《○秒前ー0秒》
人の沢山いる朝の時間帯を何となく選んだ。特に意味はない…何て、やっぱ嘘かな。
「疲れちゃったなあ…。」
少し笑いながら云ってみた。想像通り、絶対聞こえているであろう近くの人たちに、何も変化はなかった。当たり前だと思う。私と周りの人との関係は皆無であり、私はただそこに在るだけの「モノ」位にしか認識されていない。言い過ぎかも分からないが、この人たちにとって、少し前にあるレールのところに生えている雑草と私との価値は、何ら変わらないのだろう。
一人に耐えられないのか携帯の画面を見つめている者。友達や同僚との話に夢中になる者。音楽を聞いている者。ただ、ぼーっと時間を過ごしている者。そんな…「私」とは無縁な人たちに、「私」を殴りつけてやりたいと、日々思っていた。少しでも多くの人に私を記憶に残して貰えるように。
私の存在意義は……━━━━。
「~♬」
アナウンスが流れた。電車がもうすぐホームへ来るらしい。
「黄色線の内側へ━━」
「忘れないでね。」
きっと私の最後の言葉だって、誰も聞いてないし、覚えてないのだろう。そんなことを考えながら、ホームへと身を投げた。瞬間、世界がスローとなった。あー…これが、そうなんだ。今までのことが脳裏に浮かぶ。これが走馬灯ってやつなんだなあ。
私は特に異常もなく普通の人だったのだと思う。頭も運動も何もかも普通。とくに悪いも良いもない。学校はしっかり通い、病気にもそれなりにかかっていた。虐めには合わず、友達もいた。両親もいるし、これといって不自由だと思うこともない。平凡であり、普通だった。
努力はきっと他の人よりかはしていたのだと思う。しかし結果には出ないので、努力なんて誰も分からないし、自分でも認めていない。だから、それほど努力も出来なかったのだろう。何か一つでも秀でていれば、何か一つでも悪ければ、絶対今とは変わっていた。
『あれ?名前何だっけ…?』
たった十数年生きた中で、この言葉を一番聞いた。それほどまでに、影が薄く存在感がなかった。泣きたいとも笑いたいとも思わないけど、すこし滑稽だなとため息をついたことを覚えている。きっと私の悩みとは贅沢なもので、周りの人からしたら、そんな悩みで良いものだと思われるかも知れない。理解されないのだと思うけど、それでも私からしたら、生きてる意味を見い出せないくらい、大きなものだった。
「もう少し綺麗に死ねばよかったかも…。」
今さらすぎるし、どうせ電車に当たりぐちゃぐちゃになるのだからとも思うが、気がかりが出来てしまった。私の左腕は汚い無数の茶色い線が浮かんでいる。それで死ねるとは思っていないけど、好奇心でずっと線を増やし続けていた。
電車の急ブレーキで、ものすごい空気の揺れが体を直に突き抜ける。もう少しだなと感じて、空を見ておこうと思った。雲が一つもない真っ青な空。私の友達の多くは、この空を好きと云ったが、私は嫌いだった。つまらないと感じるから。やっぱり真っ白な引き立て役の雲があってこそ、青い空は綺麗に見える。
━━━カシャン…
聞こえるはずもない音が聞こえた。金網の擦れる音。首を捻るとそこには…君がいた。
「…ふっ。」
さよならも、ありがとうも言えず、きっと最低な笑顔を浮かべてるんだろうな…と思いながらこの世と別れた。
私が最後に見たのは、彼の涙だった。