出会いと旅立ちの序曲 その16
少年が剣に手をかけて構え、男達を挑発するのと同時に、大男が飛びかかっていた。
「黙れ、ガキがぁ!」
雄叫びとともに間合いを詰めてくる。その姿を、少年は冷静に見つめ分析していた。
大きな重量系の武器は、必ず反動での振り回しが基本になる。その重量を利用したとても有効な戦い方で、必ず振り下ろしや横薙ぎのような薙ぐ技になるのは言うまでもない。使い手の技量で、初手の選択肢は大きく変わるが……
「そんなわけないか」
少年は瞳を細めて呟くと、突っ込んできた大男の上段振り下ろしの一撃を、半歩右に動くだけでサラリと交わすと、手をかけていた剣を抜いて左側の空間を軽く薙いだ。そして、男の体を避けるように、もう一歩、軽くステップを踏んで右奥へと飛ぶと、そのまま大男を交わして彼のすぐ後ろに立っていた。
「………」
辺りは静まりかえったまま、一瞬の攻防をただ呆然と見つめていた。誰もが、その一瞬の出来事に、何が起きたのか理解できないまま、その結末を必死に理解しようとした。
「手が……」
「そんなに深く斬ってないつもりだけど、握力が落ちるのは仕方ないか」
大男の言葉と少年の言葉が静寂を打ち消すように響くと、同時にゴトリと金属音が響いて、大男は手にしていた斧を地面に落としていた。そして、そのまま跪くと、力が入らなくなった自分自身の両手を、僅かに震えながら見つめている。彼自身、何が起きたのか理解できていないのだろう。ほんの一瞬、自らの一撃を交わされただけのはずが、両手の手首をしっかりと切り裂かれていたのだ。
「俺の……俺の手がぁぁ!?」
男の叫び声と共に、さっきまで隣にいた2人も一斉に飛びかかってきた。
「てめぇ!?」
飛びかかってくる2人の動きは読みやすく、メルキドとは比較にならない程、遅く単調だった。ただ真っ直ぐとつっこんでくるだけで、短剣を握る構えも甘く、しっかりと握られてもいない。1年近くメルキドと立ち会ってきた少年にとって、それは弱いと認識できるものだった。そんな攻撃を、軽くかわすと利き手が通るはずの空間に剣を構えて、軽く薙ぐ。たったそれだけのことで、全ての決着はついてしまった。
「あっ、あっ、あぁぁぁ……」
少年が剣を納める頃には、3人とも力無く跪いていた。当然、彼らは少年に勝つつもりでいたが、勝つとしてもそれなりの攻防は想像していた、一瞬で勝敗が付くとは思っていなかったのだろう。自分達の手元がぱっくりと斬られ、しっかりと力が入らない状況が、よほどショックだったのか、真っ青な顔をしながら悲鳴を上げている。
「ほぉ~、意外にやるな、少年?」
そんな騒動を、人だかりの中から見ていた男が、そんな事を口にしながら少年達の元へと歩み寄ってきた。少年には見覚えのある男、それは昨日、男達とメルキドの間に立って仲裁していた人物だった。
「たっ、大将! このガキ、俺達の手を……」
男達に大将と呼ばれる男は、膝をついて絶望する3人組を無視して、少年の方へと歩み寄ってくる。
「あの時の……」
「おっ、覚えててくれたとは光栄だな」
少年が独り言のように小さく呟くと、男は少し笑みを浮かべながら、そう話しかけてきた。
「あんたも、こいつらと一緒なのか?」
軽い笑みが、少年をさらに警戒させて、男にそう尋ねていた。何より、他の冒険者達からも一目置かれ、大将とも呼ばれている人物だ。下手をすれば、3人組が起こした事件も、この男の指示によるものかもしれない。その可能性を考えると、少年は左手を剣の鞘に当てて、男を睨みつけた。
「こんなゲスと一緒にしないで欲しいな。俺は屑じゃない」
満面の笑みを見せたかと思うと、すぐさま真顔に戻ると、横にすり寄ってきた3人の男達を見下すような瞳で見ていた。あまりの変貌に、少年は僅かに後ずさりしてしまう。
「ピーピー鳴くな、屑どもが。今更泣き言をいうなら、はなから止めておけば良かったものを」
先ほどまでの明るい声とは違い、冷たく鋭い声が男達に投げられる。同時に、辺りの空気が少し冷たくなるのを感じると、凄まじいプレッシャーを彼は発していた。
