11.ブラスターホームラン
いよいよ終末が、人類の上にのしかかる。
僕と香、竜也とタカちゃん。お馴染みとなった四人はその日、秘書の女性の手配でターバン男の自家用ジェット機で案内され、特設会場付近の空港まで来ていた。
尾瀬家の母親も当然招待されていたが、「旦那がフラッと帰ってくるかもしれないから」と、その誘いを辞退していた。テレビで我が息子の活躍を見させてもらうと、彼女は朗らかに腹を揺らして笑い、僕らを見送った。
ターバン男の教団が聖地と呼ぶ場所の近くに建てられた、真っ白な、贅を凝らした近代的な野球スタジアム。元は教団が隕石を迎える為に建てた施設だが、それを急ピッチでスタジアムに改造したらしい。そこで大輔は今日、隕石を迎える。
奇妙な偶然で、隕石は聖地と呼ばれる場所のすぐ近くに落下することが前から分かっていた。その偶然は多分、人類最後の最も大きな偶然だった。
大輔がブラスターホームランをする様子は、テレビやインターネットを通じて、全世界に配信される。今まで偶然を信じなかった人たちも、最後とあってはその偶然に何か意味を感じ、多くの人が大輔を見守る状況が出来上がった。
つまり――大輔はいつの間にか、本当の英雄になってしまった。
「何か、実感湧かないよね」
「ん? 今日にも人類が滅ぶってことにか?」
飛行機を降りてからは冗談みたいに長いリムジンでの移動となる。その最中に竜也がふと零し、タカちゃんが人の良さそうな顔を綻ばせながら応じる。
「そうそう。なんか俺、今、ワクワクしてるもん。全然、死ぬって実感がないわ」
「たっちゃん、昔からマイペースだもんね」
竜也とタカちゃん、それに時折交る香の声を聞きながら、僕はこれからのことを思う。自分の心を点検すると、何かしらの感情が運動していることを察した。見ないようにしていたが、死に対する微かな不安がそこには確かにあった。
でも――
『よぉ、イサム』
思考の暗闇の中。大輔が呑気そうに僕に声を掛け、微笑む姿が想像されると、どうしようもなく笑顔になってしまった。
「あれ、イサム? なに笑ってるの?」
「ん? あぁ、別に大したことじゃないよ」
「もう、隠し事はなしでしょ? って、分かった! 大ちゃんのことでしょ? まったく、どんだけ大ちゃんが好きなのよ? 可愛い恋人が隣にいるっていうのに」
「ははっ、悪い悪い」
そうこうしていると特設スタジアムに到着する。田舎者丸出しで感嘆の声を上げていると、秘書の女性によってVIP席へと案内された。
ホテルのスイートルームを彷彿とさせる広々とした室内。大理石の床にペルシャ絨毯が敷かれ、一目で高級品と分かるソファがいくつも配置されている。
入口と反対側の壁は一面のガラス張りとなっており、高い位置でスタジアムが見渡せた。頭上には規格外の大きさの薄型ディスプレイが三枚も掛っている。イメージとしては、競馬場のVIP席をとことん豪華にしたものに近い。
「うわ、すっげぇ!? 竜也、見てみろよ!?」
「えっ? 何々?」
「ふっふ~ん。まったく、二人とも子供みたいにはしゃいじゃって……あっ、でもこのソファー、ちょっと凄いかも!?」
皆が室内点検に忙しそうにしているのを横目で確認しながらも、僕の視線は先程から空振りばかりしていた。
「あの大輔は……」
「我らの英雄は、今は精神集中の最中です」
思わず尋ねると、秘書の女性は淀みない口調で答えた。
「主にトイレで」
そう、付け加えて。
「は、はぁ……なるほど」
表情をピクリともさせない彼女の目を覗くと、その奥で隠しきれない興奮が光となって踊っていた。最期とあって、彼女も大分壊れていたのだと後で知る。
「しっかし、本当、凄い豪華な部屋だね」
「まぁせっかくだし、楽しもうや……って、うまっ!? この酒、うまっ!?」
