出会いと旅立ちの序曲 その6
崖沿いを走り続ける少年に、遠くからバキバキと破壊音が響いてくる。しかし、音が大きすぎてどっちからなのか判断がつかない。
「………ぁ」
「人の声!?」
一瞬、何かを聞き取ったと感じた少年は、急ブレーキをかけて立ち止まると、もう一度耳を澄ました。全神経を耳に集中させて、辺りから響いてくる音をゆっくりと拾い始める。聞き逃さないように、僅かな音さえも感じ取れるように、ジッと立ち止まったまま意識を集中させる。確かに聞こえたはずの声を探して……
「……ぇて……」
少年の耳に、確かに聞こえた声を辿るように走り出した。
それと同時に、今度は何発目かわからない爆発音が響く。それは、少年が走り出した方角とほぼ同じ北西方向だ。そして、木々の間から見える空に、黒く濁った煙が立ち上がった。
「あそこか!?」
一気に速度を上げて、崖沿いから森の中へと飛び込んだ。メルキドほどの精度はなく、木々を避けながらの疾走に全力は出せなくても、彼にできる限りの速度で音の方へと急ぐと、破壊音がどんどん近づいてくる。そして……
「いたっ! あの子が? って、おい」
「はぁっ……はぁっ……来ないでぇ!」
木々の間から見える1人の少女、必死に走っているその姿を確認したのと同時に、彼の視界に最も入ってきて欲しくないモノが入ってきた。
少年がこの世界に来て1年近く経ち、正直、あれだけには追いかけられたくないと思っていた。おそらく、少女もそうだろう。というか、あんなモノに追いかけられるのは誰でも嫌だと思うだろう。そういうモノなのだ。
そんなことを考えながら、少年は、走って逃げる少女に並走するかのように、崖の方角へ向かって走り出した。このまま逃げ続ければ、彼女は、崖に突き当たって逃げ場を失ってしまう。そうなれば、奴の突進によりぺちゃんこにされてしまう。
「嫌だぁっ! それだけは、想像したくない!」
慌てて頭を振って想像を振り払うと、少年は更に速度を上げて少女へと近づいていく。
「……はぁっ……はぁ……たすけっ……」
必死に逃げる少女だが、走る速度は遅く、少年の方が圧倒的に速かった。しかも、疲れきっている様子で、足取りも重い。おかげで、簡単に近づくことができたが、同時に後ろから追いかけてくるモノも少しずつ近づいている。
「ちょっと失礼」
一気に距離を詰めて、隣の林から飛び出すと、少女の足と背中を持ち上げる。
「えっ? ひゃぁっ!」
思わず変な声を上げて少年の顔を見上げると、少し安心したような表情を見せた。そして、走り疲れて思考が回らない中で、何を尋ねるべきか考えた結果……
「貴方は……だれ?」
という、今はどうでも良い質問が口から零れた。
「自己紹介は後だ、奴から逃げ切るのが先」
「あっ、はい。それと……重くないですか?」
少年が落ち着いた表情で言葉を返すと、今度はお姫様抱っこされている自分自身に気づき。恥ずかしそうにそんなことを尋ねてくる。それどころでは無い気がするが、女の子という生き物は、そこが最優先事項なのだろう。
「全然重くないから気にしないで。それよりも、アレから逃げ切る方法を考えないと、この先は崖になってて、逃げ場が無くなるんだ」
「そうなんですね。じゃあ、どこかで方向を変えないと」
心配そうに話しながら、少女は視線を少しだけ後ろに向けたところで、急に顔色を悪くして、体が縮こまってしまった。少年も、その様子を視界の端で見ながら、思わず気まずそうな表情を見せた。
「凄く近くですけど、大丈夫ですか?」
「大丈夫であること祈っていて、できるだけ頑張るから」
不安げな問いに、とりあえず頑張ることを伝えると、なんとか距離を広げようとさらに速度を上げるが、アレとの距離は10mもない程で、いつそのまま踏み潰されるかわからない距離まで迫っている。しかも、もうすぐ森を抜けてしまう。つまり、南の絶壁に突き当たってしまうのだ。
「あの、あの……」
「分かってる、何とかするから」
すごく不安そうな表情で必死に訴えかけてくる少女にそう答えるも、何か策があるわけではない。少年の中の理想は、メルキドが助けに来てくれるのがベストだが、後ろには距離が広がらず、しっかりとついてくるアレが居る。とにかく逃げ続けなければならない。
そんな事を考えながら走っていると、辺りの木々の間隔が広がってきたことに気づいた。つまり、間もなく森を抜けるということだ。森を抜け崖の行き止まりへとたどり着けば……
「想像したくないな」
「変な想像はしないで下さい、縁起でもない!」
少年の言葉に、少女も反応してくるが、そのやりとりのせいで、2人とも頭に浮かんでしまった様で顔色が悪くなってしまった。それを振り払うように首を振ると、もう一度辺りの景色から何か策を見いだそうと考え出した。
そんなとき、辺りの木々に不自然さを感じ、目を細めた。普通とは違うなにか、まるで手の加えられたような跡を感じるが、だからといって、それが何なのかはわからない。木々の並びや枝の曲がり具合、それらがどことなく周りの木々と違うものがあるというだけだ。
