奇跡の向こうへ
「かぐやさん、私の体をもっと細くしたり……なんとかできませんでしょうか?」
「それは無理だ、有るものを直す事は出来るが、無いものを作ったり有るものを消したりは出来ない。」と彼女はタメ息混じりに呟いた。
「最後は何処へ行ったんだい?」
確か……「幸せのゾウって……」
「そうかい」と言いながらにっこりと笑った。
「この土地はパワースポットが多くて助かったよ。」
彼女はおもむろに左手を出し願い石の指輪を外した。
微かに震えながら、息をのみながらに見えたのは気のせいだろうか?
「この石をそのゾウの目の前で祐司くんがいる時に使いなさい、そして、願いなさい。超越者の彼を復活させて欲しいとね。」
そして彼女は振り返り病室を後にしようとした。
「くれぐれも願う直前までシナリオを変えないように気を付けなさい。」
そして、時は動き出した。
* * * * *
十月二十五日、ゆうくんの誕生日の日がやって来た。
北海道でゆうくんと作ったオルゴール。
『世界の約束』をカリカリと回して窓際に、彼を呼ぶように置いた。
もうすぐだ、もうすぐ最後のシナリオ。
私は彼と、必ず添い遂げてみせる……。
そして、扉が開いた。同時に彼の声が響いた。
「久しぶり」
彼と……、いや違う。今の彼は過去のゆうくんであって幻影でしかない。
私が添い遂げたいのは私を救い出してくれたゆうくんだ。だから私は彼を必ず蘇らせる。今度は私が救い出すんだ。
「お誕生日おめでとう」って決意と共に微笑んだ。
そして、彼に連れられて、いや、本当の彼を求めるように最後の旅路へと出発した。
* * * * *
タクシーは静かに日立市の街並みを進んでいく。
スタバを片手に楽しそうに歩くのはセーラー服が眩しい近くの女子高生達。
古い商店街が並ぶ街並みに微かに見え隠れする新しい物。
スタバ何処にあるんだろう?なんて、きっと身体が前回よりも健康だからか色々と気が付いてしまう。
私がしっかりして彼女達の幸せをとか、この世界をとか、不謹慎かも知れないけれど、それよりも先に私達も並んでこの街を歩きたいと思った。
目に見える通りに並ぶのは八百屋とか仏壇屋とか古びたバイク屋とそこまで気を引くものはないが、1ヵ所だけ、あそこなんか良い感じだと気になる通りがあった。
面の角の定食屋から始まって、奥に見え隠れするバーやステーキ等の看板。
そして直ぐ隣は日立駅前通り。片側二車線でその両サイドに桜の木が等間隔に植えられ、更にその両サイドに1本づつ道路、そのうえ歩道まで備わった大きな通り。
春には満開な桜で桜祭りが毎年開催されているとか。
やはり不謹慎ではあるが、絶対世界を救ってシナリオを終わらせたら、ゆうくんと自由にこの街を歩きたいと楽しみになってしまった。
* * * * *
日立の街や海が見渡せる丘で2人の時間を過ごした後、私達は再度タクシーに乗り込み今日泊まるトレーラーハウスが並んだ海岸の砂浜へとやって来た。
そう、運命の場所。
ゆうくんがお会計を済ませている間、前回と同じように一階の海の見渡せるカフェで待っていた。
『ようこそ北茨城』のポスターには店内からもよく眺めることのできる『ゾウの岩』の写真が掲載されていた。
『夢を叶える岩・夢ゾウ』
かぐやさんから頂いた願い石で……。
ふと、微かに震えていたかぐやさんを思い返した。
この石を使ってしまってあの方は無事でいられるのだろうか?と言う考えが頭を過った。
しかし、そうも言っていられない、どのみち使わなければ世界は崩壊してかぐやさんも無事では済まされない。だから使うしかないんだよねと、願い石を握り締めた。
程無くして彼が戻って来た。
「ゆか、終わったよ!さぁ僕達の部屋に行こう。」
彼はそう言うと、座る私に駆け寄って来る。そうだ!これはお姫様抱っこ!
身構える間もなく彼はヒョイっと私を抱え上げた。
病気の時には勝てないとしても……かなりダイエット頑張ったから軽さは……大丈夫だよね?