「無駄に獣を狩れば、街に被害が及ぶ。それくらい分かるはずだ、分からなかったか?」
大将と呼ばれる男にそう問われ、3人の男達は真っ青な顔をして視線を下げている。小刻みに震えながら、どう答えるか悩み言葉を探し、視線がふらふらと左右に泳いでしまっていた。
「俺は、少年のように寛大じゃない。街に害を及ぼす存在を見逃すつもりも無ければ、味方に牙を向くような愚かものを許すつもりもない」
どんどんあたりの空気が冷たくなっていく。それほどの殺気をあたりにまき散らしながら、男は冷たい言葉を発し続けた。そして、その言葉には、発せられる殺気よりも遙かに恐ろしいものが含まれていた。
「二度と俺の前に現れるな、俺の名を口にすることも許さん。今すぐ消えろ、さもなくば昨日のウルフの子供と同じにしてやる」
純粋な殺意、それが込められていた。闘気や殺気などではない、ただ目の前の男達を殺すという強く大きな意志の塊のようなものが感じられた。
「消えろ」
その殺意を向けられていない少年でさえ、一瞬後ずさってしまいそうな程、真っ直ぐな殺意、それがそこにあった。今の少年にはわかる、本当の強者が放つ闘気と殺気、そしてその先にある殺意、それは間違いなく自分よりも強いものが放つ恐怖だった。気づくと、3人組はあたふたと逃げ出し、人混みの中に消えていってしまった。それを見ていると、もし自分自身へ向けられたものであったなら、と少年は考えずにはいられなかった。
「さて、少年。今回の件、本当に済まなかったな」
「あっ……ああ」
突然話をふられて、少年は思わず戸惑ってしまった。さっきまでの雰囲気とは全く違う、少し優しげな声と表情が、彼から向けられていた。
「ウルフの親子のこと、済まないと思っている。突然、君に背負わせることになってしまった」
「背負う?」
詫びる男の言葉の意味が理解できず、少年は尋ね返した。その問いに、男はまっすぐな瞳で少年を見つめながら……
「剣士が命を斬るとき、それを背負う重みを理解して斬らなければならない。それは、命かもしれない、業かもしれない、はたまた運命かもしれない」
ゆっくりと語った。それは、とてもとても大切な言葉、だからこそ、少年にもしっかりとわかるように、優しく出来るだけその意図が彼に染みこむように。
「それは、斬ったモノによってそれぞれ違うが、そのモノの運命を変えるんだ。それは斬り手の宿命だ」
その言葉に、少年はあのフェザーウルフの親子のことを思い出していた。確かに、あの親子には未来があった。魔獣の森は危険が多い場所であったが、それでも親子で楽しく暮らしていたかもしれない、そういう希望があったはずだ。その片割れを、少年は斬った。それが仕方ないことであったとしても、斬り捨てたのだ。
「何を背負えばいい? 何を背負い、これからを生きていけばいい?」
少年は、思わずそう尋ねていた。けれど、男はゆっくりと瞳を閉じると、首を左右に振って答えた。
「それは、君が出すべき答えだ。俺が出せる答えじゃない」
そう答えた言葉に、少年はゆっくりと視線を落とした。確かに、彼の言葉はもっともだが、それでも答えてほしかった。今の少年にとって、それが何よりも救いになったはずだ。しかし、彼は、厳しく突き放した。
「ただ1つ言えることがあるとすれば、あのウルフの親子に恥じぬ道を歩まなければならない。もし、この世界にあの世があるとすれば、そこで再会したときに未来を断ち切った罪の許しを請うために……」
「許して……俺は許してもらえるのかな?」
力弱く零した言葉に、男は力強く応えた。
「それはわからない……ただ、今の君の声は、ウルフに届かなくとも、いつの日か届く日が来るんじゃ無いかと思わないか?」
男が投げた問いは、優しいものだった。
「例えそれが、どんなに難しくとも、どんなに遠くとも、成し遂げて……」
そう言いながら、男は笑みを浮かべて、少年を見つめた。
少年もまた、その言葉に導かれるように、落としていた視線をゆっくりと上げた。
「あの親子に、届けたいと思わないか?」
それは、少年が最も求めた言葉だった。
To be Continued...




