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光の国  作者: 横山ヒロト
第一章【光の国】
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見知らぬ少年

「いつも、ありがとうございます!」

 活気に満ちた声がとある工場の中に響く。声の主は肩の辺りまで伸びる外跳ねの黒髪を揺らして頭を下げる。

「おう、また頼むぞ」

 渋い声でそう言ったのは、その工場の(おさ)である筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)の男だった。

「はい! では失礼します」

 ひと仕事終え、むしろ来た時より元気な姿を見せる彼女は、一見すると中性的な男性にも見える容姿をしていた。緩やかに外に跳ねる髪は、よく見ればちぐはぐで、手入れをされている様子はなく、身長も男性の平均ほどはないが女性としては高く、目鼻立ちははっきりとしていて、精悍(せいかん)、と形容するのがしっくりくる容姿をしていた。格好もラフで、強いて言えば胸元に光る緑色の石がポイントになったネックレスが女性らしい部分だろうか。

そんな彼女――レニィ=ミールは工場を出ると、止めてあったバイク型の乗り物に(またが)り、

「よろしくね」

 その乗り物をまるで生きているかのように撫でた。次いで足下のレバーを踏むと、ハンドル中央にある結晶が緑色に輝き、ふわりと地面から離れた。

 その乗り物は乗り手の意思を汲み取って動くようで、左右に工場の建ち並ぶ道をすいすいと進んでいった。

 風を切り気持ち良く進んでいたのが、視線の先に地面に横たわる人影が見え、急ブレーキをかける。バイク型の乗り物はすっと軽く上昇し車体を横に向けてゆっくりと地面に降りた。

 その横たわっている人に駆け寄ったレニィは、その様子を見て血相を変えた。

「大丈夫ですか!?」

 声をかけてみるが、反応はなかった。

 倒れていたのは自分より若いだろう少年だった。体格はやや細く、整った顔立ちをしており、汗にまみれてもなお輝く柔らかな金髪は一本一本が純金で出来ているかのように美しかった。

 顔立ちを見る限り、とても育ちの良さそうな少年だったが、着ている服はボロボロで靴はすっかりすり減っていて、長い距離を歩いてきたことを想起させた。

 (わず)かに迷いはあったが、レニィは意を決したように頷き、少年を背負ってバイク型の乗り物に跨った。

「ちょっと重いかもしれないけど、頑張って……」

 再びその乗り物に声をかけると、少年を落としてしまわないように、慎重に運転し始めた。

 工業区を抜け、林を抜けた先にはレニィの家があった。

 家は小高い丘の上にあり、街を一望できた。家の周辺は自然で溢れていて、少し離れた所には小さな湖もあった。そこは街の中心部からは離れていて、木製の小さな家が転々と存在するだけの静かな場所だった。

 少年を背負い、家の中に入ると、猫のような目をした少女がふたりを出迎えた。

「もう、遅いよ。ちゃんと仕事はしてきた……」

 少女はそこまで言ったところで、言葉を止める。そして、

「誰……?」

 レニィが背負っていた少年を指差し、実にシンプルな質問を投げかけた。

「道端で倒れてたの。すごい熱だし、体も痙攣(けいれん)してる。たぶん、脱水症状だと思う……」

 その説明を聞き終わるかどうかというタイミングで既に少女は動き出していた。

「ベッドに寝かせておいて、水……それに塩ね。レニィはタオルを!」

「あ……、はい」

 予想に反して少女が機敏に動き始めたので、寧ろレニィのほうが面くらってしまい、少女に言われるままに少年をベッドに寝かせ、タオルを用意した。

 少女は水を溜めたタライと食塩水を入れた水筒を持ってすぐに戻ってきた。

 結局、レニィは少女に全てを任せる形で成り行きを見守った。

 金髪の少年は苦しそうに唸っていて、見ているレニィも苦しくなった。

 少女は金髪の少年の頭に濡らしたタオルを置くと、水筒を少年の口に当てて、ゆっくりと水を飲ませた。まだ意識が戻ってはいないようで、半分くらいは口の端から零してしまっていたが、それでも少しずつ少年の顔色は良くなっていった。