「なるほど、そういうことか」
少年は独り言を零すと、彼に抱きかかえられている少女は不思議そうな顔をして首を傾げていた。そんな彼女に、少しだけ笑みを見せると、少年は、もう一度木々の違いを確認していく。
おそらく、森の外が近くなればなるほど、不自然さは増していくはずだと確信している少年は、タイミングを図るように少しだけ速度を落とした。
「賭けてみる価値はあるな。よしっ、しっかりと掴まっててくれよ」
「えっ? あっ、はい」
意味も分からず、少女は返事をすると、少年の首に手を回すとしっかりとしがみついた。
それを確認すると、少年はチラリと後ろを振り向き、さらに近づいたアレを少しだけ確認して、足に力を込め急に速度を上げ、森の外へ向かって一直線に走って行く。チャンスは一度だけ、おそらく失敗すればそれで終わりだろう。アレの下敷きにされる事は間違いない。生きていられるかどうかも不明だが、いっそ死んでしまった方が楽だとも思える。
最悪の事態ばかり考えてても仕方ない、少年はそう割り切ると、頭の中を切り替えてたった1本の木に意識を集中させた。おそらく、その木が鍵になるはずだ。
「せぇ~の!」
抱きかかえている少女に心の準備をさせるかのように、少し大きな声でかけ声をかけると、少年は思いっきり鍵となる木に飛び蹴りを入れる。普通なら、それだけでどうこうなる代物ではない。土に根を張る木々が、蹴り一発で倒れることなんてあり得ないだろう。けれど、その木は違い、何の抵抗もなくバッタリと倒れ始めた。いや、正確には元の形へと戻り始めたのだ。
「きゃぁっ!?」
「しっかり捕まってて!」
「はっ、はいっ!」
その木が倒れると同時に、辺りの木々が急にざわめき始めた。そして、今度は無数の丸太が木々の間から飛び出してくる。古風なトラップだが、少年は幾度となくこのトラップに引っ掛かっていた。だからこそ、その違和感に気づいたのだ。そして、その丸太に向かって、少年は大地を蹴って飛び上がった。
無数に飛んでくる丸太は、それぞれバラバラの速度と高さで作られている。本来は、避けづらいように、同時に飛んでくるように作られているが、今回のような場合はかえって好都合だ。少年は、まず一本目の比較的低い丸太を選んで足場にすると、今度は少し高めの丸太を次の足場にする。僅かに時間差を作りながら飛んでくる丸太を、タイミング良く足場にして上へ上へと飛び跳ねながら丸太を渡っていくと……
「おっしゃっ!」
「あはっ!」
思わずガッツポーズをする少年と、さっきとは違う満面の笑みを見せる少女。
5本目の丸太を蹴った辺りで、すでに2人はアレの背丈を遥かに超えるだけの高さまでやってきていた。アレの背丈はせいぜい3m前後なので、2本目蹴った辺りで余裕だったのだが、そこは保険だ。アレの上に落ちたくないという思いの表れである。
「一件落着」
次の瞬間、激しい衝突音が響き、決着がついたのを知らせてくれる。少年は地面に着地すると、満足げな表情で振り返った。そこには……
「げっ!」
思わず引いてしまう様な、見たくない光景が広がっていた。
おそらく、あの速度で止まることができず、顔面から崖に突っ込んだであろうアレがひっくり返っていた。ピクピクと足をひくつかせている姿は、思わず視線をそらしてしまう様な光景だ。なぜなら、少年の知る言葉で表現するなら、全長10m近くある巨大なゴキブリがひっくり返っているのだから当然だろう。
「なるほど、”黒輝虫”じゃったか。しかし、無事のようじゃな」
「ばーさん、遅すぎ」
丁度やってきたメルキドに、少年は呆れ顔で非難するが、彼女は全く気にしている様子も無く黒輝虫を見上げて満足そうな表情をしている。そんなメルキドをおいて、少年は抱きかかえていた少女を地面に降ろした。
「あっ、あのっ、ありがとうございました。えっと……」
「俺はヒロ。この森に住んでる剣士かな?」
「見習いじゃがな」
少年が格好良く見せようと笑顔で答えると、間髪容れずにメルキドが余計な一言を付け加えてくる。その瞬間に、少年の口元がヒクッと動いてしまったのを、少女は見逃さなかった。
「わしは、この森の騎士アーヴァイン=メルキドマイヤーじゃ」
「じゃあ、あなた様が……」
続けて自己紹介したメルキドの名前を聞くと、少女は驚きの声を上げる。そして、今度は少年の顔をチラリと覗き見ると言葉を飲み込んでしまった。どうやら、少年の前では話しづらいことでもあるらしい。
「とりあえず、もうすぐ夕方じゃ。今から森を抜けるのは危険じゃろう、今日はわしらの小屋に泊まっていくのが良かろう。なにやら、わしに話もあるようじゃしな」
「ありがとうございます」
メルキドの言葉に頭を下げた少女は、結局、少年に名のることはなかった。ただ、肩まででキッチリとそろえられた茶色い髪の毛は印象的で、少年はどうしても忘れることは出来なかった……
To be Continued...




