出会いと旅立ちの序曲 その8
少年とメルキドの住んでいた森、通称”魔獣の森”を西に向かって歩くこと約半日の所に、少年がこの世界にきた頃からずっと見下ろしてきた街がある。名は”セレモニ”、この大陸の最南端の街である。
少年がその街へやってきたのは初めてのことだ。だからこそ、わからなかった事もある。遠くから見下ろしていると、たいした大きさには見えなかったが、実際にその場に立つと大きく変わって見えるものだ。
「実際目の前にくると、でかいな」
早朝に山小屋を出て、街にたどり着いたのは昼過ぎ。途中、急ぐからと走ったのが良かったらしいが、もうちょっと遅くても問題がなかったんじゃないか。そんな事を考えながら、少年は、目の前の塀に囲まれた街を眺めて呟いた。
「ここがセレモニじゃ」
「これがあの崖から見下ろしてた小さな街」
メルキドの言葉を聞きながら、少年は、自分が今まで見下ろしてきた景色を思い出していた。大好きな崖の上からの景色、その中で唯一、他の人々の生活が見える場所であり、彼が修行の暇を見つけては、いつか行ってみたいと思いをはせていた場所だ。
そして、少年はそんな小さな街に興味を持ち、メルキドに色々なことを尋ねた。市場があることや旅商人が来ること、あちこちの特産品が集う日や、日用雑貨が揃う日もあるらしい。近くに住む人々にとって、重要であり便利な街だった。
「お前は、街に来るのは初めてじゃったな?」
「ああ、ばーさんがいつも俺を置いて行ってたからな」
初めて立ち入る街、メルキド以外の人に出会うのも、先日の少女以来だ。そう考えると、少年は1年近くよく頑張ったものだと自分に感心してしまった。
「じゃあ、何があるかなどはわからんじゃろうから、ついてこい。ギルドに行くぞ」
自分は頑張ったと少年が心の奥で自らを褒め称えている間に、メルキドはさっさと目的地を決めると、街の中へと入っていってしまった。その後を追うように歩き出すと、彼女の言葉に思わず、鼓動が高鳴って反応してしまう。
そう、この街にはギルドがあるのだ。正式には、|傭兵冒険者用仕事斡旋所《ようへいぼうけんしゃようしごとあっせんじょ》であり、通称がギルドである。傭兵や冒険者と呼ばれる、固定された仕事を持たず、旅をしたり依頼ごとに仕事の内容を変える者達に対して、仕事を紹介してくれる便利な場所だ。
「ってことは、早速仕事をするのか?」
「そうじゃな。現状では、数日宿屋に泊まれば金もきれるからな」
少年の問いに、メルキドは答えながら、腰に下げている小さな袋をチャラチャラと鳴らして見せた。それほど入っていないであろう袋からは、小さな金属音が聞こえるのみだが、この世界での金銭感覚が無い少年にとっては、それがどれくらいのものなのかさっぱりわからなかった。
「まぁ、何はともあれ、良い仕事が見つかればの話じゃがな」
「そりゃそうだ」
メルキドの言葉に軽く応えると、少年は世知辛い世の中の摂理は、地球と変わらないと感じてしまった。何事も、良い職探し、自分にあった仕事を探すことが大切、そんな事を考えると、地球にいた頃の求人案内やインターネットの求人サイトなんかがギルドに当たるのかもしれないと思えてくる。
「ちなみに、仕事ってどんなのがあるんだ?」
素朴な疑問が浮かび、メルキドに尋ねると、少しだけ考える素振りをしてから答えてくれた。
「そうじゃな……色々なんじゃが、例えば物の配達から魔獣退治まで、様々な仕事があるぞ。それを、力量に合わせて振り分けるのが、ギルドの役割じゃ」
話を聞くと、なおのこと求人サイトのように聞こえてしまう。しかし、物の配達から魔獣退治となると、随分と内容に差がある気がするが、その分は依頼料で変わるのだろうと自分で結論づけた。
「まぁ、その時々である仕事も変わってくる。ギルドの仕事は、個人や団体、下手すれば国からのものもあるからな。じゃから、トラブルが多ければ仕事も多いが、トラブルが少なければ仕事も少なくなるというわけじゃな」
当然と言えば当然で、何かが起きれば仕事は増えるのはガイヤでも同じなのだろう。少年は、小さくうなずいて納得すると、一番気になっていることを尋ねてみた。
「どかんと金儲けできるかな?」
「馬鹿者。初めから、そんな大層な依頼を受けると思うか?」
呆れた表情でメルキドが答えると、そりゃそうだ、と少年もバツの悪そうな表情で答えた。彼にとって、初めての街で初めての依頼、いきなり大がかりな仕事を受けるほど、無謀なことはしないらしい。
とはいえ、初めての仕事というのは、少年にとって新鮮で楽しみなことだった。地球にいた頃も、高校でバイトは禁止されており、彼にとっては人生初めての仕事だったからだ。
「どうした、ヒロ?」
どこか考え事をしてふわふわとしている少年に、メルキドがそう尋ねた。すると、少年は少しだけ笑みを浮かべ……
「いや、仕事を受けるっていうのも楽しみだなってな」
「呆れた奴じゃ」
そう答えた少年の横顔を見ながら、メルキドもまた隠すように笑みを零していた。それは、弟子の成長を感じる師匠の喜びだったのだろう。世間知らずな言葉だが、それでも一歩、1人の人間として世界に関わっていくことが、彼には楽しく、そしてその姿を見られるのが彼女には嬉しく思えたのだ。
「ほら、何をしておる。早く行くぞ」
そんな弟子に、メルキドは急かすように言葉をかけた。少年は、置いて行かれそうになっているのに気づいて、少し慌てて返事をして後を追いかけた。
太陽はまだ空高く、絶好の仕事日和の昼下がりだった。
To be Continued...




