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TRILOGY  作者: eleki
[#;01 A-PART]
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最終章『旅立ち』

「聖なる力を持つ者よ、サンファールの偉大なる守護神セイマーの力を受け継ぎし血族、王子カナンの名を以て、汝に聖なる光を授ける。一億の盟約と共に、天より与えられし聖なる御詞を開放し、邪悪を灼きつくし、大地に平穏とやすらぎを齎せ。――復唱」

「我、ルナティンはサンファールの偉大なる守護神セイマーの力を受け継ぎし血族、王子カナンにより、聖なる光を享受する。一億の盟約と共に、天より与えられし聖なる御詞を開放し、邪悪を灼きつくし、大地に平穏とやすらぎを齎すことを誓う」

 ゆっくりと、光が降りていくようにルナティンの体を包んだ。

 カナンの右手がルナティンの額に触れている。そこから全身に温かな光が流れ込むのをルナティンは感じていた。触れられた額が熱い。

 朽ちかけた教会の中で、ルナティンは床に跪き、両手を組んで祈っている。

 その前に立つカナンがルナティンに触れ、ルナティンの額に小さな結晶が浮かび上がるのを確かめてから手を離した。

「……やはりな。おれからの洗礼を受け入れられるほど、おまえの力は強い」

 カナンの口調には、わずかながらに呆れた気配が含まれていた。

「何だっておまえ、それだけ馬鹿ッ強い力を持ってるくせに、聖職に就こうともしないんだよ」

「だからぁ、思春期はいろいろ複雑でー……」

「戯け者」

「痛っ!」

 ふざけて答えたルナティンを、容赦なくカナンの足が蹴りつける。

「聖なる力を何だと思ってやがる!おまえみたいに力ばっかりばかすか開放してる奴が側にいたら、妖霊が寄ってきて寄ってきて迷惑なんだよ。せっかく結界も張り直したのに台無しじゃねぇか!」

「わかった、わかったから蹴るなって! だから俺だって、ポリシー曲げてあんたから洗礼受ける気にもなったんだろ!」

 相手は子供の体とはいえ、容赦なく全身全霊を込めて蹴りつけるのだからたまらない。

 ひととおりルナティンを蹴りつけて飽きたのか、カナンはようやく攻撃を止め、近くのベンチへ身を投げ出すように座った。

「まあ、今やったのはあくまで簡略な方法だから。あとでちゃんと大神殿に出向いて、洗礼を受け直せよ。おまえ聖教典だって持ってないだろ」

「へーい」

「返事は短く!」

「はいはい」

 今度は地面に落ちていた小石が吹っ飛んできた。思い切り頭にそれを喰らい、ルナティンは溜まらず悲鳴を上げる。

「痛ぇ!だからあんた、何でそんなに乱暴者なんだよ王子の癖に!」

「そうだ、俺は王子だ。だから敬え。かしずけ。あんたあんたと気軽に呼ぶな!」

「痛っ、痛たたただから蹴るな、蹴るなってやっと傷治ったばっかりなんだから!」

 座ったまま次々蹴りを繰り出す王子に、ルナティンは情けない声で悲鳴を上げ続けた。

 ルナティンの胸の太刀傷は、ひどい瘴気に辺り、動き回ったことでまた開いてしまった。

 それを治療してくれたのは、やはりバツーだった。

 カナンはあの日、セレナの家を出た後気を失うように眠りに就き、数日その意識が表に表れることがなかった。

『すっごい疲れて、眠ってるみたい』

 一日がかりで街の端々に光る小石を置き、帰ってきたバツーが、眠りから覚めたルナティンの枕許でそう説明した。ルナティンもバツーの家に帰るなり、また眠ってしまったのだ。