竜也の感嘆の声に、酒の在り処を見つけ、既にグラスに注いで口をつけているタカちゃんが応じた。酒に目がない竜也が「ちょ、タカちゃんズルいって!?」と言うと、秘書の女性がここにある物は自由にしてもらって構わないと、直ぐに酒に合う食事も用意すると、そう伝えた。
それからターバン男と再会し、その親族と握手を交わすことになるも、ついに大輔と会うことは叶わなかった。そうしている間に、人類最後の儀式が始まる。
ターバン男と同じ宗教を信奉する、様々な人種で席が埋まったスタジアム内。開会式では、マウンドに立ったタキシード姿の大輔が日本語で厳かな演説を行い、それがスタジアム内の巨大なモニターに映され、即座に英語や現地語で翻訳された。
その最中、演説の内容を忘れたり、用意されたカンペがあらゆる文化の垣根を超え、世界規模で恥ずかしい「僕と地球」と題したポエムを読むよう誘導されていたりと、大輔は観客に笑いのジャブを浴びせた。
失敗の度に、例の如くはにかんで笑う大輔。奴のリアクションが作為的なものではなく、日常平面に属したものであることが観客を笑わせる。
僕たちの知っている大輔は、もうそこにはいなかった。会場で大歓声を浴びる奴は、立派な、ちょっと形容しがたい種類の英雄だった。
続く各国の大統領らによる有名人の挨拶では、褒め称える言葉の中、「この太っちょ」とか、「眉毛が繋がっている英雄」とか、「チェリーボーイ」等と、間違え探しのようにそんな言葉が含まれていた。完全にコメディだった。
ちなみにそれらの人が偽物か本物かということは、この場では意味がない。僕たちには未来へと連続した時間がない。今が全て、感じていることが全てだ。
そんな時、部屋の扉が突然開かれ秘書の女性が現れた。挨拶もそこそこに足早にこちらに歩み寄ると、ソファで僕の左隣に腰かけていた香に耳打ちを行う。
「え? あ、ゴメン。ちょっと行ってくるね」
秘書の女性に連れ去られるような形で、香が部屋を退出する。酒を飲みながら、それをポカンとした面持ちで眺める僕ら三人。
「香、どうしたんだろ?」
「いや、よく分からないけど……」
「お、おいお前ら! ちょ、あれ見てみろって!?」
竜也の問いに応じていると、タカちゃんが声を荒げた。促されるままにディスプレイに目を向けると、「今からドッキリ企画を行います」という文字が、英語や現地語で浮かんでいた。それも直ぐに消えてしまう。
スタジアム内にはその言葉に湧く観客たちの興奮した声が残される。大輔は突然の歓声に狼狽しながらも、何を勘違いしたのか手を振っていた。
暫くすると、肩で息をしている秘書の女性が部屋へと戻ってきた。有無を言う間も、香の所在を聞く間もなく、今度は僕が手を引いて連れ出される。
「ちょ、ちょっと!?」
「いいから黙って着いてきやがれです」
一般通路から、両開きの扉を隔てた関係者通路へ。その中を、競歩の如き速度で進んで行く。訳の分らぬまま、壁に設置されたモニターに目を向けると足が釘付けになった。そこでは、ドッキリ企画を中継中の映像が流れ――
「思い返せば小学生の頃。いつしか恋に落ちていた。その想いは今も変わらない。英雄DAISUKEのクラスメイト、望月香さんの入場です!」
バッターボックスに現れた司会者らしき男のアナウンスが、一語一語区切り、日本語と英語、現地語と思われるもので場内に響き渡る。次いで「エンダァーーイヤアァ」の生コーラスと共に、スポットライトを浴びた香が、スタジアム内の東側入場口に現れた。
「はぁ!? ア、アレは一体何なんですか?」
「ドッキリ企画です。今からその企画にアナタも参加してもらいます」
そう言ってプログラムを手渡される。困惑しながらその内容を確認していると、「さぁ、急ぎますよ」と再び手を取られ、何処かに向うことを強いられた。
その間にも、一定距離を置いて通路壁面に架けられたモニター内でその企画は進行していた。戸惑いがちに、マウンドにいる大輔に歩み寄る香。固まる大輔。
