3.お節介
「お~い、大輔ぇ!」
硝子を散らしたような陽光の下。危機らしい現場へと三人で向かい、タカちゃんが声を掛けると、
「なんだ!?」
大輔の命も女の子の尊厳も散ってはおらず、バットを日本刀のように構えた大輔が、鉄パイプを持つ外国人二人と牽制し合っていた。
捕えられた女の子が救援を認め、「あっ!?」と声を上げる。
その一方で――
「あのさ~、ファミコソが動かないんだわ。お前ちょっと見てくんない?」
「忙しいとこ悪いな。ちょっと頼むわ」
タカちゃんと竜也は、危機を察知していないかのように振る舞っていた。
「はぁ? ファミコソ? いやお前ら、後にしろって!?」
大輔は一度こちらに目を向けたが、答えると気忙しく暴漢たちに視線を戻した。「あ~~」等と言って、顔を見合わせる僕ら三人。
ここでやいのやいの言いながら見物しててもいいが、こんなことは早く済ませてしまいたいという気持ちもある。まぁ、あと、それに……。
「どうする?」
「おい、どうするイサム?」
竜也の問いかけを、タカちゃんが僕に流す。
「いや、どうするったって……」
僕らはまぁ仕方ないかと、目で会話をすると――揃って得物を持ち直した。
その直後、僕たちが現れてから怪訝な表情を浮かべていた暴漢たちの顔が、青ざめた物に変わる。恐怖が黒い鳥のように、彼らの世界を横切った。
僕たちはそれぞれ、その手に槍を持っていた。ゲームに出てきそうな長い槍で、先端に刃物がついているばかりか、装飾まで施されている。
三人の内、真ん中に立った僕が前に進み出た。
槍をクルクルと頭上で器用に回して見せた後、暴漢たちに向けて構える。
そして気合い一閃。
「メェェェェェエン!」
謎の掛け声を前にビクッと外国人の体が震え、彼らは言葉よりも饒舌に、困惑と怯えをその目に映した。
それを合図とし、タカちゃん、竜也の順でそれぞれ手にした槍を大げさなモーションで操り、暴漢に向ける。
「ドォォォオ!!」
「コティィェェエェェェェェェイ!」
アホみたいな掛け声が、その場に木霊する。
経験則として、こうすると大抵の暴漢は恐れをなして逃げる。
ちなみに掛け声に意味はない。以前はタカちゃんが『チーン!』と言ったので、竜也と僕が『ギース!』、『ハーン!』と続いたことがあった。尾瀬家付近は市街地から離れて人通りも少なく、廃工場などもある為か、かなり治安が悪い。
今回と同じように襲われている女性を大輔が見つけ、おっとり刀ならぬおっとりバットで飛び出したのだ。辟易しながらもそれに付き合った僕ら。
もっと前だと大輔が一人対多数で対峙している中、竜也が音頭を取って、
『愛と!』
『勇気だけが!』
『セーラー服美少女……って、あれ? セーラーマーンじゃねぇの?』
タカちゃんがマニアックな間違いをして、皆で笑ってしまったこともある。外国人相手だから、まぁ意味が分からないだろうと思ってのことだ。
幸いなことに日本人の暴漢には、暴走族の定期的な治安維持活動(巡回や戸別訪問)が功を奏してか、ここ暫く会っていない。意外にも、この地域の治安は警察や自衛隊のみならず、地元愛に目覚めた田舎特有の暴走族が維持したりしていた。
当初は暴れている後輩をシメる為に集まった、家庭持ちの暴走族のOB連中。それが気づけば自主治安隊となっていた。中学時代の知り合いも何名かそこに参加している。戸別訪問時などには、昔話に花を咲かせたりしたこともある。
槍で威嚇を始めると、目の前の暴漢たちは興奮したように早口で、母国語で言葉を交わし始めた。驚きに剥かれた目が印象的だった。僕たちがにじり寄る気配を見せると慌てて女の子を解放し、何かを喚きながらその場を去った。
