ゆうくんが死んだ
二月十四日、私は、彼氏の『ゆうくん』とデートで映画を見に来ていた。
人気のある作品だからと思い、早めな時間にチケットを買って、ゲーセンで時間を潰したあと、再び映画館へと戻って来た。
のんびりと、私はフレンチポテトとジュース、彼はポップコーンのキャラメル味とジュースを買って、真ん中位の高さの横真ん中の席でくつろいでいる。
……ゆうくんの誕生日の日から私達はこの身体の主導権を取り戻した。
正確には秩序や断りから外れたといった方が良いのだろうか?
自由に動かせるようになったことで、自分自身で思い出して物事をやり直さないといけないのには、ちょっとだけ苦労があるけれども。
それでもやっぱり、自分自身で生きられるって素晴らしい事だと感じていた。
しかし、だからこそ、今日と言う日を恐れていた……。
そう……今日はゆうくんがトラックにハネられないといけない日だから……。
* * * * *
映画が終わり私達は手をしっかりと繋いで、薄暗い街頭の下をとぼとぼと歩いていた。
以前は私が泣いていて引かれるように歩いていたけど、まあこの暗さなら他の人に影響はないだろうと。
これからやらなければならない一大事に向けて二人で英気を養おうとしていた。
英気を……と思っていたが不安は募るばかりだ。
トラックに跳ねられて本当に生きていられるのか?今、思い返すと、当時は本当に運が良かったのだと思う。
ふと空を見上げた。今日は月の出ていない星達が瞬く綺麗な夜空だった。
そう言えば、前回は泣いていて下ばっかり向いていたっけ……。そうだよ、今こそ前を見ないと。
「ゆうくん、きっと大丈夫だよね!」
「そうだね。」
上手な言葉が見つからない、この静寂に自然と繋いだてに力が入った。
変わらずとぼとぼと歩いた。以前は気が付く事が出来なかったけども、公園を歩いていたんだなぁと今さらではあるが気が付いた。
車の音もあまりなく、デートの締めの場所としてはとても上手い場所なのかもしれない……なんて、余計な事は思い付く。しかし、肝心のゆうくんの心境がわからない……。言うまでもなく不安だとは思うけど。
「このベンチかな?」
そうここは交通事故の直前にキスをしたベンチだ。
すると彼は繋いだ手を離したかと思うと、向かい合い、両の手で私の身体を引き寄せ、そしてその両手で頬を優しく包んだ。
「きっとこの前はキスがあったから上手くいったんだと思う。僕に勇気をくれないか?」
その言葉に私は喜ぶように目を閉じた。
目を閉じそして彼の腕のなかで、胸の前に両の手を握る。力一杯握りしめて祈った。
私達が本当に神に近い存在になりかけているなら、きっと願いが本当の神様に届くはずと。
上手くいきますように、上手くいきますように、ゆうくんが生きて上手くいきますようにと何回もお願いし続けた。
やがて唇に当たる暖かな吐息。彼を受け入れたくて緩む頬。
突然、気配が現れた。これは私達だけが感じられるあの人の気配。私達は驚きキスなんて放り出してそちらへ視線を送った。
「ごめんなさいね邪魔するわ。時間無いから許してね。」
本当だよ!今、良いところだったのに邪魔しないでよ!と伝わるように頬を膨らませ、じとっとおばあさんを見つめた。
「まあまあ、そんな顔をしないで。今回は助けに来たんだ。私のこの時間停止の中でも自由に動けると言うことは、大分、身体がこちら側に来たと言う事だね。」
それはありがたいけど……キス終わってからだって良いじゃん!
「いや~あんた達のチューが長くて遅刻しないか不安もあったし!」
あ……それは一理ある……。
「まあ、チューなんて終わった後、誰もいない病院の個室でシコタマしたら良いでしょ!そんなことより!トラックに引かれて、祐司くん、君は生き残らなければならない!それって本当に奇跡に近いことなのよ!しかも君が死ねば世界の連鎖が崩れて一瞬で崩壊してしまう。」
シコタマと言う所に少しツッコミを入れたかったけど、これから起こる事故に関しては、そうおっしゃる通り。前回の記憶を思い返すと身震いがする程それは壮絶だった。
「そこで私が助けに来たのよ!ほとんど超越者になったあなた達の身体なら私の力で遠隔で程よく治してあげられるからね。だから大船にのったつもりで元気よくトラックにツッコミなさい!」
元気よくって……なんだかトラックの運転手が可哀想だよ……遊び気分で当たり屋みたいで。
「じゃあ私が、よーいどん、って言ったら時間を進めるから、そしたら全速力で道路へ駆け出しなさい、わかったわね。」
「へ、もうそんなに時間なかったんですか?」
「そうよ!チューなんてしてたら世界が崩壊してたのよ!ピンチだったの!良いから構えて!」
ゆうくんを見た。さっきからしゃべっていないなと思っていたら、やはり険しい顔をしている。相当に緊張しているに違いない。
だから元気付けたいと思って「ゆうくん」
フッと彼は顔を上げた。
「終わったら、いっぱいチューしようね。」
彼はフッと笑ってくれた。
「そうだね、わかった!」
おばあさんの手がよーいの言葉で備えられる。
構える拳、緊張する奥歯、集中の静寂へと落ちていく意識。
寒い冬の空気のせいか、それともおばあさんの力で時が止まっているせいか、肌が突っぱねられるのを感じる。
一大事に向けて全速力疾走に向け、大きく息を吸い込み、そして深く吐き出す。暖かな血流に乗って全身に染み渡っていく酸素。
全身がおばあさんの次の言葉を待った。
「どん!」
空気の流れが軽くなり、私達は駆け出した。
何も考えられない位、私は走った。たぶん、後ろからはゆうくんが続いている。
そして、飛び出した道路。一瞬で目の前を真っ白に染め上げたのはトラックのヘッドライト。
恐い、わかってはいたけれど恐い。脚が瞬時に硬直した。
刹那、トラックとは別からの、横からの衝撃によって私の身体はそこから抜け出す様に宙を舞う。
鈍い音と共に転がる様に着地した私は、即座に振り向いた。
ゆうくんがトラックにハネられている。
世界が崩壊していないと言うことはゆうくんは生きている……と信じるしかない。
私はやるべき事をしないと。パニックになりながらも救急車を呼んだのを覚えている。
私は直ぐにスマホを取り出した。
* * * * *
四月始め。
そう今日は彼がむくりと起きる日だ。待ち遠しかった日だ。
あれから世界は崩壊していない。と言うことは、シナリオは上手くいっているに違いない。私はゆうくんの傍らで今か今かとその時を待っていた。
そして彼はあの日の様にむくりと、何事もなかったかのように起き上がった。
「あなたは誰ですか?」
「え……」え、演技?
その時、また彼女の気配が現れた。
「すまない。予想外の事となった。」
どういう事だろう?と彼と見合わせた……いや違う。彼と視線は合ってはいるけど、これは先程から動いていないだけ、そう時が止まっている。どういう事だろうと直感的に寒気が走った。
「彼の超越者としての魂が、あまりの衝撃の強さで死んでしまったみたい。だから彼は普通の人として時が止まっているの。」
彼と永遠に生きる未来は音を立てて崩れてしまった。