画面では、香が登場するとハートのエフェクト処理がかけられ、「DAISUKEの片思いの相手」という意味の言葉が被せられた。手を叩いて爆笑する観客。
更に、香を視界に認めた時の大輔が目を剥いて驚く表情が、これでもかとスロー再生でリピートされる。息継ぎすら困難になる程の爆笑が、会場を包む。
「まったく、何やってんだか」
その時の僕らは、人類に残された時間が僅かであると云う事実を、完全に忘れていた。人の上に人はなく、スタジアム内の全ての人間が、笑いの前に平等だった。
やがて香が大輔の目の前に到着すると、司会者が「大輔、告白の言葉」と厳かな声で無茶ぶりをする。大輔は驚愕した顔で司会者に振り向いた。スロー再生される映像。腹を抱える観客。
だがその直後、大輔の眦は決意を固めたようになり、そして――
「す、すすす、すきで――」
と、告白しようとした瞬間。
会場にドでかいロックなサウンドが響いた。続いて西側入場口に移動を完了した僕の周辺で白煙が勢いよく、音を立てて噴出される。
「ヒィラノォォォォォッ、イサムゥウゥウゥゥゥ!」
格闘番組でお馴染みの女性が高らかに名を読み上げると、青い光に僕は照らされた。今から大輔と殴り合う訳でもないだろうに、入場スタイルが完全に格闘番組のそれだった。左右で踊りまくる黒い衣装のダンサーを従え、二人の前まで進む。
「そうです、大輔の前に立ちはだかったのはこの男。身長百七十二センチ。体重五十四キログラム。救世主大輔の幼馴染。それ以外、特に語るべき言葉を持たない一般人。平野勇、今、堂々の入場です」
大輔と香の元へ向かう間、これまた何処かで聞いた覚えのある人の声で、僕のことが紹介されていた。続いて同様のことが英語などでアナウンスされる。
会場の画面には「DAISUKEの片思い相手の恋人」という字が並び、会場はヒートアップ。演出されたプランのまま二人に近づき、「よぉ」と大輔に声を掛けた。
「大輔、お前、本当に英雄になったんだな。正直、凄いよ。バットで暴漢を威嚇して、女の子を必死になって助けようとしてたお前がさ」
僕の声が聞こえているのかいないのか、大輔は唖然としたり茫然としたりするのに忙しい。そんな奴の顔を片頬を窪ませながら見ると、僕は香の肩を抱いた。
「それで、悪いんだけどさ。僕、香と付き合い始めたんだ」
「ちょっ!? え? マジかよ……」
そんなやり取りの最中――
「大輔、告白の言葉」
再び厳かな声で司会者が無茶ぶりをする。外国人的な調子で、大いに盛り上がる会場。「はぁ?」とうろたえる大輔。なすが儘にされ、目をパチクリとさせている香。しかし奴は、最後とあってか覚悟を決めた。
「え、えっと……その、香のこと、昔から好きだったって言うか、えっと、なんだ、い、今は、イサムと付き合ってるかもしれないけど。それでも! よ、よかったら、お、俺と! 俺と付き合ってくれませんか!?」
香に向って頭を下げ、手を差し出す大輔。緊張の一瞬。静まり返る会場。
香のことを好きだったというか、可愛い子なら誰でも即座にお前は惚れてただろとは、このシーンでは言わないでおく。そう、大輔は美人に弱く、惚れっぽい。
やがて香は、いつかのように僕に向けて悪戯めいた表情で笑うと、
「えっ? ……香?」
僕の腕から抜け、大輔の手を取った。
バッと顔を上げる大輔。その目は小動物のようにウルウルしている。
「私、優しい大ちゃんのこと大好きだよ」
香が全世界の悪を帳消しにするような、そんな笑顔を浮かべる。
「そ、それって?」
降り注ぐ陽光のような歓喜に、顔を輝かせる大輔。
「だから――」
「え?」
「これからも、ずっと、ずっと、仲の良いお友達でいてね!」
会場内で炸裂する花火。画面に浮かびあがる「OTOMODACHI!」の文字。撃沈し、両膝を大地に付けて項垂れる大輔。お約束の展開に大盛り上がりの会場。