暴漢の姿が見えなくなると、僕たちは張り詰めた空気を弛緩させる。
可能なら、この地域に出没する槍を持った変人の噂を仲間に広めてくれるといい。視えない物は存在しないのと同義だ。目の前で女性が襲われていなければ、大輔も勇んで飛び出すこともない。
「イサム、もっとネタに走ってもよかったのに」
竜也が構えを解き、笑いながら声を掛けてくる。
「いや、思った以上にパッと言葉が出てこなくてさ」
尚、僕たちが手にしている槍は、本当は槍なんかじゃなく、只の物差し竿だ。それをタカちゃんが溶接所で加工し、ゲームに登場するような槍に仕上げた。
つまりはハッタリ用だ。
もともとタカちゃんが趣味で作っていたのだが、それが随分と役に立っている。僕が好んで使っているのは、タカちゃんが「無双奉天戟」と呼ぶもので、禍々しい飾りが着いていた。
「あの……だいじょぶですか?」
僕たちが下らないことを言っている間に、大輔が女性に声をかけていた。ナンパではなく、大輔は純粋な善意で助けている(と、僕は思っている)。
「なぁ大輔、ファミコソ!」
「頼むわ大輔、急にスペラソカーがやりたくなっちゃってさ」
タカちゃんと竜也が、歩み寄りながら大輔をせっつく。
「ちょっ! お前ら、後にしろって!? あの、ここらへん危ないですから、よかったら俺、目的地まで送りますよ」
僕は大輔のお節介に溜息を吐きながら、女の子を見る。
二十歳前後だろうか? あまり利発そうに見えないが、胸だけは大きい。
スレンダーな繭美とは対極的で……。
途端に心が、濡れ雑巾を被せられたみたいに湿った、嫌な気持になる。日常の中で余りにも繭美が占める領分が大きいことに、行き場の無い苛立ちが募る。
――いい加減にしろ。もうどれだけ経つと思ってるんだ?
思わず空を見上げた。晴れ渡った空の下、胸中では寂しさが、一条の飛行機雲のように過ぎ去っていく。すると視界の端で何か動きがあり、
「あ……あの、有難う御座いました。お陰で助かりました!」
「え? 俺!?」
困り顔で竜也が自分を指す。女の子が甘ったるい声で、その場で一番のイケメンである竜也に感謝の意を示していた。
竜也は勘違いされ易いが、ホモではない。ただ微妙に自分勝手だったり、男尊女卑的な言動が見えるので、付き合っても直ぐに女性と別れてしまう。そんな竜也を、昔は酒を飲みながらよく慰めたものだ。そして今も、恋人はいない。
竜也が彼女と付き合い始めると、あのメンバーから抜けてしまうなと寂しく思いながら、視線を何気なく大輔に移した。奴は「あ、あの~~」とか言って空中に手を差し出したまま、自分を持て余していた。
その光景を前に、気付けば僕の中から可笑しみが込み上げて来た。
タカちゃんも釣られるように笑っていた。
「ちょ、おまっ、大輔ぇ」
有り難い。心の底からそう思う。見えない何かに静かに苛まれている時、すぐ傍に、変わらない友達がいるのは……本当に。大輔が大輔であることが、僕を楽にさせたのだ。今思えばそうやって、僕は昔からアイツに助けられて来た気がする。
『お~い、イサムぅ』
『ははっ。大輔、何やってんだよ?』
懐かしい記憶が胸の内側を、幻の風のようにして過ぎ去る。
その後、僕とタカちゃんは、「だっはっは!」と腹を抱えて喜ぶと、
「おい竜也、しっかり護衛しろよな。俺たちは部屋に戻ってるからよ」
「じゃあな竜也、ほら大輔、行くぞ」
「お、おう」
大輔の大きな背をポンと叩き、三人で部屋まで戻った。