表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/11

2.幼馴染


 体の節々に痛みを感じながら目覚めると、既に太陽は南中の高みにあった。


「ん……」


 開け放った南側の窓から陽光が降り注ぎ、キツネ色のフローリングが照り輝いている。覚醒した途端に、むわっとした、男部屋の慣れ親しんだ臭いが鼻を衝いた。


 床に直接背中を預けた態勢で、よく熟睡出来るものだと自分でも驚くが、人間は何事にも慣れる生き物だ。また、例によって呑みすぎた筈だが、二日酔いに見舞われることもない。これは昔からの体質だ。


 そのまま痛む肩や腰をストレッチしながら起き上がると、視界の内にテレビモニターに張り付き、ごそごそと何か作業している二人の幼馴染を認めた。


「あれ? 大輔は?」

「おぉ、起きたんだ。おはよ~さん。大輔なら外でバット振ってるよ」


 尋ねると、竜也が嫌みのない、スポーツマン特有の爽やかな笑顔を向けた。


 元銀行マンの平澤(ひらさわ)竜也(たつや)は、高校を卒業した後も趣味で陸上を続けるような、根っからのスポーツマンだ。


 短髪でシュッとシャープな顔立ち。贅肉のない筋肉質な体。実は弱いメンタル。酒で酔っ払うと一番面倒な奴だが、まぁそこが可愛くもある。


「はぁ? バットって……まさか」

「なんだイサム、お前、心当たりでもあるのか?」


 続いて頭を掻きながら呟くと、タカちゃんがテレビの裏から人の良さそうな顔を覗かせた。尾瀬(おぜ)孝好(たかよし)――通称タカちゃん。


 彼は大輔の兄にあたる人だ。でも年齢が一つしか離れていない為、昔から僕らと一緒になって遊んでいた。人当たりの良い性格で、僕らの良き兄貴分でもある。


 大輔と同じで少し太っているが、顔はSNAPの香取信吾朗に似ている。性格的にもモテそうなもんだが、奥手な所があって恋人は随分前からいない。職業は、今こそ稼働していないが、両親が経営する溶接所の手伝いをしていた。


「心当たりっていうか、昨日二人が寝た後、『隕石を打ち返せる気がする』とか大輔が言いだしてさ」

「ふ~~ん……って、おい待て、隕石をか? どうやって?」


 タカちゃんが呆れたような困惑したような顔で尋ねた。まぁ当然だと思う。


「いや知らないけど、なんかブラスターホームランでどうとか」


 答えながら立ち上がり、南側の窓から外を覗く。人家の少ない山の端。目の前には県道が走る尾瀬家の敷地内で、大輔が金属製のバッドで素振りをしていた。


 暫し唖然とする。まさかブラスターホームランの練習をしている訳でもないよなと、その光景を見ながら考えた。


 大輔は地元の車関連の企業で、高校卒業後からラインマンとして働いていた。また中学高校は竜也と同じ陸上部に所属し、砲丸投げの選手として活躍してもいた。その為か、未だに体力だけはある。