『眠っちゃう前に、光る石を捜して街の隅にたくさん置きなさいって。簡単な結界の代わりになるから』

 セレナを浄化した時、街に蔓延るほとんどの妖霊も一緒に消された。聖と妖のバランスは再び保たれ、ラキウスの街は、いつも通りひっそりと静かな佇まいを取り戻した。

『……たくさん死んだな』

 ぽつりと、ひとりごとのように呟いたルナティンに、バツーは少し黙り込み、それから明るく笑った。

『ね、ルナティン、またおれがルナティンの傷治してあげるよ』

『いや、いいよ、おまえだって体が疲れてるだろ』

『だーいじょーぶ、傷とか全然ないしさ。オレは……見てるだけで、何もしなかったし』

『……』

 笑いながら呟くバツーの表情には、はっきり口惜しさが滲んでいた。

 その気持ちはルナティンもよくわかる。自分も同じだからだ。

『カナン様が起きたら、オレ、もっともっと白魔法について教えてもらうんだ。それで、オレも強くなるよ。強くなって、お父さんも……セレナみたいな人も、助けてあげられるように』

 言う途中で声を詰まらせ、ぼろぼろと大粒の涙をこぼすバツーをルナティンは抱き締めた。バツーは声を上げて泣いて、泣き疲れて眠るまで、ルナティンも同じ胸の痛みや苦さを味わっていた。

 数日経ってカナンが目覚め、少し力を取り戻したらラキウスを出るということをルナティンに告げた。

『あの方の妨げとなる者は、今のうちに消し去っておくのがよかろう』

 あの時、セレナの家であの男が言った言葉がカナンとルナティンの頭に残っていた。

 あの男の他に、もっと別の存在がある。それは、パラスに張られた結界と、関わりがあるのかも知れない。ふたりはそう考えていた。

 パラスの結界を解くことで、シノンも助かることになる。

 ――だからまずは、他の『カナン』たちを捜しに。

 力を集めなくてはいけない。

 自分ひとりよりも、他の自分の力を取り戻した方が、大きな力になるとカナンはわかっている。

 そしてもう、カナンをこの街に留める理由は何もない。

『他のふたりの居場所はわかるのか?』

『わかる……かもしれないし、わからないかもしれない。感じるものはあるから、それを頼りに行くしかない』

 ルナティンの問いに、カナンは慎重にそう答えた。

 おぼろげに、他の自分がどこにいるのかはわかる気がするのだ。方角があちらだろうとか、どれくらい離れているかとか。

 ただ問題は、相手にもそれがわかってしまえば、窮屈な王子稼業から逃げ回る彼らを追うのは難しいのでは、ということだ。

『捜す他ないんだ。おまえも、旅立ちの支度をしておけ』

 そう言ったカナンに、ルナティンは自分から洗礼を受けさせて欲しいと頼んだ。

 カナンはさんざん『順番をすっ飛ばして王家の洗礼を受けようだなんて図々しい』と文句を言っていたが、今はカナンも器が他人のものだし、力がすべて回復したわけではないし、洗礼に使う道具も何も一切ないので、簡略方式で行うことで話がまとまった。