「行こう」と言って彼はスタスタ歩き出す……大丈夫だったみたい!良かった。私はシナリオ通り彼の肩に頬を寄せ今この時を楽しんだ。
* * * * *
いくつも並ぶトレーラーハウスの真ん中に陽気そうなアロハシャツのおじいさんがたたずむ。
「やあ、よく来たね。」
ニコやかなおじいさんは、鍵をゆうくんに渡し「しっかりね」と、彼の肩を軽く叩き過ぎ去って行った。
トレーラーハウスは少し入り口が高い。
彼は私を両手だけで持ち上げてトレーラーハウスの中へ上げ入れてくれた。
前も思ったけど、持ち上げられた時に体がふわってなってちょっと楽しい。
てか、ゆうくんって結構筋力あるのね。
そして目の前に広がる、この感動の綺麗な内装!
七人位で座れそうなフカフカなソファが二つもあり、何インチかわからない大きなテレビ、そして広々としたキッチン。
「わぁー凄いよ、ゆうくん!」と言うセリフを忘れずに!
私が感動に浸っていると、またふわりと身体が浮き上がった。
彼が私をお姫様抱っこで掬い上げていた。そして、そっとソファに運ぶ。
しかし、前回の私も今回の私も、もう既にエロい事しか考えていなかった。
「あっ」とわざとらしく気付いた振りをして指差した。大きなテレビの後ろに隠れている寝室の、2人でどんなことをしても許されるであろうキングサイズのベッドを。
そして、微笑んだ。『いきたいな』って声に出さずに口ずさむんだ。そうすれば連れて行ってくれるって、前回の時もわかってた。だって彼も色んな事したいってか顔に出てるんだもん。
彼はもう一度、私を掬い上げベッドへと運ぶ。そして、もつれるように2人で倒れ込んだ。
ゆうくんの指が私の唇をなぞる。目をつぶって彼の唇を受け入れる。
例えシナリオだとしても、この柔らかで温かい彼の感触は懐かしく胸がいっぱいになってしまう。
そんな良いところで「お昼御飯作ろうか」と、終わってしまう。
これもシナリオ通り。シナリオ通りだとしてもこの火照った身体が冷めることはない。
シナリオ通りだとしても、やっぱり思う事は同じだった。『意気地無し』
* * * * *
お昼は私の食が細くなっていると言うシナリオのため、ゆうくんに卵おじやを作ってもらった。この後の私は眠ってしまうことになる。
そして、眠って起きた後は彼と熱情を始める事となる。そうなってしまっては世界が崩壊してしまう。私は寝たフリをして彼に復活の願いを掛ける機会をうかがう事にした。
私が寝たフリを始めて少しすると彼はトレーラーハウスを出て外へ出掛けていった。
何処へ行くのだろうと思い、こっそりと窓から覗いて見ると、直ぐそこのビーチチェアで海を眺めている。これは……直ぐにチァンスが訪れそうだ。少し待ってみよう。
彼もだいぶ疲れていたのだろう三十分もしないうちに頭がカクっと横に折れた。私は静かに戸を開け、慎重にトレーラーハウスから抜け出し、彼の背後に忍び寄る。砂浜で良かった足音もたつことはない。
心地よい波の音だけが響く海岸。そして、ここら辺の建物など敵うはずもない程の大きさのゾウの岩が海の中にそびえ立っている。
もう十分過ぎる程、彼の側に来ている。彼は良く眠っていた。『私の為に頑張ってくれてありがとう』彼のかわいい寝顔に感謝を込めた。
ゾウの岩にお願いをしなくてわ。私はそう思い、かぐやさんから頂いた願い石を取り出した。取り出して気が付いた。淡く輝いている。そして、とても温かい。
彼の頭上にそれを掲げた。
『超越者の彼を蘇らせてください。お願い致します。』
手の中で願い石は音もなく砂になり、手の隙間から溢れる様に彼へと降り注いだ。
