盗賊団の騎士団歌 その1
僅かに耳に残る嫌な落下音を聞きながら、少年は大きく一息ついた。
「ふぅ~、これでお終いかな」
そう零した少年は、辺りを見渡しながら、手に残る肉を斬る感触を思い出して瞳を細めた。そして、辺りを染めるように飛び散った赤い血の色と、転がる魔獣の死体を見て、顔をしかめていた。
「ようやく片づいたようじゃな」
「ああ、長かった」
剣を鞘に収めながらメルキドが言葉を投げると、少年はぼやくような口調で話しながら、辺りに転がるウルフと呼ばれる魔獣の死体達をなぞるように見て、もう一度大きく息を吐いた。
「ヒロ、森を歩く際はウルフに気を付けるんじゃぞ。こいつらは、凶暴で獰猛な上に、肉食で人をよく襲うことで有名じゃ。それに、単独で行動することはなく、必ず群れで狩りをするから余計にやっかいな奴らじゃ」
メルキドが少年の隣に歩み寄ると、辺りに転がるウルフ達の死体を見ながら説明している。確かに、2人が倒した魔獣の数は十数匹、この数で襲いかかられると1人で処理するのは難しく危険な魔獣だ。
「わかった」
少年がそう答えると、その顔を見ながら、メルキドが言葉を続けてきた。
「まぁ、生き物を斬るのが嫌なのは分かるが、少しずつ乗り越えて行かねばならん。連中も、生きるために他の生き物を襲う、それが人である場合もあろう。街道に出る魔獣を倒すのも、立派な騎士としての勤め、他の誰かが襲われてからでは取り返しが付かん。とても重要なことじゃぞ」
そう言われた少年は、自分がよほど嫌そうな顔をしてたのかと反省しつつ、あっさりと見抜かれて注意されてしまったことを、わかってるよ、と軽く答えながら自分自身に呆れてしまった。
まだまだ修業が足りない、本当に嫌だったとはいえ、これは仕方ないことであり、自然の摂理だ。そして、自分の行為も、誰かを守るためのものだと改めて自分へと言い聞かせた。
「しかし、全てに慣れてしまってはいかんぞ。生き物を殺すときの苦しみ、そして殺したという痛み、それを知っておるからこそ人間なんじゃ。それを忘れてしまえば、それは単なる修羅にすぎん」
そんなメルキドの言葉に、少年は少しだけゾッとした。殺すことに慣れる、そんな事ができるとは思えないが、そこへ辿り着く者もいるのだろう。この嫌な気分と感覚から逃げるため、慣れることで気が楽になるならと……
「ヒロ、忘れるでないぞ」
「分かった、少しずつかもしれないけど、前には進んで行くさ」
念を押すように言葉をかけたメルキドに、少年は改めてそう答えた。それは、自分自身にも向けられた言葉だった。
「そうじゃ、少しずつで良い。急ぐことはない」
少年の横顔を見ながら、メルキドは少し笑みを浮かべながら満足げに言葉を返した。
当然、言ってることは相当難しいことだが、この世界で生きていく為には、その言葉をものにしていかなければならない。慣れるのでは無く、しっかりとその重みを知りながら、自分や守るべき誰かのために剣を振るい戦って行けるように。
「後は、堅苦しく考えないことじゃ。そのうち、身に付いてくる、要は経験じゃからな」
「これまた、アバウトなご意見で……」
最後に付け加えるように出てきた言葉は、随分と大雑把なものだった。しかも、その言葉は、2人がセレモニを出て何度も聞かされているものだ。少しずつ経験を積み重ねていく中で手にするもの、それが重要なのだと。
「とにかく、もうすぐ麓の街”オープル”につく。初めての旅で疲れたじゃろう、何かと頭の中もモヤモヤしとるようじゃし、そこでゆっくり体を休めておけ」
「骨休みってやつ?」
「まぁ、そんなところじゃ」
笑みを浮かべるメルキドに、少年が何気に尋ねると、のんきな答えが返ってきた。そんな彼女の気遣いを感じながら、少年は少しだけ笑みをこぼすと、肩の力を少しだけ抜いた。いつの間にか、緊張が体を縛っていたのか、それとも慣れない野宿で疲れが貯まっていたのか、一気に体が重くなる。
「もう一踏ん張りじゃ、気合いを入れていくぞ」
「あいよ!」
そんな姿を横目で見ながら、メルキドは声をかけて歩き出した。それに続くように、少年ももう一度、グッと全身に力を入れると、大きめな声で返事をして歩き出すのだった。
それから、しばらく歩き続け、夕焼けが辺りを赤く染め上げる頃、2人は大きな壁の前に立っていた。
「ここが、オープル?」
「言っておくが、この壁がオープルではないぞ」
そんな事は言われなくてもわかる、と言いたくなるのをグッと堪えると、少年は大きな壁を見上げた。セレモニを出発して三日、日が昇るのと同時に出発し日が沈むまで歩き続けた為、ほぼ丸三日分歩き続けた結果、たどり着いたのがこの大きな壁である。少年の想像を遙かに超えた場所が広がっていた。
