出会いと旅立ちの序曲 その1
少年は、死んだ。あの時、あの瞬間に……
「…ぉ…生きて…」
声が聞こえる。遠く遙か彼方……いや、近く手の届くそば……耳に僅かな声が聞こえてくる。
「おぉ~い、生きておるかぁ~?」
少年は、自分は死んでいるぞ、と考えながら、その声を聞いていた。
「おぉ~い、こんな所で倒れておると……」
どこの誰かは分からないが、ちょっと渋めの女性の声が彼を呼んでいた。しかし、少年は死んでいるので答えることなどできない。
「生きておるかぁ~」
……うるさい。遠くだったり近くだったり、今度は耳元で大声で鳴り響いているようにも聞こえる。しかも、マイクとスピーカーで、ボリュームを最大まで上げているかと思えるほどの大音量だ。
「生きて……」
「五月蠅い! 死んでるって分かるだろう!」
あまりの騒音に、思わず大声で叫ぶと、自分の声が出て上半身が起き上がった。
「生きておるぞ、間違いなく」
てっきり、自分は死んでいるのだと思っていた少年は、自分の置かれている状況に困惑しながら、自分の横に寄り添っている老婆へ視線を向けた。
「だっ、だれ?」
思わず出た言葉は、そんな言葉だった。初対面の人間に、いきなりこれは失礼だと思ったが、出てしまったものはしょうがない。今更取り消すっていうわけにもいかないだろう。
そんな少年の気持ちを知ってか知らぬか、その老婆は彼の言葉に少し驚いた顔をした後、少し肩を落としてため息をこぼすと、しゃがみ込んでいた場所からゆっくりと立ち上がり、少年に向かって手を差し出した。
「安心せい、決して怪しい者ではない。わしの名は”アーヴァイン=メルキドマイヤー”、この森に住む者じゃ」
「あっ、ありがとう」
自己紹介をしながら差し出された手を掴むと、メルキドは少年を引っ張り起こしてくれた。
そして、立ち上がり、改めてメルキドを見ると、自分よりも少し背が低いことに驚いた。その風格からか、自分よりも大きな印象だったが、意外に小さなメルキドを少し見下ろすように見ると、自分の感じていた違和感に気づいた。
それは、辺りの様子を見渡すとさらに深まり、少年は初めて自分の置かれた場所の違和感に気づいた。辺りは木々に囲まれた世界が広がり、まるで富士の樹海にでも放り出されたかと思えるほどだ。しかも、メルキドの姿も異常で、洋服ではなく、まるでロールプレイングゲームに出てくる剣士のように、身軽そうな鎧と背丈よりも少し小さめのマントを身につけている、いわゆるコスプレのような感じだ。
「なんだ、ここ?」
「うん? そうじゃな、ここは森の中じゃぞ。”ファンデル王国”最南端に位置する街”セレモニ”の更に南に広がる森、通称”魔獣の森”と言われておる場所じゃ」
全く聞いたことがない国の名前に、全く聞いたことがない街の名前と森の名称だ。少なくとも日本ではないことは間違いなさそうだと理解したが、何故かメルキドは日本語をしゃべってる。日本語を話せるとなると、日本人……とは限らないが 外国人特有のイントネーションの違和感もないため、何がどうなっているのかわからない。
「けど、どうして俺がこんな所に?」
少年の記憶は、交通事故に遭って大ケガをしたところで終わっている。大量の血を流していたのは覚えている、軽傷とは考えにくい。
けれど、今の彼は見知らぬ土地の見知らぬ場所に寝かされていた。しかも、日本ではない国にだ。
「詳しくはわからんが、いつもこの辺りを通るが昨日は見かけんかったからのぉ。おそらく、昨日、わしがここを通った後から、さっきおぬしを見つけた時までの間にやってきたのは間違いないじゃろう」
メルキドの言葉から考えると、ここに来たのは、今から一日以内ということだ。
しかし、もしそうだとしたら、それまで自分がどこにいたのかが疑問になる。それに、あの大怪我はどうなったんだろうか? 何より、彼の制服に付いていた血もいつの間に消えてしまっている。
「サッパリわからん……って言うか、なんか凄く記憶が曖昧な気がする」
「まぁ、仕方あるまい。気を失っておったようじゃし、記憶の混乱が見られても仕方ないじゃろう。とりあえずは、落ち着いて整理してみぃ?」
確かに、このメルキドの言う通りだ。
大怪我をし、大量の出血を経験したと考えれば、記憶が混乱するのも自然な気がした。そうなると、自分の記憶が曖昧なのもそのせいかもしれない、そう思えた。
「まずは、おぬしは何者じゃ? 名は?」
そう言われて気づいたが、少年はまだ名前も名乗っていなかった。メルキドは先ほど自己紹介したが、彼は全く無視して話を進めてしまっていた。
「えっと、俺は弘樹。みんなからはヒロって呼ばれてる。音詩高校普通科の一年六組、出席番号は二十一番」