これで、彼は戻ったのだろうか?声を掛けても大丈夫だろうか?まあでも、もしダメだとしても、ダメだったらどうせ崩壊の未来は変わらない。
私は潔く、彼を後ろから抱き締めた。そして、耳元でささやいた。「お帰りなさい」って。
彼は私の手を優しく包んだ「ただいま」って。
* * * * *
私達はベッドの上で絡み合うキスを始めていた。
着ている物はなにもなく、2人を止める障害すらなにもない。ただ求め会う事だけが出来る状況下、唇を舌を何度もからめあい求める事から始めていた。
男はオオカミで食べられてしまう、なんて言葉は良くいったものだと思った。彼の口元は私の唇を離れたかと思うと、首筋を伝い、脇をこそばね、そして乳房をその中心も丹念に愛して行く。そして、おへそを伝い下の方へと。私の全身をくまなく食して行く様な。
でも、それが良い。彼の私への愛おしさが胸のうちにビンビンと伝わって来て私の体温は上がるばかり。
逆に恐い程の熱量を感じる。前回とは比べ物にならない程に求められている。たぶん前回は病気だったから遠慮されてたんだ。今回は健康な身体だから。
それは嬉しい。でも、彼が私の身体で愛いを奏でる度に声が出てしまうのは少し照れくさい。ちょっと悔しい。
だから「ねえ、もっとキスも欲しいよ」って彼を上へ呼んだ。彼がキスをしようと身体を離した隙をつき、彼を反転させる。
そして、今度は私が上からキスを奪う。
「今度は私が食べる番よ」
私も彼の身体を丹念に愛していく。
「ゆうくんって結構ガッチリしてるのね」
「いっぱい食べるサークルだからと……思って……筋トレは欠かさずに……」
私が愛する度に彼の声が途切れてしまうのは意地悪してるみたいでなんか楽しい。私の口元は益々に愛が進んだ。
事は二転三転して、身体は十分過ぎる程火照り、2人とも息を切らして抱き合った。
「もうゆうくんの全てが欲しいよ」って誘った。
彼は「うん」と言って優しく私の中に入ってきた。
激しく揺さぶられる身体、逆に離したくない、離れたくない身体はお互いに手を使って脚を使って揉みくちゃに引き寄せる。
私達の声が反響し合い高まり合ってやがて終演を向かえた。
私達は事が終わってもお互いにの体温を感じて楽しんでいた。
「なあ、ゆか。僕が助かったのはやっぱり、ここのゾウの岩の力なのかい?」
「そうよ。おばあさんが教えてくれたの。」
かぐやさんの事は隠した。たぶん、かぐやさんは私達が願い石を使ってしまったから、もう長くはないと思ったから。あえて隠した。
* * * * *
夜が明け、朝が来た。
僕はシナリオ通り朝の食材をもらって帰ってきた。
そして、彼女を優しく起こした。
「さあ、最後のシナリオをはじめよう」
そして、タクシーを呼んで、また見晴らしの丘へと向かった。
* * * * *
あの頃とは違う。彼女を膝にのせ、幸せな未来だけ感じてこの綺麗な景色を見ている。
静かな街並みに、果てしなく広がる水平線、温かな彼女の体温、そして、良い香りだ。
「そう言えば、ゆかは救急車に乗ることになるけども、その中での診察とか処置とか大丈夫なんだろうか?」
その時、僕らだけが気付く事の出来る気配を感じて後ろを振り返った。
「「おばあさん?」」
「ここまで上手くやってくれたようで感謝するよ。最後は大丈夫、私が一緒に乗って周りの者には幻覚を見せるから」
本当にこの人は人間じゃなく神に近いんだなあ。まあでも、心強い。
「お願いします。」と一礼した。
「じゃあ、そろそろ、救急車呼ぶよ。準備は良い?」
「うん、大丈夫。気を失ったフリするだけだから。」
彼女はニハハって笑った。急にどうしたんだ?
