出会いと旅立ちの序曲 その2
服を脱げと言うメルキドに、疑いの目を向ける少年だが、彼女もその視線の意味に気づいたのか、大きくため息をこぼした。
「安心せい、変な意味ではない。ただ、ヒロキ殿が怪我を負ったのであれば、傷痕や治療の跡が残っておるんじゃないかと思ってな。もしかすると、その跡からどれくらい経っておるかわかるかもしれん」
メルキドの言葉にハッとした少年は、思わず自分の体のあちこちを触りだした。確かに、あれだけの大怪我をしたのだから、治療の跡が残っていてもおかしくはないはずだ。傷跡が新しければ、あの事故からそれほど経っていないのもわかるはずだ。
「服を脱げば良いんだよな?」
「そうじゃ。ただし、あまり変に動くでないぞ。下手に傷口が塞がっておらんかった場合、傷口が開いてしまうやもしれん」
少し脱ぎかけながらメルキドに尋ねると、冷静な言葉が返ってきた。確かに、痛みはないがしっかり治りきっておらず、傷口が開いてしまうのは良くない。とりあえず、少年はこくりとうなずくと、慎重に制服を脱ぎ始めた。痛みが出たらそこで止まれるように、ゆっくりと1枚1枚脱いでいき、ズボンと上着にワイシャツ、最後にシャツまで脱ぎ捨てると、肌に触れる風の冷たさに身震いしてしまった。そして、その寒さも我慢して、少年は、自分の体を見て触れて確認してみた。しかし……
「ヒロキ殿、おぬし、本当に怪我をしておったのか?」
その問いに、本当だと反論したかったが、少年は自分の体を見ると何も言えなかった。
そう、傷どころか、傷跡も治療の跡も、何もない綺麗な身体だった。
「そのはずなんだ。あのとき、俺は事故に遭って、大怪我をして、血だらけになって、死ぬんだって本気で思ったんだ。空想や夢じゃない、本当に……」
そこまで言ったものの、自信は失われていた。確かにあの事故はあったと思う。しかし、それを証明するものが何一つ見つからない。少年は、頭を抱えるように考え込むと、そのままゆっくりと屈み込んでしまった。
そんな少年に、メルキドは寄り添うように膝をつくと、肩に手を置いて話し始めた。
「そのことは信用しよう。ヒロキ殿が嘘を言っておるとは思えん。わしも、この年まで生きてきて人を見る目は持っておる……じゃが、ヒロキ殿の体には、傷一つついておらんし綺麗に消えてしまっておるようじゃな」
「消せるものなのかなぁ?」
そうつぶやいた少年の声は、少しだけ震えていた。
「軽い小さな傷なら消せるじゃろう。しかし、大怪我となると、傷口を消し去るのは難しいと思うが……」
真剣に答えてくれたメルキドに、少年は一言、ありがとうとだけ答えて、視線を落としたまま考え込んでしまった。
一体、自分はどうなってるのか。ここはどこで、どうしてここにいるのか。あの事故はどうなって、自分は死んでなかったのか。なにが真実で、なにが夢なのか。頭の中で色々な出来事が浮かんでは消えていく。しかし、そのすべてが本当だったように思えるが、夢だったのかもしれないと考えてしまう。少年の学生生活さえ本物だったのかと怪しく思えてしまうほどだった。
「あのさぁ、ここってあの世なのかな?」
「んなわけあるまい、わしはしっかりと生きておるぞ」
少年の問いは、すぐさまメルキドによって否定された。しかし、少年には何が真実なのか、わからなくなっていた。
「おぬしが何者かは知らんし、どこから来たかも知らん。だがな、ここはあの世でもなければ、おぬしは死んでおるわけでもない」
きっぱりと言い切るメルキドに、少年は上目遣いでその顔を見上げた。そこには、真っ直ぐな瞳で少年を見つめるきれいな眼差しがあった。
「おぬしが嘘をついておらぬのと同じく、わしも嘘をついてはおらん。ならば、考え方を変えてみると良かろう」
そんな言葉に、少年は訝しそうな表情を見せた。
あの時の事故も怪我も、脳裏にはしっかりと焼き付いて、鮮明に思い出せる。なのに、今は怪我が無く、制服だって傷一つ無い。それならば、自分はなぜここにいるのか、その問いに答えを出せず、すがるようにメルキドの次の言葉を待った。