「よかった、シノンから話聞いて、俺程度の力の持ち主が王家の洗礼なんか受けたら、キャパシティ不足で器がぶっ壊れるかと思ったわ」

 洗礼を受けた聖職者の証である、額に浮かんだ石を指先で触れつつ、ルナティンは大きく安堵する。

「……そうだな」

 カナンは少し曖昧な口調で答えて、立ち上がった。

「カナン?」

「――そろそろ街を出るぞ。おれはもう一度必要なものがないか家を見てくる。おまえも荷物を確かめろ」

「はいはい、つったって、俺もともと荷物ほとんどないんだけどね」

 体力が回復した後に、少しの労働で路銀や衣服を手にいれた。微々たるものだったが。

 カナンはルナティンを教会に残し、バツーの家まで戻った。

 空はよく晴れている。

 あの日の澱みや暗さが、まるで嘘のように。

 カナンはバツーの家まで辿り着くと、ふとその門扉に手をかけたまま足を留めた。

 隣の家は、もうない。

 長い眠りから目を覚ました後、カナンが自分の手で焼いた。朽ちてしまったものは、火で焼くこともまた浄化になる。

「……」

 カナンはそっと門を離れ、かつてセレナの家があった場所へと歩んだ。今は黒く焼けた地面と、焼け残った木材ばかりがある。

 そしてその隅には、カナンやルナティンが眠っている間にバツーが植えたらしき、いくつかの花。きちんと根づいたようで、綺麗な桃色の花弁をつけていた。

『花なら、街の端に空き地があるでしょう。あそこに咲いている桃色の花が好きなの』

 いつか、どんな花が好きかと訊ねたカナンに、セレナがはにかむように目を伏せながらそう答えた。

「……セレナ」

 小さく、名前を呼ぶ。

 最初会った時からわかっていた。これは、異形の存在。人間に紛れていても、自分とは確実に違うもの。

(だけど心は)

 一体、存在を何が決めるのだろう。

 セレナの心は優しく、側にいると癒された。儚げに笑う姿に胸が掴まれるように痛かった。

 セレナの寂しさは側にいてよくわかった。父親から逃れるため、おそらく友達も、恋人もおらず、ただ母親だけを頼りに暮らしてきた。人の悲しみや慈しみの心は、ずっと昔からカナンにとっては真っ直ぐに伝わってくる感情だった。

 あんなに優しくて美しい魂と、妖に生を受けた体と、その血が呼び起こす邪悪な心。

 それらすべてがセレナという少女を作っていた。

(おれはすべてを愛したのだろうか)

 異形のものを、カナンは取り除かなければならない。人々に苦しみを与えるものならば、聖なる力の持ち主として、この国を護るべき王家の人間として。

 でも――、

(セレナは、護るべき人間の中に入れてはならない存在なのか?)

 カナンにはわからなかった。

 ただ残るのは、セレナを愛しいと思う気持ち。

 ……もう会えないという、悲しみ。

『わたしの願いは……あなたの手で解き放ってもらうこと』

 最後に、セレナはそう言った。

「……セレナ。最後の運命は君に優しかったかい?」

 風に揺れる桃色の花弁を見下ろしながら、カナンは小さく呟いた。

 セレナが本当に幸福でいてくれたのなら、カナンは新しく一歩を踏み出すことができる。

『ありがとう、バツー』

 花を揺らす風と同じものが、カナンの頬を撫でた。

 カナンは目を閉じて、その風の触れる優しさに心を馳せる。

「――カナン。準備できたし、暗くなる前に出ようぜ」

 少し後、遠くから遠慮がちに呼びかけるルナティンの声が聞こえた。

「ああ」

 頷いて、カナンが振り返る。ルナティンから自分の分の荷物を受け取り、隣り合う街へ向けて歩き始める。

「とりあえず、どこか手頃なところで宿と仕事を探さないとな。おれもあんたもバーンズへは戻れないだろうし、先立つものがないと旅をするのもままならない」

「わかった。がんばれ。労働階級」

 歩きながらカナンが答えると、げんなりした顔でルナティンが肩を落とす。

「あんた……俺ひとりに働かせるつもりだろ……」

「何言ってんだ、バツーがいるだろ」

 ルナティンは、自分が一緒に旅するのが文字どおりの『王子様』であることに、改めて頭を痛めた。

(頑張れ俺……今さら後戻りなんてできるもんか)

 悲愴な覚悟を決めながら歩き、ふと、ルナティンは傍らを歩くカナンの方を見た。

「セレナは、次に産まれる時には人間になれるのかな」

「……さあ。どうだろうな」

 妖魔と人間の間に産まれた魂が、次に産まれる時には何になるか、カナンは知らない。

 でも最後、セレナは浄化されて姿をなくした。

「人間よりも、花とか……綺麗なものに生まれればいいのかもしれない」

 あるいは大気に溶けて、自分を優しく撫でる風に。

 思いつきを口にしたカナンに、ルナティンは笑って、「そうだといいな」と頷いた。

 彼女が何に生まれ変わるのか、誰にもわからない。

 ただ今も、道なりに緩やかな暖かい風が吹いていた。

 そしてその風に優しく背中を押されるように、カナンとルナティンは並び、これから始まる旅へと歩いていった。

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