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第五話 チョコレートを食べたのは何年ぶりだったか覚えていません

夕焼けの中。

わたしたちは病院を出て、田端駅へ向かって歩いていた。

空は、やけにきれいな橙色だった。

なのに南の空には、まだいくつもの煙が立ちのぼっている。


「内回りは動いてるらしいよ」

モモが言う。

彼女は新宿まで。

わたしは品川まで行けば、そこから乗り換えて家に帰れる。

いつもの帰り道。

なのに、今日はなんだか別の世界みたいだ。

しばらく無言で歩いていると、モモがぽつりと呟いた。

「伊吹さんと桜のあの態度、兄と妹って感じじゃないよね」

あー。やっぱり

「だよね?」

わたしは、本田さんにもらったチョコレートをかじりながら言った。

甘い。

戦争が始まってどんどんものが無くなってたから、チョコレートなんて何年も食べてなかった。

さらに命の恩人からもらったチョコ、甘さ三倍くらいに感じる。

飛行機の操縦士に特別に配られるらしい。

「桜って光ちゃんが好きだったんじゃないの?ちょっとショックだよ。私はお似合いだと思ってたのに……」

光ちゃん。

なんか変なこと言って、学校まで桜のお弁当を届けに来て大騒動になった、あの光ちゃん。

今、行方不明。

胸が少しだけ痛む。

「そうだけど……いろいろ事情があるんでしょ」

モモは空を見上げる。

「久々に会ったけど、伊吹さんて確かにかなりの美男子だ……」

にやり。

出たな、観察眼。

「まさか、二股!?」

わたしはチョコを頬張りながら目を細めた。

「こんな時局でも妄想が捗りますな」

「紀依、元気だね」

「元気だけが取り柄ですから!」

えっへん。

……いや、今日はわりと泣いたけど。

「でも伊吹さんの男泣き、すごかったねぇ」

「びっくりしたけど、ちょっとキュンときたね」

「わかる」

二人で顔を見合わせて、吹き出した。

病院であんなに泣いて、あんなに重い話をして。

でも今、こうして笑えてる。

それがちょっと嬉しい。

「それはそうと、本田さんにもびっくりしたね。何かこう……」

モモが改めて、じっとわたしを見る。

「そう!」

わたしは即答。

「まさかこんなところで会えるなんて、ドキドキするよ!」

心臓、まだ少し早い。

「ものすごい運命を感じるよ!」

わたしはモモを見返した。泣いた後で少し腫れてるのが自分でもわかる、でも——

多摩川で死にかけて。

助けてくれた飛行機の人と。

数週間後、親友の病室で再会。

こんなの、物語みたいじゃない?

戦争の真ん中なのに。

空は煙だらけなのに。

でも。

あの日、空から差し込んだ光みたいに。

今日も、少しだけ未来が見えた気がした。

――まあ、モモはたぶん半分くらい呆れてるけど。

「紀依、チョコついてる」

「え、どこ!?」

「ほっぺ」

「うそ!」

夕焼けの下で、わたしたちはまた笑った。

煙の向こうに、明日があるって信じながら。

これが、わたしの「あの日」の続き。

そして――

たぶん、ここからが本番なんだと思う。

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