その光景を満足そうに司会者が眺めると、「神父の入場です」と告げた。
「は? 神父?」
予定にない展開に目を見開くと、東側入場口から突如として白煙が噴き出た。続いてメタルと宗教音楽を組み合わせたような、ある種物々しい音楽が流れる。
すると、入場口から西洋の聖職者然とした格好の人間が、わらわらと駆け足で出て来た。統率のとれた兵士さながらに、機敏な動作で二列に立ち並び、その間に道を作る。胸を張り、首にかけられた十字架を右手で掴んで掲げた。
最後に入場口からは、ハーレーダビットソンに跨った男が現れた。男はバイクから降りると、聖職者によって作られたロードを尊大に進む。邪悪に微笑み、空中を殴ったり、両手で観客を煽ったり、悪役レスラーのように舌を出したりしながら。
白い特徴的な衣装。どう見てもローマ方面の法王だった。
「我らの言うことを信じない、愚か者の皆さん、こんにちは」
僕らに歩み寄ると、恭しくも不遜な態度で会場の人間に挨拶をした。男が放つオーラに飲み込まれそうになっていると、結婚式でよく聞くBGMが流れ始める。
「は、何だ?」
俯いていた大輔が顔を上げると、移動式の試着室と共に、中東風の装束をした女性たちがその場に乱入して来た。色々と宗教色に纏まりが無さ過ぎる。
「あ、ちょ、ちょっと!?」
「キャッ!? え? い、イサム!?」
僕と香がそれぞれの試着室に放り込まれ、女性たちにもみくちゃにされて中から投げ出されると、僕はタキシードに、香はウェディングドレスに身を包んでいた。
「はぁぁぁぁあ!?」
大輔は膝を地に付けたまま、その光景を唖然と見守る。事態を全く把握出来ないでいる中、衣装部隊と入れ替わるように聖歌隊がダッシュでその場に駆けつけ――
「あ~、それでお前、平野勇は、そこの女を愛し続けるとか誓っちゃう?」
と、物凄いスラングで法王らしき人に尋ねられた。
即座に僕は香に顔を向けた。彼女の双眸が驚きを露わにしている。次いで法王っぽい人に。また香に。再び法王成分が豊富な人物に。
混乱が極まる中、ようやく事態を理解する。この場でNOと言える人間がいるとしたら、是非ともお目にかかりたい。場の空気抵抗が半端ない。
「あ……えぇっと……い、YES」
空気に気圧された僕が答えると、続いて男は香にも同じ質問をした。頷く香。
「あっそ! んじゃ、おめでとぉぉぉぉぉぉぉぉぉい!」
やけくそ気味な感じで法王風な男が叫び、聖歌隊がコーラスを歌う。続いて用意された指輪の交換を急かされ、成行き任せで接吻。
その光景を見て大輔があんぐり口を開けると、会場は大爆笑。結論から言えば、僕と香は大輔の笑いを引き立てる為に、結婚させられてしまった。
その場の主役が大輔から僕たちに一時的に代わり、会場の歓声を受ける。秘書の女性に導かれるまま、香と手を取り合って西口入場口へ。「お幸せに!」等の祝いの言葉のシャワーを観客から浴びながら、大輔を残して完全退場。
大輔が力なく立ち上がると、法王と思しき人と二人きりになった。なんとなく視線を合わせる二人。直後、何故か法王っぽい人に襲われ、唇を奪われる大輔。
「GOD BLESS DAISUKE!!」
「ファーストキスは聖なるお味」
と、会場の画面内に踊る文字。それが更なる爆笑を観客に与える。
流石に大輔が可愛そうかと思いきや、大輔もまた楽しそうに笑っていた。意外と俊敏に動く、襲い来る法王に類似した人物から、全力で走って逃げながら。
「それでは、私はまだまだ仕事を抱えておりますので、ここで失礼します」
僕たちがスタッフ専用通路のモニターでその光景を見て笑っていると、秘書の女性から詳細なプログラムが記載された冊子を渡された。
「あ、どうも」
「はい、それでは」
タキシード姿とウェディングドレス姿で、雑然とした通路に残された僕たち。何というか若干間抜けだった。真新しい二本の結婚指輪が、二人の指で自己主張するように輝く。その状況を認めて二人で苦笑した後、プログラムを二人で眺めた。