とりあえず、自分が思い浮かぶ情報を全て口にしてみる。もしかすると、口にすることをきっかけに、何かを思い出すかもしれない、そう考えたのだ。
「ヒロキか、変わった名じゃな。それに、ナントカという所の一年六組というのは、なにかの施設番号かなにかか?」
少年の言葉に疑問を投げかけたメルキドだが、どうやら高校のことを理解していないようだ。
「いや、施設っぽいと言えば施設っぽいけど。学校だよ、学校。俺達みたいな学生が勉強する所」
「魔導協会の学生さんか。見た目の割には、偉くエリートさんじゃな」
よく意味のわからない言葉が返ってきて、首をかしげてしまう。しかし、見た目の割、というのは非常に失礼だと思ったが、メルキドは気にした様子もなく、少年は仕方ないと文句をつけるのを諦めた。これ以上、細かいことを気にしても仕方ないだろうと判断したのだ。
それよりも、自身の曖昧な記憶をどうするかを考えることにした。あの事故はどうなったのか、自分はどれくらい眠っていたのか。そして、傷は誰が治療してくれたのか。
「あのさぁ、今日って何月何日だっけ?」
「大地歴1523年、火ノ月の十四じゃな」
少年にとって何気ない問いだったが、想定外の返答に、思わず目が点になってしまった。まさか、自国特有の暦で答えられるとは考えてもみなかった。
「いや、できれば西暦で教えてもらいたいんだけど……」
「なんじゃ、それは? 西暦?」
相手は老人だと考えて、少年が改めて尋ねてみると、またも想定外の返答だった。
「おちょくってる?」
「馬鹿者、わしはいつも真面目じゃ。真実しか口にしておらん」
一瞬、馬鹿にされているのかと思い、少年が尋ねてみるが、メルキドは真面目な顔をしてそう答えた。しかし、西暦を知らないと言うのもおかしな話だ。各国での独自の暦はあるだろうが、西暦については世界共通の統一年号だと少年は考えていた。それを知らないとなると、自分が事故に遭ってどれくらいの月日が流れているか判断できなかった。
「常日頃から真実のみを口にせんと、本当に信じてもらいたいときに信じてもらえんようになるぞ。故に、わしは常に真実だけしか口にはせん」
メルキドの真剣な瞳を見て、少年もそれ以上、問うことができなくなった。おそらくは、メルキドは嘘を言っていないのだろう。しかし、西暦もわからないと考えると、一体どんな辺鄙な国へと運ばれてきたのか、そこも気になってしまう。
何一つわからない現状に、少年は不安を覚えた。月日も場所も、そして自分が覚えていた出来事も、自身の体のことも、全てが分からない。そう考えると、自身の記憶さえもどこまでが本当であったのか、途中から夢でもみていたのではないか、そんなことまで思い浮かんでしまう。
「そうじゃ、ヒロキ殿はいったいどこの国の出身じゃ? それが分かれば、だいぶ違うと思うんじゃが?」
少し考え込んでいる少年に、今度はメルキドが尋ねた。しかし、それは根本的におかしな話だ。
「あのさぁ、同じ言葉をしゃべってるんだから、日本出身に決まってるだろう?」
変な質問をされて、本当に何を聞いてくるのかと呆れながら答えた少年だが、そこでまた違和感を感じてしまった。よく考えると、メルキドは日本人には見えない顔立ちをしている。けれど、外国人特有の訛りはなく、流暢な日本語を話していたのだ。日本育ちの外国人かとも思ったが、それにしてはこの場所の説明がつかない。
「何を言うておる、世界共通語をしゃべれるのは当然じゃろう」
そんな事を考えていると、メルキドから想定外の言葉が再び返ってくる。世界共通語が日本語、その言葉に少年は混乱してしまう。
「さっきから、どうも話がかみ合っておらんな。一体、おぬし何者じゃ?」
「何者って言われても……俺は、日本人の学生で、交通事故で大怪我して、血みどろになって……」
怪訝そうな表情をするメルキドに、少年は少し焦りながら状況を把握しようと、自分の記憶を辿ってみるが、何一つ記憶と繋がる状況がなかった。
「ヒロキ殿は、ケガをしておったのか?」
少し焦り始めた少年に、メルキドはふとしたことを尋ねた。その問いには、疑いのようなものを感じた少年は、さらに自分の記憶を辿って、間違っていないかを確認してみる。
「確かにケガをしてたはずなんだ、大怪我で、血も大量に出て……」
自分の記憶を1つ1つ辿りながらも、間違いないと思えた言葉をゆっくりと話した。それを聞いたメルキドは、少しだけ考える素ぶりを見せると、改めて少年に問いを投げかけた。
「服を脱いでみてくれんか?」
「はぁ?」
突然の申し出に、思わず変な声を上げてしまう。この状況下で服を脱いで何をしようというのか、メルキドの問いの意図が捉えられず、少年は思わず彼女に疑いの視線を向けてしまうのだった。
To be Continued...