「ゆうくん、やっとここまでたどり着いたね。」
「そうだね」僕も連れて笑った。
* * * * *
ゆかを乗せた救急車は騒々しく過ぎ去った。
そして、僕も病院へ向かう。それでシナリオは無事に終わる。しかしその他にも、もっとやらなければならないことができた。
ゆかのご両親に挨拶を済まし、彼女が顔に布が掛けられているのを横目に僕は病室を後にした。足早に向かったのは、いつかと同じ神秘的な輝きを放つ中庭だった。
「かぐや、かぐやはいるか?」
そこには、大きなコブシの花が散りばめられた着物で着飾った。おばあさん姿ではなく、年で言えば二十歳位の目鼻立ちの整った美しい女性がたたずんでいた。
「いるわよ。十二単ではなくごめんなさいね。今はこっちの方が着やすくて気に入っているのよ。」
そう言うと彼女はクスりと微笑んだ。
「彼女から聞いたと言うわけではなさそうね。と言うことは、余計な記憶まで戻ってしまったのかしら?」
「その通りだ、すまなかった。あの不老不死の薬は君からの贈り物ではなく僕自信から発現したものだったんだね?」
彼女はアハハって少女の様に笑いはじめた。それは清々しい、嬉しそうな笑い。
風に煽られ髪がフワリと遊ぶその様は神秘的な程に美しかった。
「そうよ、あれは願い石。私の影響を受けて貴方から発現したものよ。」
彼女は呼吸を整え落ち着かせた。
「私はもうだいぶ前から、視界はボヤけて、耳も遠い、五感全てが鈍くなって、もう消えるのを待つばかりと思っていたの。でも、そんな時よ。私と同じ気配、願い石を持ったあの娘が現れた。そう、あの娘の願い石は貴方の影響で発現したのよ。」
なぜゆかに願い石が発現したんだろうと思っていたけど、そう言う事だったのか。
「嬉しかったは、同じ様な気配を持つものはハッキリ見えて声も聞こえる。久しぶりに話せて生きた心地がしたわ。」
「でも、もう終わり」と彼女は海の方、遠くを見た。
「かろうじて願い石で保っていたけれども、貴方に使ってしまったから、私は時期に消えていくは、まあもう消失は始まっていたから、怪異とかモノノ怪になることはなくて良かったけどね。」
「それとも」と言い彼女は私の方を向き直すと僕を迎え入れたいように両手を開いた。
「それとも、私を選んでくれる?」
「ごめん、かぐや、今の僕は祐司でゆかを愛しているんだ。」
「わかっていたわ。」と彼女は笑っていた。
「からかっただけよ。気にしないで。私はもう貴方と一緒になったとしても長くはもたない。それに貴方達には期待しているのよ。」
その時、もう一つの気配が近づいて来るのに気が付いた。
「あの娘が来たわね。シナリオは無事に完結したわ。」
そう、ゆかが満面の笑みで歩いてくる。
そして、僕の顔を見た瞬間に走りはじめ、僕の胸へと飛び込んできた。
「ゆか、病院内は走っちゃダメたよ。」
ニハハ「気持ちが押さえられなかったの」って、僕を見返したかと思えば、もう一度僕の胸に顔を埋めてしまった。
「みんな凄く驚いちゃった。でも、長くなるから後で説明するって抜けて来ちゃった」ニハハって、軽いなぁ。今頃みんな慌てふためいてないだろうか?
ゴホンとわざとらしくかぐやが咳払いをした。そこにはおばあさん姿に戻った彼女がジト目でたたずんでいた。
「まったく、イチャイチャと見せつけてくれる。最後に大切な話をするから良く聞きなさい。」
はい!ゆかはべったりと僕の腕にしがみついたまま向き直した。
「たぶん、この物語は貴方達が主人公よ。そして、超越者には私にはたどり着けなかったその先がある。貴方達はそれを見つけなさい。」
彼女はため息をついた。
「今のままでは時期に五感は薄れ消えていく。まあ、百年以上は今のままの姿で生きるとは思うけど。でも、その間、世界の理から離れた貴方達では子供も出来ない。五感も消えていき2人だけ世界から隔離されていくことになるわ。そうなる前にその先を見つけこの世界から抜け出すのよ。」
そして、彼女は最後に「期待しているわ」と言い残し病院の奥へと消えていった。
夏を終えた秋の風がカサカサと落ち葉を運び新しい季節の始まりを告げている。
落ち着いているのか慌てているのかわからない季節の始まり。その中で僕達は抱き合いキスをしていた。
やっと僕達は向き合って恋をすることが出来る。




