契約管理室の転写命令は、誰の鍵を動かすかを書いてからです
南側退避扉の鍵束が、エレナの腰紐から外されかけていた。
昨日、空担架と車椅子の幅を通したばかりの低い扉である。賓客席裏の小机には、まだ一週間だけ生活灯修復所として使う札が立っている。ところがその札の上に、契約管理室の黒い布が半分かぶせられていた。
「総括責任者転写命令です。退職済みのサラ・ヴィント旧権限を、祝灯式終了まで南側導線に接続します。鍵束は管理室預かり。小机は臨時受領机へ。リリア様名義の未読欄は、妹名義承認済みとして補完します」
使者の声は丁寧だった。だからこそ、鍵が鳴る音だけが乱暴に聞こえた。
サラは命令書を破らなかった。破れば、相手は「生活側が拒んだ」と書ける。代わりに、青い保留札を一枚、小机の灯皿の前へ置いた。
「生活影響明細が添付されていません。この命令で、誰の鍵を動かし、誰の机を閉じ、誰の未読欄を読了にするのか、まだ読めません」
「上位命令です」
「上位なら、なおさら下に届くものを書いてください」
エレナが、外されかけた鍵束を自分の腰紐へ結び直した。結び目の下に小さな札を差す。
南側退避扉、開閉責任者エレナ。車椅子幅、本人確認待ち。
ロウナは空担架ではなく、今日は車椅子を半歩だけ押した。車輪が低い敷居を越える。黒い布の端がその車輪に触れ、使者が思わず布を引いた。
「通ります。けれど、衝立を戻せば左輪が引っかかります」
ロウナはそう書いて、小机に置いた。机は紙を受けるためではなく、人が逃げる幅を覚えるために残っている。
リリアは青ざめたまま、けれど姉の後ろには隠れなかった。未読欄の前へ進み、朱線が引かれかけた余白に、自分の字を置く。
読んでいません。読んでから選びます。妹名義で姉の退職済み欄を現職へ戻すことも、私の未読欄を承認済みにすることも、同じ紙ではできません。
使者の指が止まった。
サラはリリアの行を見てから、自分の名の欄にもう一枚札を重ねた。
サラ・ヴィント旧権限は、押しつけ責任を受けません。本人が読んだ生活灯修復依頼だけを、一週間机で受けます。
エレナが小机の貸与札に日付を足した。ロウナが車椅子の幅をもう一度通した。リリアの未読欄は、未読のまま残った。
鍵束はエレナの腰で鳴り、小机の灯皿は消えなかった。
そのとき、命令書の間から薄い別紙が滑り落ちた。
旧保守権限写し・契約核接続済み。生活影響明細、後添え可。
サラが紙へ触れる前に、西診療所の夜薬灯控えの端が、ひと息だけ細く光った。