「オープルは、この街壁の向こう側じゃ。ファンデル王国王都の次に巨大な街、オープルの誇る大地壁じゃ」
「王都の次にって、何でこんな麓の街が?」
少年は左右を見ながらそんな問いを返していた。それもそのはず、右を見ても左を見ても、ただ壁が続いているという異様な光景が広がっているからだ。遠くに木々が見えて森の中へと消えていく壁に、この街がどれほど巨大なのかが分かる。セレモニのような、村か街か分からないようなレベルではなく、都市と呼ばれる巨大な場所であった。
「まぁ、確かにそうじゃな。ファンデルの地形を知らぬ者は、必ず浮かべる疑問じゃ」
メルキドが、人差し指を立てて自慢げに話し始める。それに、思わず何か言葉が口からこぼれそうになるのをまたも耐えつつ、言葉を待った。
「本来なら、港町などが発展するものなんじゃが、ファンデルは非常に厄介な位置にある国なんじゃ」
メルキドの言葉に、少年は思わずうなずいてしまう。今も昔も、基本は貿易、野菜や魚介、肉などを取れる場所から取れない場所に運んで販売する動きは変わらない。その場合、大きな輸送が可能となる港町が最も発展し、次に街道沿いの街などが一般的に思われた。しかし、山の麓の街がこれほどまで発展するのは、不思議だ。
「前にばーさんに見せてもらった地図だと、特に海も周囲にあるし、こんな場所が2番目に大きい街にはならなさそうだけど……」
昔見た地図を思い浮かべながら、自分達のいる場所を考えてみる。大陸の一番南側に位置するファンデル王国は、東西南を海に囲まれた場所で、少年達が住んでいた魔獣の森はその最南端に位置する場所だった。そして、王都はこの国の中心に位置すると教わった彼は、どうしても理由が思い浮かばなかった。
「普通はそうじゃが、このファンデル王国は、国の中央をファンデル山脈という巨大な山脈によって、南北を大きく分けられておるんじゃ。その関係で、南北の行き来が大変になってしまう」
そうメルキドの説明を聞くと、少年も頭に思い浮かべていた地図がより鮮明になっていく。確かに、山の絵が国の中央に描かれていた気がし、それが王国を真っ二つにするほど巨大なものだと初めて認識した。そう考えると、荷物の運搬は山越えか海路を使うかの2つになるが、それでも海路の方が楽に思われた。
「しかも、王都は大陸の中央、その上、山脈の目の前に位置するものじゃからどうしようもなくてな。周辺の海路を利用する場合、王都から港町まで2~3日はかかる。そのせいで、ファンデル山脈の中でも比較的山越えが厳しくなく半日で行き来ができるオープルまでの街道が異常に栄えてしまったわけじゃ」
そこまで説明を聞くと、さすがの少年も少し考えてしまった。港町まで2~3日かかるとなれば、オープルまでも2~3日かかる可能性がある。そうなれば、半日で超えられる山道の方がまだましだと考えるだろう。確かに、荷物の運搬には平地より多大な労力がかかるだろうが、かかる日数を考えれば我慢できるかもしれない。
「ってことは、この街の反対側は……」
「その通り、王都じゃ」
頷きながら答えるメルキドの言葉を聞いて、少年の視線は街門の奥へと向けられた。そこには、壁に囲まれたオープルの街並みとそびえ立つファンデルの山々が見えている。そして、その先には少年がいつか行ってみたいと考えていたこの国の王都が広がっているという。それは、少年の胸を高揚させるには十分だった。
「このオープルが、北と南をつなぐ中間地点になってるわけか」
思わず呟いた少年の言葉に、満足げな表情で頷くメルキドだが、何がどのように満足なのか今一つわからない少年は、横目でチラリとその姿を覗きながら、とりあえず機嫌が良さそうなのでそっとしておくことにした。
「そして、オープルと王都をつなぐ山脈の街道が、ファンデル王国の誇る最大の街道”サイレントロード”じゃ」
「サイレントロード?」
今度は聞き覚えのない言葉が出てきて、少年は思わず聞き返してしまった。すると、メルキドは嬉しそうに笑みを浮かべると……
「まぁ、そのうち話す機会もあろう。それよりも、そろそろ行くぞ」
そう言って、さっさとオープルの街門をくぐり、街の中へと入っていってしまった。少年は、そんなメルキドを追うように歩き出すと、少し気になったサイレントロードの名前を頭に浮かべながら、きっと今すぐは教えては貰えないんだろうな、と諦めながらオープルの街門をくぐっていった。
To be Continued...