この後は、「世界なよ腰スイング大会」と呼ばれるものが開催されるらしい。大輔の腰の入っていない謎のフォームスイングの正確さを競う、自分でも何を言っているのかよく分からない、変てこな大会だ。完全に世も末だ。
その次は、世界的なロックスター達が「BLASTOR HOME RUN」というタイトルでそれぞれ作曲した歌を披露する、ロックコンサートが開かれるらしい。その全てに大輔がエアギターで参戦するとのことだ。あぁ、もう好きにしろ。
隕石を迎える儀式はこのように、複数のプログラムからなっている。最後に控えているのは隕石の登場。今日の主役である、大輔のブラスターホームランだ。
ロックコンサートの詳細を見ていると、有名な外国人ミュージシャンに交じり、一人だけ日本人の名前があることに気づいた。大輔が一時期好んでよく見ていたアニメ。その印象的なエンディングテーマを歌っていた、あの女性だ。
手元の詳細なプログラムには、その歌詞まで記載されていた。タイトルはやはり「ブラスターホームラン」。内容は大体こんな感じだった。
人類が滅んだら、誰も本当の意味で、私たちのことは分からなくなる。
残っている物、残された物を調べても、人の心を復元することは出来ない。
たとえば死ぬ瞬間、誰のことを想っていたのかも。
隕石のボール。ブラスターホームラン。宇宙の心に届け。
隕石のボール。ブラスターホームラン。宇宙の心に響け。
もし宇宙に心がないのなら、人間の心を高く打ち上げよう。
ねぇ、ほら、誰かを愛せないのは悔しいでしょ? そう囁くように。
歌詞に視線を這わせながら、心躍っている自分がいることを発見する。何とも楽しみな演目だった。そうだ、この宴はまだ始まったばかり。そして今、大輔によって会場内の人間は一つになっている。笑いの前には、全てが平等だ。
人類が滅びるまで、様々な不幸が地球上にはあった。人類同士で殺し合い、数え切れない位の悲劇が生まれた。私から見れば私が正しいが、あなたから見てそうだとは限らない。異なることが自然の理だとでも言うように、主義や理想が混ざり合っていたのが、この地球のありのままの姿だ。
現在から過去、未来。人が持つ欲望が無くなることはないから、歴史ある限り悲劇は続くだろう。そういったものから、ようやく人類は解放される。
それこそ終末を悲観して、一人めそめそ泣いていたら悲劇だ。だが終局を皆で、あまつさえ笑って迎え入れようとするのなら、それは人類最高の喜劇になる。
『あの隕石って打ち返せないかな?』
なぁ大輔。あの日、お前がそう呟いた時、僕はお前の正気を疑ったよ。
だが現状はどうだ? お前の元にこんなにも多くの人間が集まっている。テレビやインターネットを通じて、多くの人がお前を見ている。きっと腹を抱えて。
ひょっとすると、お前は何か大きなものを感じ取って、そう言ったんじゃないのか? お前はそういう、何か大きなものに導かれ……。
――いや、まさか、でも……。
その瞬間、手に暖かな感触を覚えた。
「ねぇ、これから何が起こるの?」
妻が僕の手を握り、目を輝かせて尋ねる。
これから何が起こるのか。客観的に言えば、終末で頭がオカしくなった連中が、笑いながら隕石を迎えようとしている。笑って死のうとしている。
それを全世界に向けて配信中だ。いったい今、どれだけの人間がこの祭を目にしているだろう。そしてその中心には、僕たちの幼馴染が、あの大輔がいる。
――隕石を打ち返す気満々の、僕らの英雄が。
苦笑をかみ殺すと、僕は妻に向って答えた。
「決まってるじゃないか。打ち返すんだよ。あの隕石を」
「え? それって――」
「あぁ、大輔のブラスターホームランでさ」
受け取りやがれ、宇宙。
これが人類の、大輔の――ブラスターホームランだ。