「わしの故郷でも、死後の世界という考え方は伝わっておる。じゃが、それは死んだ者だけが行ける世界で、生きた人間が行ける世界でもなければ、そこに居る者達は生きておる訳ではない、皆死んだ命だと言われておる」
その考えは同じだ、少年の世界でも、死後の世界には生きたまま行くことはできず、死者の魂だけが集まっていると言われている。
「つまり、わしが生きておる以上、ここは死後の世界ではないということじゃ」
非常にシンプルな考え方だが、説得力はある説明だ。
そう説明しながら、メルキドは人差し指を立てて、少年の方へ見ると、自慢げな表情で話し続けた。
「同時に、この世界は多層世界と言われておる」
聞き慣れない言葉に、一瞬、あたりの音が消えたかと思うと、次の瞬間、一陣の風があたりの木々をざわめかせた。
「今立っておるこの世界以外に、いくつもの世界が存在し、あらゆる歴史や技術が生まれておると言われておる。まぁ、どこまで本当かは分からん言い伝えなんじゃがな」
それは、異世界を肯定している言い伝え、他の世界が存在し、その世界では別の歴史が流れているということだ。随分とうさんくさい話だが、彼女は、嘘を話している素ぶりは無く、自信たっぷりに話していた。
「それが俺と何の関係が?」
少年は、そうメルキドに問い返すと、彼女は首を左右に振って答えた。
「まぁ聞け。おぬしが嘘をついておらんとしたとき、おぬしが大怪我を負い死んだのが事実となる。そうなると、おぬしに怪我や傷跡が無いのはおかしい。しかし、事実無いものはない」
確かに、メルキドの言う通りだ。無いものは無い、ではあの事故が無かったのか、それはあまりにも不自然だ。矛盾は多いが、この2つは現実に起きて確認できたものだと思われる。そうなると、これを証明できる何かが必要となる。それをメルキドは続けて話し始めた。
「ならば、その怪我や傷跡を残すこと無く治療したとしよう。しかし、そんな技術は、このガイヤにはないはずじゃ」
そこまでメルキドの言葉を聞いたところで、少年は血の気が引いていくのを感じた。
普通に考えるなら、そこで出てくる言葉は、この地球にはない……のはずだ。なのに、ガイヤには、と彼女は話した。つまりは、ここはガイヤと呼ばれている場所だということだ。
「では、考え方を変えて、別の世界にはその治療法があるとする。おぬしが、そこで治療を受けてここへやってきたとすれば、ある意味つじつまは合うじゃろう」
「ちょっと待った! ばーさん、ここってガイヤって言うのか? 地球じゃないのか?」
そこまでメルキドが話したところで、少年は話を遮るようにそう尋ねていた。その問いを聞くと、彼女は少しだけ考える様な素振りを見せると、改めて少年を真っ直ぐに見つめて答えた。
「地球という言葉は聞いたことがないが、この世界はガイヤという。もう、千年以上昔から、そう呼ばれておるはずじゃ」
メルキドの言葉は、衝撃的だった。この森で目を覚まし、メルキドと出会った時、少しだけ、そんな事が頭をよぎったりもしたが、あまりにも現実離れしていて、自ら否定していた。あり得るものかと……
「おぬし、この世界の人間ではあるまい。そして、おぬしが居た世界で大怪我を負い、死にかけた、もしくは死んだのかもしれん。その後、目を覚ますと、ここへ横たわっておった」
確かに、事故に遭ったとき、少年は確かに死を感じた。終わりを予感してしまった。なのに、ここで倒れていた。
「おぬしは、この世界に迷い込んだのやもしれん」
その一言に、少年は何度も頭の中で否定していた。そんな事があり得るはずがない、ゲームや漫画じゃない、そう現実なのだ、そんな空想世界みたいなことが起きるはずがない、そう何度も何度も……
「この世界には、おぬしのように迷い人が現れることがある。そういう話が、言い伝えの中に残っておるんじゃ」
そう優しく話してくれたメルキドは、そっと少年の頭を撫でていた。彼を落ち着かせるように、優しく静かに……それほど、少年の顔は真っ青に染まり、不安と困惑に満ちたものだった。
「じゃから、とりあえず落ち着いて考えるんじゃ」
そう言葉をかけたメルキドを見上げた時、それは、少年の視界に飛び込んできた。それは、少年の想像を遙かに超える、異形のモノだった。
To be Continued...




