのかい?」


 司会者の質問を合図に、スタジオに帽子をかぶった男が現れ、大輔にカンペと思われるものを渡した。戸惑いながらも、それをゆっくりと読み上げる大輔。


「え~、それは確かに、困難かもしれません。なにせ、私が今まで腐心して来たことと言えば、どうやって、夕飯のオカズを母親にばれずに(かす)め取るか、とか。衆人環視の中、落ちているお金をどうやって自尊心を保ちながら掠め取るか、とか、そんなことばかりです。おっと、勿論、女の子の心を掠め取ることも……ね」


 司会の男が、こらえきれずに笑いを吹きだした。


「OK、すまない。ちょっと僕の口内で空気が爆発しちゃってね。それで、夕飯のオカズを掠め取って盗み食いしたり、落ちているお金を掠め取ることばかりに心血を注いで来た君が、隕石を打ち返す自信があると、そういう訳だね?」


 司会者が問いかけるようなジェスチャーを交え、大輔に尋ねる。


「えっと……女の子の心も、です」


 何故か正確性の確保に熱心な大輔。変な顔をして笑いを逃そうとする司会者。


「あ~~失礼、女の子の心もだったね。それで話を質問に戻すが、夕飯のオカズを掠め、落ちているお金を掠め、女の子の心を掠め取る。そういったことに心血を注いで来た君が、隕石をBLASTOR HOME RUNで打ち返す自信があると、そういう訳だね?」


 大輔は頷き、カンペに再び視線を注ぐ。


「はい。私は隕石、つまりは神様が人類に向かって投げたボールを、打ち返す自信があります」


「ちなみに野球の経験は?」


 そして司会者に問われたのなら、顔を上げ、



「ナッシング!」



 自信に満ちていながら、ちょっとはにかむような大輔の表情。サムズアップされたその親指。止まるスタジオ内の時間。アップから徐々に引いていく構図。


 司会者の顔がアップで写される。彼は俯き、右手で顔を覆いながら爆笑に必死で耐えようとしていた。僕も同じような態勢で体を震わせた。


『ここでまさかの英語w』

『汚いはにかみ王子かwww』


 動画内でのコメント表示はオフにしていたが、画面右端のコメント欄は賑わいをみせ、書き込まれたコメントで自動的にスクロールしていた。


 油断すると変な声が出てしまいそうだったが、何とか笑いを飲み下した。だが、小動物が絞殺でもされたような奇妙な声が耳朶を打ち、背後を振り向く。


 進化を目論んで海から陸上に這いあがった古代生物のように、竜也とタカちゃんが床に這いつくばって、ピクピクしていた。笑い死にしそうだった。


 顔を赤くし、「かかっ、かかっ」と、腹を痙攣でもさせたように震わせ、或いは何かを出産せんが勢いで、時に咳き込み、喘ぎながら、必死に酸素を肺に供給しようとあがいている。


 それから先、その番組は大輔の身体的特徴をこれでもかという位に弄り倒した。その都度、はにかむ大輔。上げられる親指。手で顔を覆う司会者。


 そのようにしてカオスなお時間を絶賛タイムサービスし、「それでも彼は、メシアなんです」という強引な締めで番組は終了した。


 完全に公式が病気だった。

 もう何がしたいんだか、さっぱり分からなかった。

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