 体には、でっぷりとした中性脂肪を蓄えているが……。


「そのブラスターホームランってなんなの? ってかタカちゃん、その配線ここじゃない?」


 大して興味もなさそうに、竜也が背後から問いかけてくる。竜也はサブカルチャーに対する関心が薄く、小学生の頃もアニメをそんなに見ていなかった。


「お、おぉ悪い。あれだろ? 確かザンブラスターかなんかの技だろ? ちょい竜也、悪いけどこれ持ってて」


 それに大輔ほどではないが、サブカルチャーに詳しいタカちゃんが応じる。


「あ~そうそう、そのザンブラスターの技なんだけど……」


 返答しようとした僕の言葉は、自然と途切れた。外にいる大輔が素振りを止め、どこか一点を眺めている。気になり、その視線の先を追うと……。


 県道を挟んだ反対側。黒髪の女の子が、三人組の外国人と思われる暴漢に追われていた。その子が足を縺れさせ、その場に転倒する。


 何というか、よくある光景だ。実際にこれまでも何度か見かけた。

 視線を大輔に戻すと、大輔はバッドを持ったまま駆け出していた。


「あ~~~~~~~。なんだ、二人とも、大輔が死んだら困るよね」


 大輔の後ろ姿を目で追いながら、あまり感情を込めず、そっけなく尋ねる。


「大輔が死んだらって……あぁ、また女の子助けようとしてるの?」

「ん~~~、どうもそれっぽいな」


 竜也の疑問符に、振り返らず応じた。


 大輔は昔から妙に正義感が強かった。道徳が麻痺しがちな終末の世でも、暴漢に襲われている女の子を助けようと躍起になっている姿を、これまで何度も見た。


 当初は大輔のその姿勢に、眩しい何かを見たような気もする。自分だけで手一杯な状況下で、人を思いやれる姿に。大輔は昔からそういう奴だ。


 だが終末を前にして、徐々に悪い方向に変化していく自分の存在は否定し難かった。自分たちに関係のない人間の生き死に、どんどん無関心になっていく。


 心を痛めることが多すぎたのかもしれないし、人間なんて、実はその程度のものなのかもしれない。勿論、僕を基準にするつもりはない。ただ、ナチスの強制収容所を生き延びた心理学者も、著作の中で同じようなことを言っていた気がする。


 そんな状態であるからこそ、今尚、大輔が女の子を助けようとしている姿を見ても、内心で複雑な思いを抱いてしまう。


 ――よくやるよな、と。


 それは僕だけじゃなく、他の二人にとってもそうだし、殆どの人間にとってそうじゃないかと思う。終末の世界で、下心なしに、人の為に何かをするなど。


 でも……だからこそ僕らは、大輔のことを密かに尊敬してもいるのだけど、それを三人とも口には出せないでいる。と、僕は思っている。


「一対三だし、大輔、マジでやばいかもな~」


 あまり緊急事態ではないかのように僕は告げた。


 暴漢は多分、ブラジル系の外国人だ。車関連の下請けが多い地元では、よく目にした人種。三人の内二人は鉄パイプのような物を持ち、もう一人は女の子の腕を捕えていた。下卑た笑いを浮かべているのが、遠目でも見て取れる。


「でもまぁ、それで死んでもアイツは本望だろ。女の子守って……って、どう竜也? 画面に何か映った?」


 タカちゃんの声に、思わず振り返った。


 先程から何に苦心しているのかと思えば、二人は昔懐かしのファミコソを取り出し、テレビに配線を繋ごうとしているようだった。


 終末が迫りくる状況下でも、電気やガス、水道といった生活インフラは国営の元に機能していた。ゴミの収集や下水処理といった地方行政サービスも、縮小しながら実施されている。テレビやインターネットも通常通り使えた。贅沢こそ言えないが、食料に関しては国による配給制度で賄われていた。


 初期には混乱があり、現在も電気使用量などに制限がある。完全には、以前の生活通りとはいかない。しかし、僕らがこうして不自由なく生活をしていられるのも、その裏で自らの職務に忠実たらんとしている人のお陰なんだろう。


 その人達にはその人達の、終末を舞台にしたドラマがあるんだろうが……それはまた別の話だ。自らの職務を放棄した僕には、ただ感謝の念しかない。


「ん~~何か一瞬映った気がしたけど、また切れちゃったよ」


 竜也の声に思考を現実に戻す。その後も二人は配線をいじったり、カセットをガチャガチャ動かしたり、本体とカセットを繋ぐ個所をフーフー吹いたりした。だがその努力も虚しく、ゲームが始まる気配はない。


「あ~~やっぱダメか。こりゃ大輔呼んでくるしかないな」

「ん? 何で?」


 タカちゃんが上げた諦め交じりの声に、竜也が応じる。


「いや、前もファミコソやろうとしたことがあったんだけど、アダプタの接触とかが微妙で、アイツがそこら変、なんか上手いんだよな」

「でもそんなの、適当にガチャガチャやってりゃ動きそうじゃん」


 実際にそれから竜也がガチャガチャ動かしたり、アダプタを触ったりしたが、反応は無かった。その様子を僕と無言で眺めていたタカちゃんが一言。


「まぁ、仕方ないから大輔呼んで来ようや。イサムも付き合えよ」

「え? やっぱ僕も?」


 結局僕らは、大輔の生命や女の子の尊厳といったものではなく、ファミコソを起動させる為という、ある意味どうでもいい大義名分を掲げ、木製の階段を下りて大輔を助けに行くことにした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