 その後もふたりは交代で金髪の少年の看病をする。

 徐々に顔色は良くなっていくものの、意識は戻らず、そのまま夜が更けていき――――――



「ん……、あれ……? ここは……?」

 目的の場所に着く前に生き倒れになってしまった記憶喪失の少年は、また見覚えのない場所に来ていた。しかし、なぜか体調も幾分回復しており、意識もはっきりとしている。

 どうやら夜になってしまったようで、周囲は薄暗い。しかし、風がないので室内であるということはわかった。そして、柔らかい感触に包まれている。これはベッドだろうか。

 あの後、何があってこうなったのか、誰かに声をかけられたような記憶がうっすらとあるのだが……、やはり正確には思い出せなかった。

 とにかく状況を確認しようと体を起こすと、誰かの寝息が聞こえた。その声がした場所――ちょうど自分のすぐ下に視線を向けると、ベッドに乗るふたつの頭が見えた。ひとつは外跳ねの黒髪、もうひとつは亜麻色の髪。横顔から見るに両方女性のようだが、あまり面影は似ていない。髪の色も違うし、姉妹ではないだろう――と、思案を巡らせてはみたが、間違いないのはこのふたりが自分を助けてくれた、ということだ。

 もしかしたら記憶を失う前の知り合いであったのかもしれないと思い、もう一度ふたりの顔を熟視するが、記憶を巡る糸はどこにも行き当たらず宙を彷徨(さまよ)う。

 疲れ切ったように眠るふたりを起こさないように、少年はゆっくりとベッドから下りる。幾分回復したとはいえ、まだ喉に渇きの残る少年は、何か飲み物はないかと周りを見回した。すると、足元に水筒が置いてあり、その中にはまだ水が半分ほど入っていた。

 勝手に拝借していいものかと迷ったが、やはり本能には抗えず、中身をいただくことにした。少し塩気があるが、確実に喉は潤った。

 そして少年は、彼女達を起こさないように極力足音を立てずその場からゆっくりと離れる。あまり他人様の家を無断で歩きまわるのも気が引けたので、結局、少年は自分が寝ていたベッドから少し離れた場所に置かれていた窓際の椅子に腰を下ろした。

 もう一度、水筒の口を静かに開け、ゆっくりと水を飲む。

 ふうっ、と短く息を吐き窓から外を見ると、そこには夜空に浮かぶ満月を鏡のように映し出す小さな湖がった。家の周囲は自然に満ちているようで、とても静かで、昼間歩き回っていた街中とはまるで別の世界だった。

 少しだけ窓を開けると、木々と湖の香りが溶け込んだ柔らかい香りが鼻孔をくすぐった。

 あのふたりが自分の知り合いであるかもわからない、心許ない状況に変わりはなかったが、心は不思議と、時折やさしく吹き抜ける風のように落ち着いていた。少なくとも、自分はいい人に巡り合えたのだという事実に心底感謝した。

 しかし、赤の他人であったとするならば、ふたり揃って寝るという無防備さは少し心配にならざるを得ない。だが、その光景は微笑ましくもあった。

 とにかく記憶を取り戻さなければ、このふたりに迷惑をかけてしまう。それはいま第一に成すべきことだが、記憶が戻ったところで、どうにかなるとは限らない――考えれば考えるほど不安になった。

 少年は宝石を埋め込んだかのように美しい金眼で夜空を見上げた。

 夜空に浮かぶ星々は光の粒を散りばめたかのように輝いており、その中央では月が優しく輝いていた。そして、湖は大きなキャンバスであるかのようにその美しい夜空を映し出していた。

 少しばかり休んだとはいえ、まだ全身を覆う疲労感は抜けきってはおらず、腰掛ける木の椅子に体が沈みこんでいくような感覚を覚えた。

 そのまま少年は深い眠りのなかへ(いざな)われる――――


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